152.独身パーティー(後)
泰明さんは、あたしの言葉になにも反応を示さなかった。
ずっと穏やかな気配のままこちらを見つめている。
「あたしのなかのあなたは極悪人で、この村に災いをもたらす人です。なのに……あかりから見たあなたは普通の人なんですよね。彼女が話すあなたはちっとも怖くなくて、穏やかで優しい人なんです。そんなあなたにあかりはちょっと惹かれているようでもありました」
当の本人はまったく気づいていなかったけど。
でも泰明さんの話をするときの彼女は、いつにも増して優しい表情をしていた。
「だからあたし、あなたがあかりにふさわしいか確かめなきゃって思いました。今度こそ本当の友達として、もしあなたが本当に悪い人だったら考えを改めさせなきゃって思いました。それで自分なりに調べてみて……なんていうか…………」
ちょっと口ごもると泰明さんがにっこり笑った。
いつもの作り笑顔だ。
「ふさわしくないって思った?」
「……正直、よくわかりません」
あたしは素直にそう言った。
彼がこれまで起こした暴力沙汰について、とにかくいろんな人から話を聞いてみた。そこからできるだけ誇張を取り除き、素人探偵よろしく事実だけを列挙して多角的に考察してみた。
その結果、多くの場合には理由があり、どれも自己防衛のためであったらしいことが窺えた。
でもそれが過剰防衛になってしまい、だからみんなから一方的に悪者扱いされているようでもあった。
多くの場合以外については、あかりに近寄る男子たちの牽制といえるだろう。これについては擁護する気はない。
それ以外で気になる点としては幼い頃の奇行の数々があるけど――それは屋敷で暮らしていた頃に矯正されたようだった。
ここまでで彼に対する印象はといえば、正直悪い。
でも今の彼に対する印象はというと、実はそんなに悪くはない。
村をしばらく出ているうちに頭が冷えたのか、今のところ泰明さんはなにも騒ぎを起こしていない。
そっけない感じはあっても、人当たりだって以前とは比べ物にならないほどよくなった。
働きぶりもいいらしく、みんなの信頼も上がってきている。
少なくともあかりに対しては今も昔もずっと優しい好青年で、それに医師という肩書を持ち、家柄だって代々続く土地の名士ときた。
あの優しくてとっても頼りになる旦那様奥様がお舅お姑になることも安心材料としてでかい。
なにより彼はあかりのことが大好きすぎるくらい大好きで――あかりも彼のことを好きときた。
「あなたがあかりを大事に思っているのはよくわかりました。それにあたしは今まであなたから嫌なことをされたり言われたりということもなかったですし。だから……少なくともあたしより悪い人じゃないなら、いいのかもしれないって思いました」
噂を鵜呑みにして彼女に酷いことをしたのはあたし。
勝手に泰明さんを恨んだのだって、お門違いもいいところだろう。
自分の罪に向き合えないあたしがあかりのそばにいるんだから、あたしは泰明さんに駄目とは言えない。
この二人を応援することは、あたしのせめてもの贖罪だ。
「きっかけはなんであれ、佐山さんはあかりを大事にしてくれた」
静かな声は柔らかな響きを持っていた。
思わず相手を見上げると、彼は唇をほころばせた。
「君が堂々としてくれていたから、あかりにはたくさんの友達ができた。だから感謝しているよ」
「感謝しないでください。あたし、最低な奴なんで」
「それでも、ありがとう」
はっきりと気持ちの込められた言葉に、あたしは小さくうなずいた。
穏やかに微笑む彼の姿は観音様のように綺麗で、慈愛に満ちていて。
みんながきゃあきゃあ言う気持ちが、ほんのちょっぴり理解できた気がした。
ふと会話が途切れて、傾いてきた陽の光に目を細める。
この人とこんなに喋ったのは初めてかもしれない。せっかくだし、この機会に前から気になっていたことも聞いてしまおう。
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あたしは彼女が泣くようなことをしたのに、あなたはなにもしてきませんでしたね。それはどうしてですか?」
「……なるべくしてそうなったから、かな」
「え?」
青年の笑みがわずかに変わる。
それはどこか皮肉めいた笑みだった。
「君が恨みを抱いたのは理にかなっているよ。だって噂をばらまいたは僕だから」
「は……?」
「たかが噂にまどわされて距離を置くような薄情者、あの子にはふさわしくないよね」
優しく言い放つ青年が急に得体の知れない生き物のように見えた。
なにを言ってるんだろう、この人は。
なんだか急に……不気味で怖い。
「なに、言って……」
「って、かつての僕は思っていたけど今はそんなことないからね?」
取り繕うように言葉を足されてももう遅い。
いきなり冷水を浴びせられたように一気に目が覚めた気がする。
あたしたちはこの人に……試された?
「あなたは……あなたって人は!」
「君は僕に怒れる立場かな」
青年がくすくすと嗤う。
痛いところを突かれて、またしても冷水を浴びせられたようだった。
思わず黙ると泰明さんが頭を下げる。
「ごめん、今のはよくなかった」
いかにもすまなそうな声をしてるけどもう騙されない。
ディスイズ猫かぶり野郎。
ガルルッと唸りたくなるあたしに対し、青年は降参というように両手を上げた。
「言い訳になるけど、別に孤立させるつもりはなかったんだ。女の子たちになにかするつもりもなかったし」
やっぱり同性の友達は必要だと思ったから、といけしゃあしゃあ言い放つ姿にまた怒りが湧いてくる。
「ずいぶん傲慢なんですね。あなた一体何様のつもりですか?」
「あかりの旦那様だよ」
「だっ……」
「だから僕は、僕の奥様の友達にふさわしいか見極める責任がある。くしくも君と同じことをしたわけだね」
「それは! ……それは……」
あぁ、くやしい。
言い返せない。
というか、あたし……こんなに傲慢なことをしていたのか。
自分で自分が嫌になる。ほとほと嫌になる……。
「ただみんな想像以上に怖がっちゃって、結果的にやりすぎたところはあったと思う。だからそこはあかりにも君たちにも、申し訳ないと思っているよ」
「そっすか……」
気の抜けた返事を聞くと相手は困ったように笑った。
「この件については先代殿からキツいお灸をすえられたから、それで許してくれないかな」
「お灸……? どんなですか?」
「鼻やあばら、腕に足にとあちこちの骨を折られて、そのまま冷水に一晩漬け置きされたよ」
「わーぉ」
あの恐ろしい先代様ならやりかねない。
……それがどこまで本当かは調べようもないけど、この期に及んで嘘はつかないだろうし。しょうがないから許してやるか。
と思ったのがわかったのか、青年はまたあのにっこりスマイルを浮かべた。
なんだコイツ。むかつくなコイツ。
「ずいぶん正直に話してくれるんですね」
「あかりの特別は僕にとっても特別なんだ。でもって君には、暴かれる前に最初からさらけ出しておくのがいいと思って」
「なんでですか?」
「勘てやつかな」
くすっと笑う姿に、あたしもちょっと笑うだけの元気が出てきた。
にわかにお店のドア付近が騒がしくなる。
そちらを見るとお化粧どころか髪型まで変わったあかりの姿がちらっと見えた。
「だから違うってば! デートじゃなくってお線香立て! 行くのはお墓!」
「デートで墓参り?」
「なにそれー」
聞こえた声になるほどと思った。見ればお店の壁際には手桶と仏花が置かれている。
「まずはご両親にご挨拶ですか。殊勝な心がけですね」
「先代殿は厳しい方だから。そこはちゃんとしないとね」
「……どうかあかりには、ちゃんと誠実でいてくださいよ」
「もちろん。お山様に誓うよ」
あかりがお店から出てくる。
編み込みにしたハーフアップに彼女のやり方とは違う大人びたメイク。
時間がかかると思ったら、どうやら他の子たちにてこ入れされていたらしい。
あかりは泰明さんを見るとはにかんだ笑みを見せた。
可愛らしい笑顔を受けて青年も顔をほころばせ、そのまま甘ったるい笑顔になる。すると今度はあかりの顔が赤くなった。
本当にわかりやすい二人だな。
「あかり! あんたも年貢の納め時ね!」
あたしは彼女の肩をバシッと叩いて背中を押した。
魔物を鎮めるのが巫女であるなら、それはまさしく彼女だといえよう。
泰明さんがひそやかに笑い、一方のあかりはなにもわかっていないようできょとんと瞬きした。
ふたりともお幸せに、だ!




