第143話 エゾクロテンと杓文字
魔法使いが杖を使うのには意味があった。火の魔法を操る時、発動に失敗し、炎が外へ向かって放たれなくなると、術者が火傷を負う恐れがある。戦場で杖を失い、敵に動揺し、蓮華が咄嗟に放った鬼火は外にも内にも打ち出され、蓮華の両手を焼いた。どの様な種類の魔法でも、そういった危険因子が存在し、それを回避するために、杖を媒介させるのである。魔法の発動にはそういった難しさがあった。
魔法の媒介には必ずしも杖を用いる必要はないが、魔力の制御は剣のような金属よりも、生物由来である木製の杖の方が容易であった。しかし、蓮華は黄泉の大陸の者達との戦闘で、杖を持つ欠点を考えさせられた。
素早い動きを見せる敵に対し、他の魔法使い達は魔力を練り上げる時間を確保することが出来ず、まるで玩具を振り回す子どものように杖を振り回していた。その光景は、魔法使いには魔法以外の攻撃手段を有しておく必要性があることを蓮華に強く感じさせた。
また、敵を攻撃する時、魔法よりも武器を使う方が有利な時があること、敵の攻撃を防御する時、魔法よりも盾で防ぐ方が有効な時があることについて、蓮華は考えていた。魔法使いだからと言って、戦闘の全てを魔法に委ねるのは実践的ではないというのが蓮華が出した結論だった。
蓮華は不動明王と対面し、剣や羂索を使った武術が自分には合っているのではないかと思ったのであった。
「ここで訓練をさせていただけないでしょうか?」
蓮華の突然の発言は、伎倆とその後ろにいた貝扇、操舵を驚かせた。
「訓練とは?」
伎倆が蓮華に尋ねた。
「この不動明王にように、剣を握り、羂索を手に取って、強くなりたい。」
蓮華はしばらく間を空けて、弱々しく静かに語った。
「でも、私の言う強さとは、誰かを救う強さではありません。誰かを殺す強さでもなければ、自分を向上させるものでもありません。私が欲しいのは、この世界で、一日一日を生き抜いていく強さです。死の淵に垂れ下がる細い命の糸を切らさず、しがみついていける強さです。」
貝扇が前に出て、蓮華に告げた。
「ここで生活するのでしたら、規律を守っていただく必要があります。」
「もちろんです。必要なことは何でもさせていただきます。」
三人の僧は互いに目配せし、頷き合った。
翌日から蓮華は朝早くに起床して座禅し、朝食を摂り、境内を掃除し、剣の鍛錬を行い、昼食を摂り、走り、不空羂索を振るい、魔法を放ち、夕食を準備し、食べ、湯浴みして、消灯した。
星の自転のように決まった律動で蓮華は毎日を送った。来る日も来る日も、座禅し、掃除し、倶利伽羅剣を振り、走り、不空羂索を打ち鳴らし、魔法を放ち、四人分と一匹の夕食の準備をした。
ある日、蓮華が訓練を終え、宿坊に戻ると、エゾクロテンが寝転んでガシガシと何かを噛んで遊んでいた。
「君、何をしているの?。」
エゾクロテンはピクッと態勢を立て直し、蓮華を見つめた。蓮華が見ると、エゾクロテンは杓文字を齧っていた。
「可笑しな子ね。」
蓮華は杓文字を取り上げて、綺麗に洗った。次の日、蓮華は走りに行った先で木の幹と動物の骨を拾い、エゾクロテンに与えた。エゾクロテンはそれらで爪を研ぎ、噛み、転がしで遊んだが、それでも杓文字を持ち出して齧り続けた。




