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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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161.赤ん坊のご挨拶(後)

「んじゃあ……俺たちそろそろ帰るわ。山上、今日はありがとな。また近々お邪魔するから、そんときはよろしく」


 和ちゃんがさっちゃんに目配せする。

 それを見てわたしも腰を上げた。


「うん、またみんなで遊びに来てね。内祝いもどうもありがとう。さっちゃんも和ちゃんも元気そうで安心したし、赤ちゃんの顔も見れてすごく嬉しかったよ」

「私も久しぶりにあかりと喋れて楽しかった。今度はうちにも遊びに来てね。待ってるから」


 さっちゃんの腕に赤ちゃんが戻ると、彼女はふたたび母の顔になった。

 姫様は縁側で、わたしはみんなを門扉までお見送りすると、まるでそれを待っていたかのようにうしろから男がやってきた。

 

「もー……一体どこにいたの?」

「裏山。その内祝いっつーやつ、中身は赤飯と鰹節みたいだな。今からそれでおやつにしようぜ」

「え、まだ食べるの?」


 九摩留はとっておいたお稲荷さんを十個すべてたいらげ、それだけでは足りずに朝に炊いたご飯も五杯ほどおかわりしていた。

 もちろんおかずも大盛だったし、それにさっきのお茶請けのようかんだってわたしのぶんまで食べていたのに。


「俺は育ちざかりなんだからしょうがねえだろ」

「はいはい、わかったわよ。和ちゃんとはなにを話してたの?」

「なにって……嫁が孕んでるときゃあっちはどうすんだって――」

「サイッテー!」


 思わずその肩をバシッとぶつ。

 九摩留はわかっていないのか琥珀の瞳をきょとんとさせた。

 

「そんないやらしい会話しないでよね! 屋敷の品性まで疑われるでしょ」

「品性? 屋敷の? んなもんハナからねぇだろ」


 さも愉快そうに笑う男の肩をもう一度叩く。

 まったく呆れた弟だ……。でも、そんな彼にも意外な才能があったことを思い出す。


「それより九摩留、赤ちゃんをあやすのが上手なのね。知らなかったわ」

「おう、どんなもんよ。だからお前も安心してじゃんじゃん産めよな」


 ドッと。

 心臓が音を立てた。


 屋敷に戻る足が、勝手に止まる。

 飛び石の途中で九摩留が振り返った。

 底抜けの笑顔を向けられてなぜか血の気が引く。


「俺とあかりのガキかぁ……一体どんな顔になるんだろうな。きっと毎日ぎゃーぎゃー泣いてすげーうるせえんだろうな。でもっていっぱい食っていっぱいクソして、あっという間にでかくなっちまうんだろうな」


 和ちゃんたち親子を見ていたときに感じた痛み。

 それがじくじくと広がっていく。

 向けられる笑顔はどこまでも無垢で、それを見ているのがつらい。


「つーかどっちの身体で出てくるんだろうな。狐かそれとも人間か――」

「九摩留」


 言おう。

 そう決めて出した声はかすれていた。


「わたしね……産めないんだ」

「え? なんだって?」


 唾を飲みこんで、大きな音を立てる心臓をなだめる。

 首をかしげる男を見つめながらもう一度口を開いた。


「赤ちゃん。産めないの、多分」


 今度はちゃんと聞こえたらしい。

 最初はいぶかしむような表情だったのが、少しずつ変化していく。

 こわばっていく顔を見ていられなくて視線を外した。

 庭木の青さが目にしみる。

 

「だからね、わたしはやめといたほうがいいよ。九摩留だって子ども欲しいでしょ?」

「それ……ほんとか?」

「やだなぁ、冗談でこんなこと言うわけないでしょ。そういうわけだから、だからね……」


 言葉が思いつかなくて、軽く頭を振った。

 この話はおしまいにしよう。

 あとでこの子も言われたことをよくよく考えるだろう。

 それできっと、わたしを諦めてくれる。


 わたしと九摩留はこれでちゃんと姉と弟になれる。

 それはとてもいいことだ。


「おやつ、食べよっか」


 九摩留の前を通り過ぎようとしたところで、いきなり手を引かれた。

 そのまま呼吸が苦しくなるくらい強く抱きしめられる。

 抵抗しなきゃいけないのに、動けなかった。


「悪かった。本当に……ごめん」

「ううん、別にいいよ。ほら、おやつ食べようよ」


 ぽんぽんと彼の腰だか背中だかを叩いても、腕の力はゆるまない。

 困ったな。

 がっかりさせて、気まずい思いもさせて。これじゃいいお姉ちゃんとはいえないな。


「お姫。あかりが言ったことは本当か?」

「わしのせいだ」


 いつの間に来ていたのか、わたしの横で姫様の声がした。


「世話役の妻は我が神気の影響で次第に月の障りが来なくなる。そして早々に血の道を閉ざすことになる。あかりはほんの赤子のころからずっとわしのそばにあったからな、ゆえに最初からその道は通じず……今も閉ざされたままである」


 やっぱり、多分じゃなかった。

 今まで姫様もお父さんたちもなにも言わなかったけど、なんとなくわかっていたことではあった。

 だからこうしてはっきり言われても、なんの衝撃もない。


「だったらお前から離れれば神気の影響を受けないってことか?」

「それは否定しない。だがそうなるまでにどれほどの月日が必要か……。数年か数十年か、少なくともその程度は離れて過ごす必要があろう」

「他の連中はどうなんだ? 他の神で――」

「もういいよ九摩留」


 背中をなでても腕は離れていかない。

 仕方なくそのままで言葉を続けた。


「姫様と離れて暮らすだなんて考えられないよ。それはわたしが嫌。絶対に嫌」

「自分の家族を持てるかもしれないんだぞ? 血の繋がった家族を……それでもいいのか?」


 血の繋がり。

 それは捨て子のわたしにとって、喉から手が出るほど欲しいものではある。

 いや……欲しかった、というべきかも。


 わたしはもうそのことで悩む段階にはない。もうとっくにその峠は越えている。

 お姉ちゃんはこれでもたくさんのことに悩んできた。

 悩んで悩んで何度も死にたくなって、それでも今、わたしはこうして生きている。

 ちゃんと自分なりに答えを見つけることができたから。


「わたしは姫様と家族になれたし、九摩留とも家族になれた。血の繋がりがなくたって自分の家族を持つことはできるんだよ? 新しい家族を作るにしたって――」


 ふいに泰明さんの顔が思い浮かんで変な汗が流れた。

 違う、別にわたしは泰明さんと一緒になろうだなんて思っていなくてそんなの思い上がりもはなはだしいから落ち着け……。

 額を男の胸元につけたまま、わたしは大きく深呼吸した。


「とにかくね、わたしにはもうこんなに素敵な家族がいるんだから……それで充分なの。だからわたしは子どもを産めなくても、いいんだよ」


 わたしの腰に細い腕が回る。

 視界はふさがっていて見えないけど、ぎゅうっと抱きつく少女の頭をうしろ手でなでる。

 謝られた気がして、大丈夫だよと思いながら何度も優しく髪をなでた。


「あ。もちろん九摩留がお嫁さんをもらって新しいお家で暮らすのも、それはそれで全然いいと思ってるからね? あなたに新しい家族ができても、それでわたしがあなたのお姉ちゃんをやめるわけじゃないんだから。新しい妹と甥っ子や姪っ子ができるのだって大歓迎。ね、姫様?」

「わしはもとより嫁御とふたりきりがよい。だが、たまには大人数で過ごすのも悪くはあるまい」

「そういうわけだから遠慮しないでね? 変な気つかったら承知しないんだから」


 姫様らしい言葉に笑いながら言うと、九摩留がいっそう強くわたしを抱きしめた。

 それを受けてなのか腰にある少女の腕もギリギリと締まっていく。

 あちこちがちょっと、いや、だいぶ痛い……。


「俺が欲しいのはガキじゃねえよ。お前こそ勘違いしてんじゃねえよ」


 もともと低い声がさらに低くなっているけど、怒っているわけじゃなさそうだった。

 顔の横にある頭がもぞもぞ動いてこそばゆい。


「そりゃ、俺とお前の血が入った新しい生きもんが生まれりゃ面白れえとは思うさ。でも俺はあかりがいればそれでいいんだ。ガキが生まれたとしても、そこは変わらねえよ」

「…………そっか」


 なにか言いたかったけど、もう声が出なかった。

 かわりに目から熱いものがあふれてくる。

 自分でも今の感情がなんなのかわからない。ただ勝手に涙が出てきた。


「つーかさ、ガキならここに一匹いるじゃん。それで充分だろ」

「……は……?」

「お姫。めんどくせえババアでやっかいな姑でもあるけどよ、見た目も中身も完全にガキだろ。お姫が俺らのガキってことにしときゃいいじゃん」

「あのねぇ……不敬にも程があるでしょ」


 例によってめちゃくちゃな理屈に頭が痛くなる。

 あきれて涙が引っ込んで、かわりに口の端が上がってしまう。


「わしがあかりの子となる、か……。それもありだな」

「姫様まで、もうっ」


 少女の真剣な声をたしなめると腰に回っていた腕が離れた。

 そそくさと逃げて舌を出すのが見えるようだった。


「ほれほれ、泣くんじゃねえよ」


 いきなり顔を大きな両手で挟まれて無理やり上向かされてしまう。

 目と鼻の先で九摩留がプルルルルッと唇を震わせて甲高い音を出した。飛んでくる唾に思いっきり顔をしかめると男はいっそうプルプル鳴らしてふざけはじめる。

 わたしは赤ちゃんか。


 思いがけず笑い声が出て、すると琥珀の瞳がわずかに揺れた。

 その色味が濃くなった気がしてドキリとする。


「ひっでえ顔」


 言葉とは裏腹の優しい笑みにまたちょっと泣きたくなる。

 と、その顔が大きくなった。

 なにか思う間もなく柔らかいものが唇に触れる。

 それはすぐに離れて、でもいつもよりずっと近い場所で男が嬉しそうに笑っていた。


 身体が金縛りにあったように動かない。

 あーぁ……と少女のなんともいえない声が耳に入った。


「なんだ、いけんじゃん。もっかいもっかい」

「い……いきなりなにするのバカッ! 最低!」


 近づいてくる顔に我に返る。

 慌てて頭をのけぞらせ――全力で頭突きを喰らわせた。


 当たった瞬間ゴッという鈍い音とバヂッ! と破裂音がして、いきなり身体が自由になる。

 たたらを踏みつつなんとかその場で持ちこたえるけど、九摩留は姿勢を崩して地面に転がってしまった。


「え……ちょっと九摩留?」


 男は沈黙したまま起き上がる様子を見せない。

 またふざけているのかと思ったけど、のぞきこんだ男はどういうわけか白目をむいていた。

 どうやら完全に意識がないらしい。


「あかりや」

「ひぇ!?」


 突然の声に飛び上がる。

 振り向くと少女がにっこり笑っていた。もしかしてこれは姫様の仕業だろうか。


 というか……どうしよう。

 見られた。見られてしまった。

 九摩留に、キス、されたところを……。


 ものすごい恥ずかしさと気まずさについしゃがみ込む。

 顔を見られたくなくて両手で隠していると頭にポンと手を置かれた。


「世話役になるべくして生まれたものは、わしの血が濃く流れるゆえに長寿である。そして子種を持たぬ」

「は……い」


 急にはじまった説明にひとまずうなずく。

 それはお父さん――先代世話役からも聞かされていることだった。


 世話役夫妻に子どもができないのは世話役の妻に問題があるからじゃない。

 世話役そのひとも姫様の血の影響があって、だから子どもを授かることはないのだと聞いていた。


「泰明は世話役にならなかった。だがそれでわしの血が薄まるわけではない。つまり、そういうことだ」


 泰明さんの名前が出て、続く言葉に小さくうなずいた。

 もしかしたら、と思ったことはあった。

 でもそれはあくまでも悪い想像でしかなくて……。

 姫様がそう言うのなら、きっと本当なのだろう。


「互いに子を持てぬ身であるなら、互いに引け目を感じずにすむやもしれぬな」


 彼は元世話役候補だ。きっと世話役夫妻の事情も知っているだろう。

 だったら彼は、わたしがすでに子どもを産めない身体になっていることにも気づいているのかもしれない。


 わたしの弱みのひとつだと思っていたもの。

 でも泰明さんが相手だと――強みに変わる?

 もしかして泰明さんも……それで結婚を申し込んでくれた?

 

「ま、あれはそんな打算なぞ考えてもおらぬだろうが」


 釘を刺すような言葉にギクッとすると髪をくしゃくしゃかき混ぜられた。

 見上げた少女はどこか面白がるように眼を輝かせている。


「我が裔と我が眷属……わしはどちらを応援すればよいかのう。あぁ難しい、実に難しい。あかりはわしにどうしてほしい?」

「さ……さぁ?」


 ついそう言うと、彼女はカッカッカと大きく笑う。

 わたしもそれにつられて笑ってしまった。

 気まずい思いはいつのまにか吹き飛んでいた。


いつもお読みいただきありがとうございます!

来週の更新はお休みさせていただきます。

次回の更新は6月10日(水)となりますので、よろしくお願いいたします。

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