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ロホが地面に足を付けた瞬間、セピアは聖女の腕の中にいた。
花の香りが、セピアの鼻孔を満たす。
セピアは柔らかく暖かい中、クラクラとした。
(寝れる…)
少しばかり疲れていたのだろう、目を閉じれば睡魔に誘われ、夢の中に落ちて行きそうになる。
しかし、薄目で見えた聖女の後ろに立つ人影に気付き、頭を振って意識を保とうとした。
(ダメダメ…)
聖女に突き飛ばされたロホが、呆れた視線を聖女に向けると、すぐ横にアスールが降りてくる。
二人共キョトンとした表情をしていたが、ぎこちない仕草でアスールが勇を地面に立たせた。
「聖女が何でここに?」
「さぁ。オール様もマホンも居るわよ」
セピアを抱いたまま立つ聖女の、後ろに居る人影を指さす。
裏門の街灯の中の灯が揺らぎ、夜の中に二人の顔が見える。
マホンの褐色の肌と緑の髪が、エキゾチックな雰囲気を一層醸し出していた。
「…」
勇の目がマホンに釘付けになる。
樹木を体現した容姿は、整った顔つきも相まって、とても色気が在った。
「あの方が…マホン様…」
夢心地の声色で呟く彼女を、ロホはやや驚愕の表情を向ける。
「勇はマホンが好み?」
ロホが揶揄い半分で言うと、勇は取り乱し「ち、違います!」と否定した。
「違うの?」
「あの、えっと、そう言う意味では無くて…」
「?どういう意味?」
「恋愛とかでは無くてですね…セクシーだなぁって」
「恋にはならない?」
「はい。だって女性じゃないですか」
勇は後退りながら、あわあわと手を振る。
「関係ある?」
「ありますよ!同性ですし!」
「同性だと問題が有るの?」
「ありますよ…結婚できないですし…おかしい目で見られます…」
「…貴女の世界ではそうなのね」
「ここは違うんですか?」
「結婚は好きな人とするモノよ。してもしなくても、付き合うだけでも良いの」
ロホの言葉に、勇が信じられないとばかりに目を剥く。
「そんなに驚く事?」
「はい。…元の世界では…法律と世間が許さないので…」
今度はロホが、勇の言葉に目を剥いた。
自身の人生の上で重大事項の、決定権を持つ事が出来ないなんて。と、呟いた。
しかし、この世界でもその決定権が取り上げられている人間が居る。
王室に連なる王族達とその婚約者は、決定権が無い。
「あぁ…でも、セピアも貴女の世界と似た様な環境よね…」
「王子様との結婚ですよね」
「王…そうね、王息の婚約者に決まってしまえば、セピアが誰を好きになっても破棄できないわ」
「王子様からの破棄は?」
「それは出来るわ。…あの子、それを心配してるのよ」
「どうしてですか?」
ロホは少し黙り、言って良い物かどうかと思案した。
目の前の勇は打ち解けたとはいえ、昨日来たばかりだ。
踏み込んだ話が出来るだろうか?していいモノだろうか?と。
「ロホ」
マホンに呼ばれた事を幸いと、「その話はまた今度ね」とだけ、言い残してマホンやオールの元へ向かった。
「…勇ちゃんは男女の恋愛しか興味ないんだ?」
いつの間にか側に立つアスールの声が、斜め上から降る。
勇は、心なしか冷たさを感じた。
「それが…普通だったので」
勇もぎこちなく返事を返す。
夕暮れの城下町での気安さが、二人から消えた様にピリ付いた空気が流れた。
「男なのにとか、女なのにとか、言いそうだね」
「…はい。よく言われますし…どこかで女だから…男だから…が有ります」
アスールの言葉が、微かに勇を責めている様な感じがする。
空での会話のどれかが、アスールを傷付けたのかも知れないと、勇は居た堪れない気がした。
どれが彼に何かを思わせたのか、勇は分からない。
が、少しずつ彼の口数が減り、今側に居るのも護衛が一人もいない状態で勇を置いておけないと言う、使命感からの行動でしかない気がした。
横目で見上げた彼の表情は、街灯の灯りから逆光になっていて見えない。
それでも勇には、アスールの不機嫌な空気が読めた。
「ごめんなさい…」
「…なんで謝ってんの?」
「だって…」
「俺は別に責めてないぜ?」
顔も向けず、声も冷たいままのアスールは「ただ…残念なだけだ…」と、言うと黙り込んだ。
その言葉には失望と軽蔑と…、それでも『そうだよな』という同情か、あるいは同意か。
複雑な感情が含まれている様だった。




