表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dear World  作者: 山波 孝麻
第2章 赤の女王と漆黒の魔女
144/253

第144話 お母ちゃんの元へ連れてって

 ツツジが咲き乱れ、サツキの花が顔を出し、さらに時間が経過して、青と赤の紫陽花(あじさい)が満開を(むか)える初夏(しょか)に、蓮華(れんげ)はエゾクロテンを野生へ帰すことに決めた。


 別れの日は朝から気温が高く、境内(けいだい)の掃除を終えた頃には、蓮華(れんげ)の背中は汗で服の色が濃く染まっていた。エゾクロテンの旅立ちには三人の僧も立ち会った。四人と一匹は伽藍(がらん)を出て白樺(しらかば)の林の入口までゆっくりと歩いた。蓮華(れんげ)は腕の中で丸く抱き上げていたエゾクロテンをそっと大地に放した。


「お別れだよ。今まで私と一緒にいてくれて、どうもありがとう。私が過去を思い出して、お月様みたいに呆然(ぼうぜん)としている時、前足で私の足をかりかりしてくれてありがとう。私は君のことが大好きだったよ。たっぷりと天日(てんぴ)()ししたお布団(ふとん)から(ただよ)う太陽の香りくらいにね。」


エゾクロテンは、米を()く重い(かま)のように微動だにせず、ひとしきりに蓮華(れんげ)の目を見つめた後、林の中へと消えて行った。



 その日、蓮華(れんげ)はいつものように伎倆(ぎりょう)に剣を教わった。そして、林檎(りんご)(かじ)って、太陽が焼いた熱い大地を()けた。


蓮華(れんげ)は走る時、あらゆる感覚を()()ました。風に()れる枝葉(しよう)倒木(とうぼく)の裏に生物が(かく)れていないか、流れる雲の中に(あや)しい影が(ひそ)んでいないか、(あた)りをくまなく観察した。


しかし、エゾクロテンと別れた日の蓮華(れんげ)に集中力と緊張感(きんちょうかん)はみられなかった。気付かない内に、体のあちこちに()り傷が付いていた程であった。


走るのを終え、羂索(けんさく)鍛錬(たんれん)に入った。この半年の間に、蓮華(れんげ)は魔力を通じて不空羂索(ふくうけんさく)を意のままに操れるようになっていた。不空羂索(ふくうけんさく)の長さは両手を広げた長さの三十倍はあった。普段は黒色の衣の中に()めておき、必要な時に先を衣の(そで)から少し出して(てのひら)(つか)み、魔力を()って、それを(つえ)の代わりとして魔法を発動させた。


また、不空羂索(ふくうけんさく)を両腕の(そで)から全て出し切って、二本の(むち)のように振り、それを攻撃の(かなめ)として考えていた。不空羂索(ふくうけんさく)に風や火の魔力を()り込み、さらにそれを武器として(あつか)うことによって、強大な衝撃と熱波(ねっぱ)をもたらした。


しかし、この日の心ここに()らずの蓮華(れんげ)にとって、この強力な武器を(あつか)うには危険を伴った。手元のささいな操作に失敗し、反動で戻ってきた不空羂索(ふくうけんさく)蓮華(れんげ)の脇腹に直撃した。蓮華(れんげ)は後方に吹き飛んで、仰向(あおむ)けに倒れた。


「痛すぎる。我ながら強烈だな。これで攻撃される者は気の毒だよ。」


蓮華(れんげ)はごろりと横向きになり夏の空に浮かぶ入道雲(にゅうどうぐも)を眺めた。それは、燃料をたっぷりと積んだ巨大な乗り物のように思えた。


「雲さん。おっきな雲さん。私を、お母ちゃんの元へ連れてって。他には、何も望まないから。」


横向きに寝転んでいるからだろうか。すっと涙が(こぼ)れた。


「もう嫌だ。お母ちゃんのいない世界で生きるのはしんどいよ。お母ちゃん。お母ちゃん。お母ちゃん。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ