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巫女さんの昭和古民家なつかし暮らし ~里山歳時記恋愛譚~  作者: さけおみ肴


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150.独身パーティー(前)

「それでは佐山キミ子の結婚を祝いましてぇ……乾杯!」


 その音頭で祝われるあたしを含めた全員がグラスをかかげ、乾杯! と叫んだ。

 薄い金色の液体をひとくち含むと泡がシュワッと広がる。


「おいしー!」

「あたしシャンパンはじめて飲んだ!」

「私も!」


 口々に叫んで笑いあう。

 ここは村で唯一の喫茶店『レモン』。今日はお店を貸し切って、あたしと仲の良い五名が大きな丸テーブルを囲んでいた。

 こうしてわざわざお祝いの会を開いてもらえると思っていなかったから、あたしは本当に良い友達に恵まれたと思う。


「わ~どれもすごくおいしそうっ」

「なにから食べるか迷っちゃうね」


 乾杯をすませると全員の視線がテーブルの上に移動する。

 そこに並んでいるのは雑誌で見るような料理の数々で、どれもずっと見ていたくなるほどに美しい。


 いろんな種類のお洒落なカナッペに小エビのカクテル、色とりどりの野菜のピクルス。それに大輪の花のように盛られたロートストビーフ。

 どのお皿の縁にも飾り切りしたラディッシュやパセリ、スライスレモンが載っていて、それがまた小粋……じゃなくてエレガントだ。

 このあともどんどん料理が追加されるというから楽しみで仕方ない。


 さっそくカナッペのひとつを取ってぱくりと食べる。

 選んだのはクリームチーズと燻製鴨肉の載ったクラッカーで、味も香りもめちゃくちゃ良い。


「それにしてもいいなぁ~。サラリーマンと結婚だなんてずるい!」

「ちゃっかりしてるんだから、もう」

「キミ子は私らのなかで絶対ビリだと思ってたのにね」

「んっふっふ~。おっさき~」


 向かいからのジト目にピースで応えると右隣でも声が上がった。


「でも思い切ったことするよね、結婚式しないだなんて。ご両親もよく許してくれたね」

「そうそうそれそれ。どうやって説き伏せたの?」


 みんなもカナッペやローストビーフを食べながらこちらを見てくる。

 シャンパンの最後のひと口をごくりと飲んで、あたしは大仰にうなずいてみせた。


「もちろんお父さんとは結構やりあったわよ。でも安上がりになるってのが大きかったわね。それにあちらのご両親があたしを尊重してくれたから。あたしの味方になってくれたことも効いたと思う」


 お父さんは昔ながらの封建的な人だ。家もとい自分の威厳や体裁が傷つくことをひどく嫌う。

 そして表向きには太っ腹とみられたいくせに本当は守銭奴というどうしようもない人だ。


 でもあちらのご両親はそういう人の扱いをよくわかっているらしく、こちらの面子を潰すことなくうまくなだめすかして、あの頑固なお父さんをくるりとまるめこんでしまった。

 ありがたいと思うと同時にこのご両親には逆らわないでおこう――そう思う出来事だった。


「旦那さんはなにか言ってた?」


 左隣に座るあかりもオイルサーディンとオニオンスライスのカナッペを手にしながら聞いてくる。


「こういうのはお嫁さんが主役だから、僕は主役の意向にそうよう精一杯サポートするだけです、だって」

「えーいい旦那さんじゃーん」

「へっへっへ~」


 来週から旦那となる人を褒められてふふんと鼻が高くなる。

 先日の映画デートでは手を握ることさえしてこなかったけど、見るからに気性が荒いお父さんを知ってなおそう言ってくれたのは嬉しい誤算だった。

 もしかしてそんなに弱気な人でもないのかもしれない。


「お母さんのほうはもう大丈夫?」

「んー……。一応は納得してくれたけど、本心ではやっぱり不満かもね」


 諸事情を知る彼女がわずかに声を落とすのに対して、あたしも同じように小さく返す。

 そう、実は本当に大変だったのはお父さんよりもお母さんだった。

 てっきりあたしの味方をしてくれると思ったお母さんはお父さん以上に反対を唱えたのだ。


 大事な娘の花嫁姿を見れないなんて! と大仰に泣かれ、その後は事あるごとに恨み事を言われ、それにこちらがなにを話しかけても無視という無言の抗議を受けて。

 それじゃああとで花嫁衣装だけ借りてみんなで写真くらいは撮ろうということになったのだった。


 重ねての丁寧な説明と記念撮影によって、お母さんとの間には一応の平和条約が結ばれている。

 カナッペを食べ終えたあかりがわずかに苦笑した。


「わたし、お母さんの気持ちがちょっとわかるなぁ。キミちゃんの晴れ姿、本当は見たかったもん。写真あとで絶対に見せてね?」

「ていうかさ、あんた本当にそれでいいの? 一生に一度のことなんだし、自分自身が豪華で美しい衣装を着たい! みんな私を見よ! 祝福せよ! ってなるもんじゃない?」


 目の前に座る友人がテーブルに身を乗り出してフォークであたしを指さしてくる。

 お行儀が悪いなぁ。


「あたしはそれでいーんですぅ。たった一日の見栄に大枚はたくより何年も使う三種の神器に大枚はたくほうが絶対いいんだから」

「そりゃあ、家電は絶対欲しいけどさー」

「でも別に豪華じゃなくていいからちゃんとした式は挙げたいわよねぇ」

「わかるーあたしもそうー。あかりはー?」

「わたしは……うーん……。あ、キミちゃんのグラス空じゃない。次はなに飲む?」

「んじゃあ、ポートワインのソーダ割り」


 ポートワインのソーダ割りはあたしのお気に入りの飲み物だ。

 普通の赤ワインはすっぱくて渋くて苦手だけど、ポートワインはとっても甘くておいしい。というか甘すぎるほどだから、ソーダで割ってちょうどいい具合になる。


 あかりが向かった先、お店のカウンターには赤白のワインにウイスキーやブランデー、シェリーにラムといった酒瓶がずらりと並んでいた。端には炭酸水の瓶と氷も用意されている。

 太っ腹な葉月ちゃんの計らいでどれでも好きなように飲んでいいとのことだった。


 あかりはグラスに氷を入れるとラベルに赤い日の丸が描かれた瓶を選んで半分ほどそそぎ、それから炭酸水をその半分ほどそそいだ。

 なにも言わなくても彼女はあたしの好みをわかってくれている。それが嬉しくて、こそばゆい。


「はい、お待たせ」

「あかりは炭酸水だけ? もしかして調子悪い?」


 彼女も同じものを作るかと思ったら、自分のグラスには氷と炭酸水を入れただけだった。

 いける口なのにどうしたんだろう。


「ごめん、実はこのあと用事があって……」

「あら……」

「えーあかりも飲もうよー。一杯だけじゃもの足りないでしょー?」

「あんたも強いんだし、ちょっとくらい平気じゃない?」

「こらこら、無理にすすめないのよ」


 やいのやいの言いだす娘たちに待ったをかけたのは葉月ちゃんだった。

 女のあたしでも見惚れちゃうくらいカッコイイ美女は、こちらにやってくると手にした大きな洋風お盆――トレイというやつを軽く上下してみせる。


「アクアパッツァとアーモンドフライ、できたわよ。ラザニアもすぐに出るから、今あるやつは全部取っちゃって空いたお皿を下げてくれるかしら」


 みんなではーいと返事をし、残りわずかとなったオードブルを先を競うように確保する。

 そうしてテーブルには湯気をあげる大きな三品が並んだ。どれもすごくいい匂いで食べる前から絶対においしいとわかる。

 葉月ちゃんが作る洋食もこれが食べ納めかと思うと涙が出そうだ。


「あぁ……みんなとのお別れより葉月ちゃんの洋食とお別れしなきゃいけないのが辛いわ」


 えー、とか、こら、とか声があがるなか、就職して村を出た三人はうんうんと深くうなずいていた。


「わかる。本当にそれよ」

「これだけおいしくってしかも安い洋食なんて都会にもない。どこにもない」

「私なんて帰ってくるたびに食い溜めしてるわよ」

「あらあらお嬢ちゃんたち、嬉しいこと言ってくれちゃって。褒めてもなんにも出ないわよ?」


 葉月ちゃんは頬に手を当てて困ったように笑うけどまんざらでもなさそうだ。


「でも本当のことですよ」

「東京でお店出してもっと高い料金取っても絶対人気出るよね。なんでこんな田舎でお店やってるんですか?」

「さぁ~なんでかしらねぇ~」


 葉月ちゃんはくすくす笑ってお店の奥に引っ込んでしまう。

 この村には不思議が多いけど、彼女もまた不思議のひとつなのかもしれない。


 それからあたしたちは新しい料理とお酒を楽しみながら友達が持ってきた卒業アルバムを見ては思い出を語りあい、そこから派生して自由恋愛ひいては婚前交渉の是非でバチバチの議論となり、就職組の火遊びエピソードも飛び出して大いに盛り上がりを見せた。


 夢中で喋っているうちに時間はあっという間に過ぎていく。

 一生続くかと思われた会は、それでもだんだん落ち着いてきて、みんななんとなく言葉少なになってきて……というかみんなお酒を飲み過ぎて目蓋がだいぶ下がってきて。

 四時になる頃にはそろそろお開きにしようかとなった。


 デザートのチーズケーキとレモンシャーベットを食べ終えたのはだいぶ昔のことで、あたしたちは五時間もわーわーぎゃーぎゃー騒いでいたことになる。

 みんなよく食べよく飲みよく喋った。

 本当に……本当に楽しかった。


「んよぉーし……それじゃあ、あかりっ。締めの言葉、お願いしまぁーす!」

「はい」


 酔っぱらってふにゃふにゃ笑う友人に、あかりはキリッと表情を引きしめて立ち上がる。

 正気を保っているのは最初の一杯しかお酒を飲んでいないあかり、そしてザルと呼ばれるあたしのふたりだけらしい。


 彼女にならってあたしも腰をあげると正面から向かいあう。


 少し背の高いあかり。

 やわらかい雰囲気に合った優しい面立ちは、この一、二年でぐっと大人びたように見える。

 それに綺麗になった。

 お化粧が上手くなったというのもあるんだろうけど、両親を相次いで失くしたことや恋心が芽生えたことが彼女を大人へと成長させたのだろう。


「キミちゃん、この度はご結婚おめでとうございます。キミちゃんとは小学校一年生のときからの付き合いで、わたしにとっては一番の友達で……親友で。だからキミちゃんの結婚はすごく嬉しくて……でも本当は……すごく寂しいです」


 あかりの顔がくしゃっとなる。

 慌ててハンカチで目元を抑える姿に、あたしもハンカチを出して自分の目をぬぐった。

 ごめんねと泣くあかりを抱き寄せていいんだよと応える。


「毎日たくさんお喋りしたよね。一緒に映画やお買い物にも行って……キミちゃんと一緒にいられて、いつもすごく楽しかったよ」

「うん……っ」

「たくさん仲良くしてくれてありがとう。これからもずっとずっと仲良くしてください」

「もちろん!」


 洟をすすりながら懸命に言葉を紡ぐあかり。あたしの大事な親友。

 彼女の肩をそっと押して、あらためてその目をまっすぐ見つめる。


「あたしたちの友情は永遠よ。結婚しても、遠く離れても、ずっとずっと友達なんだから。これからも手紙や電話でたくさんお喋りしようね。それで、たまには会って、たくさん遊ぼうね!」

「うん……!」


 あかりは泣きながらも嬉しそうに笑った。

 それは子どものときとおんなじで、とても明るく人懐っこい笑顔だった。


 自然と拍手が起きる。

 あちこちで洟をすする音がする。

 あたしはあかりの肩に手を置いたまま、集まってくれた友達を見まわした。


「みなさん。今日はあたしのために、こんなに素敵な会を開いてくれて……本当にどうもありがとう。思い返せばあたしは――」


 みんなが見つめるなか、ちょっと恥ずかしいけど自分の気持ちを言葉にしていく。

 そうやって喋るほどに自分のなかでけじめがついていくようだった。

 それはずっと開きっぱなしだったドアが閉まっていくのに似ていて、あたしの人生でひとつの終わりが来たのだとわかった。


 あたしは昔から、早く結婚してこんな田舎出てってやるんだ、と思っていた。

 でもいざその時が来てみると――思いのほか寂しくて、悲しくて。それに少しの痛みも伴っていて。

 もうちょっとだけここにいてもよかったかな、なんて思ってしまう。


 でも、もう後戻りはできない。

 するつもりもない。


「今日は本当にありがとうございました! 今後のアーバンキミ子にご期待ください! みんな、これからもどうぞよろしくね!」


 最後はちょっとだけふざけて締めくくると、ヤジと笑いがわき起こる。

 あたしもニッと笑ってから、大事な友人らに向かって深くおじぎした。


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