第146話 漆黒の魔女
昨日、エゾクロテンから杓文字を取り上げて、元の場所に戻しておいた。今朝、貝扇が食事の用意をしていたので、その時にはあったはずだ。
蓮華は首を傾げ、杓文字を探しに自分の部屋へ行った。襖を開けると、エゾクロテンが仰向けになって、いつものように杓文字をがしがしと噛んでいた。
蓮華に気付いたエゾクロテンは杓文字を離し、後ろ足で立ち上がって、蓮華をそっと見つめた。
「何やっているの、君。」
エゾクロテンはぴたりと静止して、蓮華を見つめ続けた。
「野生に帰らないの?」
エゾクロテンは少し頭を傾けた。蓮華の言っている意味が分からない様子だった。蓮華は正座して、エゾクロテンの両脇を抱えて膝の上に乗せた。
「ひょっとして、私の元に戻って来てくれたの?」
ぎゃう、とエゾクロテンは鳴いた。
「いい?これからも私と一緒にいるとなると、それは魔法使いのお供になるってことなんだよ。それがどういう意味か分かる?」
エゾクロテンは再び首を傾けて、ぎゃうぎゃうと鳴いた。
「それはね、ええと。第一に魔力を扱えるようにならないといけない。それが可能になると頭が良くなるし、比較的長く若さを保っていられて、長生きも出来る。第二に文字を覚えないといけない。魔法使いのお供なんだから、色んな本を読んで知識を貯めないと。最後に、どれでもいいから魔法を一つ覚えないといけない。これだけは誰にも負けないっていう魔法を。魔法使いのお供になると、この三つの目標に向かって努力しないといけないよ。私が思うにだけどね。」
エゾクロテンはぎゃうと鳴いた。蓮華はエゾクロテンの頭を優しく撫でた。
「本当にこれからもずっと、私のそばに居てくれるの?」
エゾクロテンはこくこくと首を縦に振った。
「いいんだね。じゃあ、まず君に名前を付けないと。君は杓文字が好きだから、しゃもじにしよう。」
しゃもじは少し目を細めて、冷ややかな目線を蓮華に向けた。蓮華は両手でしゃもじの前足をそれぞれ握って、宣言した。
「神庭嶺蓮華はエゾクロテンのしゃもじを魔法使いのお供、スカルピナニマにします。」
しゃもじは元気よく鳴いた。
「きゃう。」
蓮華は杓文字を手に取り、しゃもじを抱っこして、炊事場へ戻った。床の間では、すでに貝扇と伎倆も腰を下ろしていた。三人の僧は蓮華の胸に丸く収まっているしゃもじをじっと見た。
蓮華はしゃもじを床にそっと下ろして、皆に紹介した。
「この子、戻ってきてくれました。だから、この子を私のお供にします。名前はしゃもじです。」
三人の僧は一瞬ぽかんとした後、どっと笑い声を上げた。
声を張り上げて、大きな声で腹から笑った。
体を揺らして長いこと笑い続けた。
いつも表情を崩さない操舵でさえ、破顔して大口を開けて笑った。
三人の僧につられて、蓮華も、笑った。
蓮華はしゃもじと共に正彩寺で修練を積み、寺を出た後はパンゲア大陸を巡った。その後、黄泉平坂からヨミ大陸へと渡り、スメラギ国を経て、アカガミ国へと赴き、旅を続けた。
魔法使いなのに杖を持たず、剣を扱う蓮華は多くのヒトの目を引いた。卓越した剣技と強大な火と風の魔法を融合させた蓮華の圧倒的な戦闘力は各地で話題となった。
黒衣を羽織る姿から、蓮華は、漆黒の魔女と呼ばれるようになった。




