151.独身パーティー(中)
最後にみんなから結婚祝いの品や大きな花束を受け取って。
あたしもひとりひとりに選んだ贈り物を渡して。
そうしてこの素敵な会は幕を閉じた。
「先に外で待ってるね!」
生まれたときから見飽きるほど見てきた田舎の景色もあとちょっとでお別れかと思うと不思議に愛着がわくもので。
あたしはお化粧直しもそこそこに一番にお店の外へ飛び出した。
するとドアの脇で動くものがあった。
壁にもたれていた人影がそっと居住まいを正す。
こちらに向けられたのは雪女のような冷たい美貌。その人形じみた無表情は、でもあたしと目が合うとわずかな変化を見せた。
口元と切れ長の目がちょっと和んで、それだけで近寄りがたさが一気に緩和するようだった。
「こんにちは泰明さん」
「こんにちは佐山さん」
挨拶した途端、うしろからドンと体当たりを喰らった。
「泰明さん!? どこどこ!」
「え、泰明さんがいるの!?」
あたしがなにか言う前に青年の姿を認めたのか、耳元でキャ――――! と黄色い声があがる。けたたましいことこの上ない。
思わず顔をしかめると泰明さんがおかしそうに笑った。
その表情におやっと言いたくなる。
いつもの作り笑顔は苦手だけど今の自然な笑顔は悪くなかった。
「わぁ、ほんとに泰明さんだ!」
「こんにちはっ。奇遇ですねぇ」
「こんなところでなにしてるんですかー?」
「うん、ちょっとね」
彼の微笑が少しだけ深くなる。それだけで女の子たちが声にならない歓声をあげた。
きっとあかりを待ち伏せ――いや、あの子も用事があるとか言ってたから、もともと彼となにか約束をしていたのかもしれない。
「あかりー。お迎えだよー」
首をねじってお店の奥に呼びかけると慌てた気配が伝わってくる。
彼女ともう一人の友人はまだお化粧を直しているところだった。
「もしかしてこれからデートですか?」
「きゃあっ、デートですって!」
「素敵!」
そう言うと他の子たちは目配せし合って『レモン』に駆け込んだ。
にぎやかなスズメたちがいなくなって、あとにはあたしと泰明さんが残される。
遠くの山でカラスがカーと鳴いた。
目の前に広がる田園風景はのどかだけど、ちっとも安らぐ感じはしない。
なんとなく気づまりに思っていると青年が身体をこちらに向けた。
「佐山さん。この度はご結婚おめでとうございます」
正面から一礼されて、あたしも慌ててそれにならう。
「ありがとうございます。これも旦那様と奥様のおかげです。どうぞよろしくお伝えください」
あたしの女中奉公は昨日で終了。今日からあたしは実家で過ごすことになっている。
この先旦那様や奥様にお目にかかることはそうそうないだろう。
あたしは目の前の美男子をじっと見上げた。
この人があかりの旦那さんになるのかと思うと、自然とまた頭が下がっていく。
「泰明さん。あかりのこと……どうかよろしくお願いしますね。これでもかってくらい、うんと幸せにしてやってください。あ、披露宴するんだったら絶対呼んでくださいね?」
お願いしてから頭を元の位置に戻すと、なぜか彼は目をパチクリさせていた。
「どうかしました?」
「いや……」
泰明さんが口元に手を当てて小首をかしげる。
「僕は君によく思われてないと思っていたから。意外だなって」
「あー……」
今はともかく、昔はその通りだった。
軽く唇を噛んで――でもふたたび口を開く。
余計なことは言うべきじゃないとわかっているけど、でもあたしは村を出てしまうし。
この際だから言っちゃえ言っちゃえ。
「あたしがまだ小さかった頃の話なんですけどね。ある晩、先代様がうちに来たことがあったんです」
あれは確か小学一年生の、秋頃だったと思う。
突然の世話役様の来訪――だけど、こちらがなにか相談や依頼をしたわけではないし、親たちはかの人と親しい間柄でもない。
すわお山様関連でなにか不敬があったかと、両親も祖父母も戦々恐々としていたのを覚えている。
でも先代様が訪ねてきた相手は、なんと子どものあたしだった。
「先代様はあたしを呼びだしてこう言いました。お前さんに決して迷惑はかけないから、これからもうちのあかりと仲良くしてやってほしい……って。そう言って頭を下げたんです」
大人が子どもに頭を下げるだなんてあり得ない。
しかもそれをしたのがあの世話役様――泣く子も黙り、うちの父親さえも怯えて萎縮するような、そんな鬼神とも呼ばれたあの先代様が、だ。
その衝撃的な出来事はきっとこの先も忘れることはないだろう。
「そのときのあかり、実はクラスの誰からも話しかけられなくなってたんです。あの子が誰かに話しかけようとしても、みんなそれとなく逃げちゃって……」
かく言うあたしもそのひとりだった。
本当に……最低だったと思う。
あの子と一番仲が良かったのはあたしだったのに。
でも別にみんな彼女を嫌いになったわけじゃなかった。
いや――もしかしたら特別な存在の彼女に、多少のやっかみはあったのかもしれないけど。
とにかく、きっかけはひとつの噂だった。
「なんでそうなったか、わかりますか?」
高い位置にある相手の目をまっすぐ見つめる。
黒々した瞳がまっすぐにこちらを見返した。
「あかりと仲良くすると、僕に酷いことをされると思った?」
「……正解です」
その頃、あたしも含めて彼女と仲良くなった子たちには不気味な影に付きまとわれる時期があった。
それに彼女と親しくした男子は大なり小なり怪我をすることが続いた。
するとある噂が立った。
あかりに近づくと倉橋本家の五男坊――つまり泰明さんに呪い殺されるぞ、という噂だった。
その当時、泰明さんには陰で呼ばれる大げさなあだ名がいくつもあった。
<殺人鬼>や<妖術使い>もその一種で、下級生のあたしたちでさえ知っていたのだから相当といえる。
知らなかったのはあかりくらいだろう。
不気味で恐ろしいあだ名も、上の兄たちから聞く彼の蛮行も、幼いあたしたちを怖がらせるには十分だった。
おまけに親たちまであかりは世話役候補なのだから気安く話しかけるな、あんまり付き合うなと言いはじめた。
あたしたちは残酷だった。
深く考えずにみんなで彼女を避け続けた。
そしてそれは数週間続いた。
「あの先代様に言われてしまったので、次の日からあたしはあかりと喋るようになりました。一週間くらいしたら、あたし以外もあかりに話しかけるようになりました。あたしがなんともないから安心したんでしょうね」
ただし男子はなんともあったようで、前ほど親しくしてくる奴はそうそういなかったけど。
「しばらくして、もうすっかり元に戻ったあと……あるときあかりに感謝されたんです。また仲良くしてくれてありがとう、みんなと喋れるようになったのはキミちゃんのおかげだよって。そう泣きながら言われたんです」
あのときのやましさといったらなかった。
あたしは自分からすすんで仲良くしたわけじゃない。人に言われなきゃ仲良くなんてしなかったと思う。
おまけに自分のしたことがどれだけ彼女を苦しめていたかなんて、そのときまで考えてもみなかったのだ。
親兄弟と喧嘩してばかりのあたしはいつもあかりの優しさに救われていたのに。
なのにあたしは彼女を救うどころかいたぶっていたのだ。
「あかりはあたしや他の子たちを責めませんでした。どうしてそんなことをしたのかも聞きませんでした。きっと自分に落ち度があると思っていたんでしょうね」
彼女は前に言っていた。自分のことが好きじゃないと。
片脚を傷つけられ、山に捨てられたあかり。
だから自分に非がなくても、なんでも自分のせいにする癖があるのかもしれない。
「あたし、そのときになってようやく自分のしたことを後悔しました。すごくすごく後悔して……いつからか泰明さんを恨むようになりました」
泰明さんの噂がなかったら、あたしはそんなことしなかったのに。
そもそもあの人がいなかったらみんな平和に過ごせたのに、と。
そんな腐った考え方をしたのだ。
あたしは恐るおそる目の前の人を見上げた。
面と向かって謗られたのに、西日に照らされた顔には変化が見られなかった。
先をうながされた気がして、話を続ける。




