第149話 自慢の息子
「可能性はゼロなのか?俺の息子は二度と自分の足で立つことが出来ないのか?成功する可能性がわずかでもいい。選ぶことの出来る選択肢は無いのか?」
「選択肢がゼロとは言っていない。しかし、儂は医師として、医学的に根拠の乏しい選択肢を簡単に提示するわけにはいかん。」
「何故だ?」
「お前さんが、儂の語る夢物語にとり憑つかれ、息子をほったらかしにしてしまいそうで怖いからだ。お前さんと、お前さんの家族の人生の大半を浪費させてしまうわけにはいかん。」
武津薙は怒気を含んで言った。
「どういった選択肢を選ぶかは俺が決めることだ。では聞くが、正解なんてものがあるのか?俺がどういった行動に出ることが正しいのか、あんたはそれを理論的に評価することが出来るのか?可能性の乏しい選択肢があるとして、あんたが俺にそれを教えないことが、本当に正しいことなのか?」
「お前さんの気持ちは分かる。しかし、肝心なのは」
武津薙は椅子から立ち上がり、ステラの言葉を遮って、怒号を上げた。
「俺の気持ちが分かるだと?ふざけるな。あんたに子どもはいるのか?」
ステラは武津薙を見上げ、表情の欠いた顔で静かに言った。
「おらん。」
武津薙は歯を食いしばったまま、喉の奥から唸り声を上げるように低い声で言った。
「だったら、俺の、気持ちが、分かるわけ、ないだろう。」
ステラは長い溜め息をついた。眉間の皺は解かれ、反対に目の下の皺は幾分か深くなった。息を腹から吐いたことによって、彼の体は少しばかり縮みさえした。
「一人息子がおった。十一年前の戦争に従事して死んでしもうた。だから、もうおらん。」
それを聞いた武津薙は絶句した。彼の力んでいた顔の筋肉は一瞬で弛緩した。
「儂と同じ医師だった。儂と違って立派な医師だった。自慢の息子だ。息子はこの国を愛していた。真理を探究する情熱的風土、全ての子どもに等しく与えられる十分な教育、自然と学問と魔法が織りなす社会。徴兵制だったが、息子は決して行けと命じられて戦争に行ったわけではない。この国のために、次代を担う子ども達の未来のために、自分の意志で戦争に臨んだ。だが、命を落とし、遺骨さえ戻っては来んかった。儂は息子に、何一つしてやれることは無かった。」
武津薙の目は瞬く間に潤んだ。彼はしばらく両手で頭を抱え、椅子に座り直した。真夜中の砂漠のように二人は押し黙った。
武津薙は改めてステラの全身を見た。
その二本の腕で何度も息子を抱き上げたことだろう。
その二本の足で何度も息子のために走ったことだろう。
その一対の目で息子の笑顔を眺め、その一対の耳で息子の笑い声を聞いたのだろう。
しかし、その愛しい息子はもういないのだ。
武津薙は震える声でステラに言った。
「済まない。本当に、申し訳ない。」
ステラは首を横に振って言った。
「いいんだ。」




