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Dear World  作者: 山波 孝麻
第2章 赤の女王と漆黒の魔女
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第143話 エゾクロテンと杓文字

 魔法使いが(つえ)を使うのには意味があった。火の魔法を操る時、発動に失敗し、炎が外へ向かって放たれなくなると、術者が火傷(やけど)を負う恐れがある。戦場で(つえ)を失い、敵に動揺(どうよう)し、蓮華(れんげ)咄嗟(とっさ)に放った鬼火(おにび)は外にも内にも打ち出され、蓮華(れんげ)の両手を焼いた。どの(よう)な種類の魔法でも、そういった危険因子(きけんいんし)が存在し、それを回避(かいひ)するために、(つえ)媒介(ばいかい)させるのである。魔法の発動にはそういった難しさがあった。


魔法の媒介(ばいかい)には必ずしも(つえ)を用いる必要はないが、魔力の制御は剣のような金属よりも、生物由来である木製の(つえ)の方が容易であった。しかし、蓮華(れんげ)黄泉(よみ)の大陸の者達との戦闘で、(つえ)を持つ欠点を考えさせられた。


素早い動きを見せる敵に対し、他の魔法使い達は魔力を()り上げる時間を確保することが出来ず、まるで玩具(おもちゃ)を振り回す子どものように(つえ)を振り回していた。その光景は、魔法使いには魔法以外の攻撃手段を有しておく必要性があることを蓮華(れんげ)に強く感じさせた。


また、敵を攻撃する時、魔法よりも武器を使う方が有利な時があること、敵の攻撃を防御する時、魔法よりも(たて)で防ぐ方が有効な時があることについて、蓮華(れんげ)は考えていた。魔法使いだからと言って、戦闘の全てを魔法に(ゆだ)ねるのは実践的(じっせんてき)ではないというのが蓮華(れんげ)が出した結論だった。


蓮華(れんげ)不動明王(ふどうみょうおう)と対面し、剣や羂索(けんさく)を使った武術が自分には合っているのではないかと思ったのであった。


「ここで訓練をさせていただけないでしょうか?」


蓮華(れんげ)の突然の発言は、伎倆(ぎりょう)とその後ろにいた貝扇(かいせん)操舵(そうだ)を驚かせた。


「訓練とは?」


伎倆(ぎりょう)蓮華(れんげ)(たず)ねた。


「この不動明王(ふどうみょうおう)にように、剣を(にぎ)り、羂索(けんさく)を手に取って、強くなりたい。」


蓮華(れんげ)はしばらく()()けて、弱々しく静かに語った。


「でも、私の言う強さとは、誰かを救う強さではありません。誰かを殺す強さでもなければ、自分を向上させるものでもありません。私が欲しいのは、この世界で、一日一日を生き抜いていく強さです。死の(ふち)()れ下がる細い命の糸を切らさず、しがみついていける強さです。」


貝扇(かいせん)が前に出て、蓮華(れんげ)()げた。


「ここで生活するのでしたら、規律を守っていただく必要があります。」


「もちろんです。必要なことは何でもさせていただきます。」


三人の僧は互いに目配(めくば)せし、(うなず)き合った。



 翌日から蓮華(れんげ)は朝早くに起床(きしょう)して座禅(ざぜん)し、朝食を()り、境内(けいだい)を掃除し、剣の鍛錬(たんれん)を行い、昼食を()り、走り、不空羂索(ふくうけんさく)を振るい、魔法を放ち、夕食を準備し、食べ、湯浴(ゆあ)みして、消灯(しょうとう)した。


星の自転のように決まった律動(りつどう)蓮華(れんげ)は毎日を送った。来る日も来る日も、座禅(ざぜん)し、掃除し、倶利伽羅剣(くりからけん)を振り、走り、不空羂索(ふくうけんさく)を打ち鳴らし、魔法を放ち、四人分と一匹の夕食の準備をした。



 ある日、蓮華(れんげ)が訓練を終え、宿坊(しゅくぼう)に戻ると、エゾクロテンが寝転んでガシガシと何かを()んで遊んでいた。


「君、何をしているの?。」


エゾクロテンはピクッと態勢(たいせい)を立て直し、蓮華(れんげ)を見つめた。蓮華(れんげ)が見ると、エゾクロテンは杓文字(しゃもじ)(かじ)っていた。


可笑(おか)しな子ね。」


蓮華(れんげ)杓文字(しゃもじ)を取り上げて、綺麗(きれい)に洗った。次の日、蓮華(れんげ)は走りに行った先で木の幹と動物の骨を(ひろ)い、エゾクロテンに与えた。エゾクロテンはそれらで(つめ)()ぎ、()み、転がしで遊んだが、それでも杓文字(しゃもじ)を持ち出して(かじ)り続けた。

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