第139話 風の魔法 狂飆
さらに、再び大きな太鼓のような音が響いた。その音が皆をひどく焦らせたのは、それまでとは異なる北東の方角から聞こえてきたからであった。後方支援隊は戦々恐々となり、そのような状態で敵の第一陣が戦士団と衝突した。
敵は両手に短刀を一本ずつ持っていた。蓮華が見たところ、その太刀捌きは非常に洗練されていた。ヨミ大陸の者達は野蛮で、戦略は無く、本能に従って突進してくると蓮華は聞かされていた。実際には、兵は組織的に訓練を受け、情報を正確に収集し、作戦は緻密に練られていた。
「北は戦士団に任せ、南と東に二分して対処する」
メレリンクアティスの隊長が再び叫んだ。蓮華は東側の敵に備え魔力を込めた。しかし、黒い玉が飛んでくる気配はなかった。蓮華はおそらく音だけ鳴らして混乱を誘ったのだろうと思い南側に顔を向けると、多くの魔法使いがすでに倒れていた。
その光景に激昂した蓮華は声を張り上げ、杖を振りかぶり鬼火を南側の敵に連射した。魔法が直撃した敵は燃え上がった。近くにいた三人の敵が蓮華に向き直り、とてつもない速度で迫って来た。
蓮華は臆することなく鬼火を放ち、三人の前方で鬼火の中に潜ませた風の魔法、風魔を発動させ、周囲に火炎を放射させた。敵の二人が熱風を浴びて蹲ったが、一人は手練れの戦士だった。
その者は蓮華が風の魔法を発動させる前に、鬼火の異変に気付いて前方に跳んで空中でくるりと回転し、蓮華の風と火の魔法を背中に浴びた。その勢いを利用し、蓮華の目前まで接近した。蓮華が敵の姿を間近で確認すると、敵は黒色の革の服を身に纏っていた。その服の背中側には、何かの生物の鱗がびっしりと留め付けられていた。滑空に用いた膜も、蓮華の火の魔法を背中に浴びて無事だったのも、この服によるものであった。
蓮華は杖に火の魔力を貯めたが、敵の右手に持った短刀によって杖をすっぱりと切り落とされてしまった。貯めた魔力が手から離れたものの、蓮華は躊躇なく手に残った杖の柄を敵の胸に突き立てた。
敵はよろめきつつ、左手に持った短刀で、蓮華の腹を下から上向きに切り付けた。蓮華は叫び声を上げた。切り口は浅かったが、切り付けられたこと、その瞬間はどの程度の傷を負ったのか分からなかったこと、これらが恐怖となって蓮華の精神を極限にまで逼迫させた。
杖を突き刺され、なおも蓮華に向かってくる敵に、蓮華は狼狽し、両手で火の魔力を練り、大きな鬼火を敵に向け発動させた。それにより、敵は燃えながら吹き飛んだが、蓮華もまた勢い余って後方に吹き飛び、背中から地面に倒れた。
蓮華の両腕から、まるでぷすぷすと音がするかのように煙が上がった。蓮華はなんとか上半身を起こし辺りを見回した。戦士団はほぼ壊滅状態にあり、生き残った魔法使いは敵に追い込まれ、魔法を発動する間がなく、ただ杖を振り回すばかりであった。
残った敵が横たわる蓮華に向かっていった。蓮華は上半身を沈めて空を眺め、戦場とはかけ離れた緩やかな時間の流れの中で、母の言葉を思い出した。
「立派な魔法使いになるんだよ。」
「お母ちゃん。立派って、どんな魔法使いのことを言うんだろう。誰にも負けないこと?誰かを守ること?後悔しないこと?色んな人に尊敬されること?それとも、何だろうね。」
敵の足音が蓮華に近づいていた。蓮華は全身でありったけの風の魔力を練り上げ、風の魔法、狂飆を発動させた。味方も巻き添えになるが、全滅は免れない状況では仕方が無かった。
蓮華を中心に地面から突き上げるような強大な暴風が巻き起こった。まるで周辺の大地が捲れ上がるかのように、敵も味方も草木も土壌も全てが上空に舞い上がった。蓮華の身体もまた気流に乗って宙に浮き、そのまま西の方角へと飛翔し、戦線を離脱した。




