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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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155/159

154.青年のプロポーズ(後)

 あ、と思ったときには膝から力が抜けていた。

 そのまま後ろに倒れそうになるけど、ぐんと腕を引かれて事なきを得る――いや、得られなかったかもしれない。

 勢いよく相手の胸に飛び込んでしまって、そのまま強く抱きしめられていた。


「あかり……」


 甘やかな声に腰が抜けそうになる。

 手が、身体が勝手に震える。


「好き。あかりが好き、大好き。この先もずっと君だけを愛してる」

「まっ…………」

「お願い。僕のお嫁さんになって」

「ちょ、ま……って」


 はくはくと口を動かして懸命に酸素を取り込む。

 ろくに吸えない空気は、それでも脳に届いたらしくやっと今の状況を理解することができた。


「待って、ください……! ちょっとあの! いったん離れましょう!」


 ともすればパニックになりそうな自分を必死になだめて、相手の背中を叩いたりがっちり動かない腕を外そうと試みる。


「泰明さん!!」


 ほとんど悲鳴に近い声が出て、そこでようやく青年の力がゆるんだ。

 でも抱きしめられているのは変わらなくて、またしても背中を叩いたり服を引っ張ることになる。

 ひたすらそれを続けているとやっと身体が離れていった。


 正面からいじけた空気が流れてくるけど、恥ずかしくてそれどころじゃない。

 視線は地面に固定したまま片手を挙げた。


「あの……ちょっといいですか?」

「うん」

「泰明さんが好きなのは姫様ですよね?」

「女性として好きなのはあかりだけだよ」


 んぐっと喉から変な音が出る。


「だって泰明さん、姫様が好きって言ってたじゃないですか」

「言ってないよ」


 かぶりを振ったのか空気がゆれた。


「僕は姫様のことが好きだなんて一度も言ってないよ。あかりは僕がそう言うところ、聞いたことがあるの?」


 そう言われてしまうと自信がなくなる。

 聞いたことあるような……ないような……?


「でも、だって……みんなもそう言って……」

「確かに局地的かつ瞬間的に、そういう噂があったことは知ってるよ。でもそれだってすぐに収まってる。みんな僕があかりのことが好きだって知ってるんだから、当然だよね」

「は…………?」


 耳を疑うような言葉に思い出したことがあった。

 それはかつて院長先生に言われたことで、泰明さんがわたしを好いているという内容の――。


「どういうことですか!?」


 思わず顔を跳ねあげると、青年はどこか照れくさそうに笑っていた。

 幼い感じのかわいい笑みに心臓がキュッとなる。


「ずっと前から好きだって言ったでしょ。僕はね、君がまだ小さいときから僕のお嫁さんになってほしいなって……ずーっと思ってたんだよ」


 ぽかんと口が開いてしまう。聞けば聞くほど耳を疑いたくなる。

 これは全部自分が作り出した都合のいい夢じゃなかろうか。

 挙げたままだった手をずらして頬をつねる。

 しっかり痛い。


「だって……全然そんな感じじゃ……」

「そうだね。君が気づかなかったのも当然だと思うよ。ほら、世話役候補は成人するまで色恋沙汰は厳禁とされるでしょ? それってまわりの人間にも同じことが言えるんだよね」


 青年はくすっと笑うと指折り数えはじめる。


「世話役候補に気があってもそれを本人に悟られてはいけない。色目を使うことはもちろん、思わせぶりな態度を取ることも禁止。告白なんてもってのほかで」


 そこで言葉を切ると小さくため息をついた。


「他にもいろいろあるけど、ここにはそういう不文律が存在していたんだ。だからあかりが気づかないのは至極当然のこと。びっくりするよね?」

「なに、それ……」


 とんでもないお知らせが次から次へともたらされる。頭が追いつかない。

 ちょっともう、本当に意味がわからない。


「なにそれ、だよねぇ。でもそう簡単に変な虫が近寄れないのはいいことだよね」

「はぁ……」


 泰明さんが一歩近づくのを見て反射的に一歩下がった。

 身体が動いて脳も動いたのか、ふいにひとつの疑問がわく。


「あの……ひとついいですか?」

「もちろん」

「泰明さんは、わたしが姫様と泰明さんをくっつけようとしているのを知ってたじゃないですか。だったらなんでわたしが勘違いしてるって教えてくれなかったんですか?」


 言ってから何度もうなずく。

 あの宴のあとからこれまでずっと、姫様と泰明さんの仲をどうにかしようと頑張ってきた。そのことは彼だって知っている。


 わたしの間違いを正す機会はいくらでもあったのに、そうしようとしなかったのは……やっぱりそれが事実だからじゃないのかな。

 今こうしてわたしに告白してくれたのは――びっくりさせたいだけ、とか?


「それは……ごめん。申し訳なかったと思ってる」


 泰明さんは視線を落とすと頭を下げた。


「あかりが僕のために一生懸命になってくれてるのが嬉しくて、だから今まで本当のことを言えずにいたんだ。それに見合いの話もあったから……それが終わるまではって思って」


 青年はわずかに顔を向けてこちらをうかがってくる。

 上目遣いで見つめられてじわっと熱が上がってくる。


「あかりだって、そういうけじめはちゃんとしたほうがいいって思うでしょ?」


 けじめという言葉にあっと声が出た。

 泰明さんにけじめ云々を説いたのは、このわたしだ。

 別の女性とお見合いする人から好きだと言われても、きっと相手には響かない。

 だからあからさまな言動は……控えるように、と……。


「すみません……」

「謝らないで。だからね、僕のこの気持ちは嘘偽りなく本当だから……。信じられないかもしれないけど、それでもどうか信じてほしいな」


 どうやらなにもかも見透かされているらしい。

 思わず手で顔をおおって深く息を吐いた。


 疑ってしまう自分が嫌になる。

 素直に気持ちを受け取れない自分が悲しい。


 でも、どうしてもわたしを好きになってくれる理由が思いつかなかった。

 わたしにそんな価値はないのだから。


 そうだ。

 だってわたしは親にだって捨てられて、背中には焼印さえ押されて。

 それにお父さんからも彼に恋慕するなと言われた。お前では泰明を幸せにすることはできない、と……。

 わたしじゃダメだ。

 こんなわたしじゃ、どうしても駄目なんだ。


 鼻の奥がツンと痛む。

 目から熱いものがこぼれた。


「ごめん。いきなりこんなこと言われてびっくりしたよね」

「ちが……これは、違くて……」


 近づく気配に慌てて顔を上げる。

 それから自分の顔の惨状に思い至って、ハンカチで目元を何度もぬぐった。

 きっとお化粧が剝げてボロボロだろうなぁと、こんなときなのにそんなことを思ってしまう。


「わたし、だめなんです。わたしは泰明さんが思ってるような人間じゃなくて、それにお父さんだって――」

「お父さん?」


 青年がつぶやき、それからどこかほっとしたように微笑んだ。


「あぁ、それなら大丈夫。先代殿の許可ならちゃんともらってあるから」

「え?」

「最初はなかなか首を縦に振ってくれなかったけど、最後にはちゃんと認めてくれて――」

「待ってください! 許可? 認める? どういうことですか?」


 またしても耳を疑う情報に、いよいよ頭がこんがらがってくる。

 彼の笑みが顔じゅうに広がった。


「だから、先代殿は僕たちの結婚には反対してないってこと」

「そ……んなわけないですよ……だってお父さん、わたしには……」

「わたしには?」 

「あ」


 まずいと思ったときには時すでに遅し。

 和んでいた目がみるみる鋭さを帯びていく。


「先代殿になにか言われたの?」

「それは……あの……」

「なんて言われたの? お願い、教えて」


 怖いぐらい静かな声に、黙っていることはできなかった。

 仕方なくお父さんから言われたことを伝えると彼は口元に手をやって動きを止めた。


「それを聞いたのはいつか覚えてる?」


 少しの沈黙のあとで泰明さんが顔を上げる。

 その目は少し怖いけど、怒っているわけじゃなさそうだった。


「えっと、お父さんが亡くなる一年くらい前……でしょうか」

「僕が許可を得られたのもそれくらいだ」


 そう言って許可を得たという日付を教えてくれる。

 わたしはさすがに何月何日かまでは覚えていないけど、季節を考えると同じころに言われたのだとわかった。

 ふたたび沈黙がおりる。

 わたしは聞き間違いなんてしていない。

 泰明さんも……嘘はついていないと思う。


「あかりが僕の求婚を承諾するなら反対はしない、でもそもそも君が承諾しないように釘を刺した、ということになるのかな」

「そう……ですね」

「うーん……」


 言いながらも自分の言葉に納得していないようだった。

 わずかに眉根を寄せて首をひねっている。


「あかりはどう思う?」

「え?」

「僕の知っている先代殿はこういう根回しはしない人だ。わずかにでも反対の意思があればそれを明確にする。根負けしたふりなんて絶対にしない。あかりに絡むことならなおさらだ」


 その言葉にハッとした。

 もしかして疑われているのだろうか。


「でも! わたし嘘はついてません!」

「うん、わかってる。君を疑ってるわけじゃないんだ。ただ、どうにも腑に落ちなくて。あのひとの頑固さは筋金入りだから」


 泰明さんは視線をさまよわせて、でもすぐにこちらに顔を向けた。

 浮かんでいるのは困ったような笑みだった。


「とにかく僕から言えるのは、先代殿には僕たちの結婚をお認めいただいているということ。だからあかりには先代殿の言葉を気にしてほしくない。自分の気持ちだけを考えてほしいんだ」

「泰明さん……」

「君が僕にふさわしいかじゃなくて、僕が君にふさわしいかどうかを考えて。あとは前向きに考えてもらえると嬉しいな。返事は急がないから」


 思わずその目を見つめると、彼は優しく微笑んだ。


「もちろん返事を早くもらえたら嬉しいけど、急かして本心とは違う選択をされたら困っちゃうからね。一カ月後に返事を聞かせてもらえたらって思うんだけど、どうかな」

「わ……わかりました」


 うなずくと泰明さんの笑みが大きくなった。


「決まりだね。それじゃあ、そろそろ戻ろうか」



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