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「あ…ぁあぁ…」
セピアの震えた声が漏れ出る。
視線は見ないでおこうとしても、部屋の中をあちらこちらと動き、何がどうなって居るのかを把握しようとしてしまう。
カーテンの赤黒い物が何か。
絨毯に広がるモノ達が、それが本来どこにどうあるべきか。
天蓋の端に引っかかり、ぶら下がっている物は、それらと同様に『外』に出ていてはいけない物だった。
シーツや枕を汚し、壁に染み付いた跡も、肌色の何かも。
ぎゅっとロホに抱きしめられたセピアは、目の前のモノが元『召喚魔法で呼び出された少女』である事が分かっていた。
「勇さん…」
震え出すセピアを抱えたロホが、後退り壁に背を当て、ゆっくりと体を床に落とした。
つられてセピアも座り込む。
セピアの耳にロホの心臓の音が、早鐘の様に鳴り響いていた。
もしかしたら、セピアの心臓の音だったかも知れない。
お互いがお互いの心臓の鼓動の速さを、感じていた。
ロホが右掌を口元にやり、軽くふっと息をかけた。
小さな火が蝶々の形を作り、息の風に乗ってひらひらと舞う。
五匹の蝶はマホンとブラン、アスールにオール、そして聖女に向けて飛び立っていく。
紅いロホの蝶は緊急招集。
触れた者をすぐさま、ロホの前に連れて来る。
聖人だからこそできる、魔法の一つだった。
それも、非常事態でなければ使えない。
代償を求める魔法で、術者の…ロホの血を使うのだ。
一度に五匹の蝶を出したロホは、血を急激に失い青ざめた。
触れている腕が、冷たくなっていくのを、セピアは感じ、埋めていた顔を上げた。
「大丈夫よ…」
顔色の悪いロホが、気にするなと言う。
「今、皆を呼んだから」
その言葉にホッとしたのか、ロホが心配でなのか…それとも今の現状になのか、訳が分からない感情が目尻に涙を溢れさせる。
セピアはどうしようもなく胸が苦しく、痛かった。
「どうした」
「何があったの」
ブランとマホンが降り立つ。
それに続いて、オールやアスールも姿を現した。
皆一様に視線をロホとセピアから部屋へ向けると、絶句し立ち尽くした。
「なによ。どうし…」
遅れて姿を見せた聖女も、異様な雰囲気を察し、ロホ達から視線を逸らし辺りを見回した。
「何よ…これ…」
いつもならセピアを抱きしめているロホに、食って掛かる所だが、今はそうも言ってられない。
夥しい血肉の散乱を目の前にしては、誰もが口を閉ざす。
「多分…勇…よ」
『そうでなければ良い』
セピアの願いを消し、思いを確信に変える一言だった。
「は?…ゆう…?…あの子?」
ロホの言葉に応えたのは、聖女だけだった。
他の者は喉元で言葉が詰まり、声が出ない。
「何故?…」
聖女の問いにロホは首を振る。
「分からない。朝食を…誘いに来たら…もう」
「本当にあの子なの?」
「多分…セピアがプレゼントしたブレスが…そこに」
ロホが指さすと、皆の視線が落ちているブレスレットに集中した。
「…まだ…そうとは…限らない…わ」
勇だと確信を持っているセピアは、それでも違うと言う願いが捨てられなかった。
「そうよ…違うかも知れない」
流れ出る涙を拭いもせず、ロホの腕から離れ立ち上がると、絨毯の赤黒い染みの真ん中に立った。
「お願い…」
(元に戻って…)
セピアの願いに応える様に、セピアの前に飛び散ったモノが集まって来る。
壁に張り付いていた肌色がもぞもぞと動き、床に落ちていた肌色と合流する。
そして、人の形を取り始めた。
焦げ茶色の髪の毛がサラサラと、元あった場所に戻り。
白い骨が肌色の人型へ収まって行く。
しかし、元には戻らない。
肉から染み出た血は、肉に戻らずその体積を増やしていた。
生きていた時には、キッチリと収まっていたであろう内臓も収まらない。
その為、裂けた胸から股が閉じられず、人型の中で血の塊と肉片がふよふよと浮遊するのが見える。
溺死した死体の様に、膨れ上がった身体は生前の勇には似ても似つかなかった。
(ほら…やっぱり違う人…)
涙の中で揺れる姿は、勇ではない他人に見えた。
瞬きをするまでは。
「あ…あぁ…」
修復された顔だけが、焦げ茶の切りそろえられた髪を揺らし、薄く開いた白い瞼からは黒い目が覗いていた。
影で黒く見えているだけの、黒っぽい焦げ茶色の瞳。
間違いなく、勇の顔。




