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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
優しく甘い夢の後

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4

「あ…ぁあぁ…」


セピアの震えた声が漏れ出る。

視線は見ないでおこうとしても、部屋の中をあちらこちらと動き、何がどうなって居るのかを把握しようとしてしまう。


カーテンの赤黒い物が何か。

絨毯に広がるモノ達が、それが本来どこにどうあるべきか。


天蓋の端に引っかかり、ぶら下がっている物は、それらと同様に『外』に出ていてはいけない物だった。

シーツや枕を汚し、壁に染み付いた跡も、肌色の何かも。


ぎゅっとロホに抱きしめられたセピアは、目の前のモノが元『召喚魔法で呼び出された少女』である事が分かっていた。


「勇さん…」


震え出すセピアを抱えたロホが、後退り壁に背を当て、ゆっくりと体を床に落とした。

つられてセピアも座り込む。


セピアの耳にロホの心臓の音が、早鐘の様に鳴り響いていた。

もしかしたら、セピアの心臓の音だったかも知れない。

お互いがお互いの心臓の鼓動の速さを、感じていた。


ロホが右掌を口元にやり、軽くふっと息をかけた。

小さな火が蝶々の形を作り、息の風に乗ってひらひらと舞う。

五匹の蝶はマホンとブラン、アスールにオール、そして聖女に向けて飛び立っていく。


紅いロホの蝶は緊急招集。

触れた者をすぐさま、ロホの前に連れて来る。

聖人だからこそできる、魔法の一つだった。


それも、非常事態でなければ使えない。

代償を求める魔法で、術者の…ロホの血を使うのだ。


一度に五匹の蝶を出したロホは、血を急激に失い青ざめた。

触れている腕が、冷たくなっていくのを、セピアは感じ、埋めていた顔を上げた。


「大丈夫よ…」


顔色の悪いロホが、気にするなと言う。


「今、皆を呼んだから」


その言葉にホッとしたのか、ロホが心配でなのか…それとも今の現状になのか、訳が分からない感情が目尻に涙を溢れさせる。

セピアはどうしようもなく胸が苦しく、痛かった。


「どうした」

「何があったの」


ブランとマホンが降り立つ。

それに続いて、オールやアスールも姿を現した。

皆一様に視線をロホとセピアから部屋へ向けると、絶句し立ち尽くした。


「なによ。どうし…」


遅れて姿を見せた聖女も、異様な雰囲気を察し、ロホ達から視線を逸らし辺りを見回した。


「何よ…これ…」


いつもならセピアを抱きしめているロホに、食って掛かる所だが、今はそうも言ってられない。

夥しい血肉の散乱を目の前にしては、誰もが口を閉ざす。


「多分…勇…よ」


『そうでなければ良い』


セピアの願いを消し、思いを確信に変える一言だった。


「は?…ゆう…?…あの子?」


ロホの言葉に応えたのは、聖女だけだった。

他の者は喉元で言葉が詰まり、声が出ない。


「何故?…」


聖女の問いにロホは首を振る。


「分からない。朝食を…誘いに来たら…もう」

「本当にあの子なの?」

「多分…セピアがプレゼントしたブレスが…そこに」


ロホが指さすと、皆の視線が落ちているブレスレットに集中した。


「…まだ…そうとは…限らない…わ」


勇だと確信を持っているセピアは、それでも違うと言う願いが捨てられなかった。


「そうよ…違うかも知れない」


流れ出る涙を拭いもせず、ロホの腕から離れ立ち上がると、絨毯の赤黒い染みの真ん中に立った。


「お願い…」


(元に戻って…)


セピアの願いに応える様に、セピアの前に飛び散ったモノが集まって来る。

壁に張り付いていた肌色がもぞもぞと動き、床に落ちていた肌色と合流する。

そして、人の形を取り始めた。


焦げ茶色の髪の毛がサラサラと、元あった場所に戻り。

白い骨が肌色の人型へ収まって行く。


しかし、元には戻らない。

肉から染み出た血は、肉に戻らずその体積を増やしていた。

生きていた時には、キッチリと収まっていたであろう内臓も収まらない。


その為、裂けた胸から股が閉じられず、人型の中で血の塊と肉片がふよふよと浮遊するのが見える。

溺死した死体の様に、膨れ上がった身体は生前の勇には似ても似つかなかった。


(ほら…やっぱり違う人…)


涙の中で揺れる姿は、勇ではない他人に見えた。

瞬きをするまでは。


「あ…あぁ…」


修復された顔だけが、焦げ茶の切りそろえられた髪を揺らし、薄く開いた白い瞼からは黒い目が覗いていた。

影で黒く見えているだけの、黒っぽい焦げ茶色の瞳。

間違いなく、勇の顔。

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