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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
王の戦略

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103/105

3

宣戦布告の書に、顔色も変えずグリ王はオール達と対峙している男に目を向けた。


「貴公がノワール国のオンブル伯爵かね?」


男の顔は、自国の聖人であるアスールにそっくりだ。

「なるほど」と、王はゆっくりと瞼を一回閉じた。


「貴公の国は、宣戦布告の際、城を襲撃し国民を殺すのが流儀の様だ」


王はゆっくりと大臣を横に避け、オール達に近付く。

王の後ろにマホンの姿があった。


臨戦態勢だったオールも聖女も、王の道を阻む事はしない。

道を開け、オンブル伯爵の前に王が立つ。


見下すような視線を、王はオンブル伯爵に向けた。

伯爵はそれを真正面から受け止めると、軽く笑った。


「ご無礼をお許しください」


軽く頭を下げたオンブル伯爵の目は、悪びれていない。

今度はグリ王が軽く笑う。


「ふんっ、書簡を持って来るのであれば正式に使者として持って来い」


王はそう言うとオンブル伯爵の頭上に手を翳した。


「バレていましたか」

「バレないとでも?」

「…いいえ、…しかし、貴方様の所業もこちらは知っておりますよ」

「アロガンの事であるなら、兵を引く方が悪いと、そうは思わないかね?」

「王の采配なれば、わたくしは物申す事など出来ません」


頭を下げた姿勢のまま、王へ視線だけを向ける伯爵は、滑稽さをわざと装うピエロの様に不遜だった。


「ではそちらの王に『承った』と伝えろ」


グリ王がそう言うと、掲げた手の下にいたオンブル伯爵が返事の為に口を開こうとした。


しかし、伯爵の姿はぐにゃりと揺れ、返事をする前に時空の歪みの様な風貌を一瞬だけ残し、消えてしまった。

その場に居た王以外の全ての人間が、呆気に取られた。


「父上…今のはいったい…」

「お前達は周りが見えていない」


驚愕の顔を隠せないオールに、王は冷たい視線を向けた。


「実体に限りなく近いが、本物のオンブルと言う者ではない。…あれはただの幻影だ」

「幻影…ですか…」

「あぁ。本物はこちらに来ていない。周りの者もただの一般兵だろう。先程城内で捕まえた者達もただの兵だ」


「しかし…」と庭の血と、兵が連行するブランの後ろ姿に王は目をやる。


「水の聖人に…風の聖人もあの状態とは…」


プリシカ王国にとって、二人の聖人が倒れた今の状態は、痛手ではあった。


「アスールはもう…死んだ。と言う事になるのか」


王は少し声を落とした。


「その事ですが…」


セピアはおずおずと二人の会話に割って入った。


「セピア嬢…君は無事かね?」

「はい」

「では、話の前に城内へ入ろうか」


爆発による瓦礫も、血の跡も負傷者の手当ても、全て終えた訳では無いが。と、王は衣を翻し城への道を先導し始めた。


「ご報告です!!」


遠くから兵が一人と教会の信者が走って来た。


「前聖女様が!!…聖女シャイン様のご聖体が!!」


息を切らし、途切れ途切れに叫ぶ信者の声に、セピア達は嫌な予感がした。


「奪われました!!」

「何ですと!!」


大臣の声が庭に響き渡る。


「こちらは…陽動か」


ぎりっと歯を食いしばる音が、聞こえた。


「皆、私の部屋へ来るのだ」


オールと聖女、そしてセピアとマホンが付いて歩く。

息を切らせた教会の信者は、息を整える間も惜しむかのように、その後に続いた。

ふと、セピアはロホが居ない事に気が付いた。


「どうしたの?セピア」


足を止めたセピアに、聖女が声をかけた。


「ロホは…?」

「ロホ?」

「えぇ」

「そう言えば…いつの間にか居ないわね」


聖女とセピアは顔を見合わせた。


「まさか…」


二人共、ブランの様に操られているのではないかと、不安に駆られる。


「ロホは今、私の命令で動いている…」


王が二人に声をかけ、付いて来る様に先を促す。


「お前の母親の体の事も…手は打ってある」


ちらっと聖女を見た王の目には、姪を見つめる叔父の優しさが宿っていた。

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