第142話 倶利伽羅剣と不空羂索
蓮華と小さな生物の手当てが完了し、暫くして、蓮華は貝扇に質問した。
「ところで、この子のことをご存知ですか?」
蓮華はぺちゃくちゃと干し柿を貪っている小さな生物を指差して言った。
「この生き物はエゾクロテンです。雑食性で果実を食しますが、それよりも肉を好んで食べます。残念ですが、ここに肉はありません。爪が鋭く、木登りが得意です。」
蓮華はエゾクロテンの後ろ足をつまんで、爪に触れ、肉球を撫でた。エゾクロテンは尾を振って、蓮華の腕をこすった。
「夕食を用意します。今夜はこの部屋でゆっくりと眠って下さい。明日からのことは、明日になってからお話しいたしましょう。」
蓮華は丹念に礼を述べた。
翌日、朝食後に蓮華は貝扇から二人の僧を紹介された。
伎倆は体格の良い大男だった。操舵は非常に物静かな優男で蓮華よりもエゾクロテンに目がいっていた。
二人の僧も貝扇と同じく短髪で袈裟を纏っていた。三人共、姿勢が良く、常に背筋が伸びていた。蓮華は迷惑をかけたことを謝罪し、助けてくれたことに礼を述べた。
僧達は蓮華とエゾクロテンを金堂へと連れていき、無病息災の祈祷を行った。僧が唱える経は荘厳で、特異な音の振動が蓮華の精神を心地良く捉えた。
蓮華は正面の釈迦如来から目が離せなくなった。蓮華の心は過去ではなく、未来でもなく、現在にのみ留まり、自分が今、この瞬間を生きているのだということを実感した。
祈祷が終了した後、蓮華が立ち上がった時、金堂の右隅にふと目をやると、別の仏像が佇んでいることに気が付いた。それは不動明王立像であった。蓮華は不動明王に近づき、長い時間、像と目を合わせた。
エゾクロテンは、立ったままぴくりとも動かなくなった蓮華を心配し、蓮華の足に纏わりついた。蓮華は近くにいた伎倆に質問した。
「この像は何故、手に剣と縄を持っているのでしょうか?」
「衆生を救済するため、左手に持つ羂索で煩悩から抜け出せない者を縛り上げ、右手に持つ倶利伽羅剣で煩悩を断ち切るのです。羂索については、人々を漏れなく救済するという意から不空羂索と呼ばれる仏像も在られます。」
蓮華は不動明王を前にすると、まるで鏡に向かっているかのような不思議な感覚に囚われた。そして、倶利伽羅剣と不空羂索こそ、自分が手に取る得物であるように感じた。




