第138話 初めての戦場
蓮華は兵に入隊してからわずか半年後に遠征を命じられた。メレリンクアティスから遥か西方に位置する黄泉平坂に近い森林地帯が目的地であった。
この地にヨミ大陸から来た者達が跋扈し、周辺の治安が悪化していた。蓮華は入隊から間もないこともあり、前線には赴かず、後方支援に就いていた。
ここで求められた強さは組織としての強さであり、蓮華の思い描いていたものとは異なっていた。この時の任務はメレリンクアティスを含む十を超える国々が参加する共同作戦だった。
他国の兵士は皆眼光が鋭く、眉間に皺を寄せており、一見すると不機嫌な表情をしていた。ほとんどの者が剣か槍を携えており、体格が良かった。
蓮華はこの者達が敵になった時を想定し、勝利できるかどうかを想像してみた。距離をおけば魔法で蹴散らせる。しかし、間合いを詰められると、魔法を発動する前に攻撃を受ける危険があった。それにどう対処するかを蓮華が思案していると、どこか遠くの方で太鼓を叩いたような大きな音が何十発も響いた。
後方支援隊は本隊の南側に位置する森林地帯の外側に陣を敷いており、音は北西の方角から聞こえてきた。誰かが、空を見ろ、と叫んだ。蓮華が北西の上空を見上げると、団子虫のように丸くなった黒い玉が何十個もこちらに向かって飛んできていた。
蓮華はいつでも火の魔法、鬼火を発動できるように、杖に魔力を貯めた。黒い玉は地上に衝突する前に体を大の字にした。腕と足の側面にムササビのような膜があって、地面に垂直に滑空し、着地と同時に走り、高速で後方支援隊に向かってきた。その動作から、この者達が何度も訓練を受けてきたことが蓮華には一目で理解できた。
「鬼火発動。弐個壱各個撃破」
メレリンクアティスの後方支援隊隊長が叫んだ。しかし、蓮華の前方には他国の戦士団がいたため、敵に向けて魔法を放つことは出来なかった。鬼火とはヒトの頭程の大きさの火の玉を発現させる魔法であり、修練を積めば敵を狙い撃ちすることが出来る魔法である。隊長の命令は二人一組になって一人の標的を攻撃せよという内容であった。
蓮華は敵の行動に違和感を感じた。後方支援隊を攻め落とし、本体を後ろから攻撃するなら、隠密に行動するべきだ。大きな音を立て、目視しやすい上空から攻めて来たことで、本隊に気付かれているだろうし、また、虚を衝いているとはいえ奇襲としては成立していない。
蓮華は向かってくる敵は陽動かと思い、周囲を警戒しながら、戦士団の隙間から標的目掛けて鬼火を放った。蓮華と同じ標的となる魔法使いが放った鬼火は敵を逸れていた。
鬼火は動いている敵に命中させることが難しく、自分の前方に味方が布陣している状況ではなおさら困難であった。しかし、蓮華が放った鬼火は、風の魔力に乗って、通常では考えられない速度で標的まで飛び、まるで突き刺さるかのように敵の肩に命中し、燃え上がった。
この光景には戦士団のみならず、メレリンクアティスの他の魔法使い達も驚愕した。魔法で倒せた敵はこの一人のみで、残りの敵は戦士団と正面から衝突しようとしていた。
その時、後方支援隊に動揺が走った。太鼓のような音は断続的に続いていたが、後半に打ち出されていた黒い玉は明らかに飛距離が伸びており、後方支援隊を通り過ぎる角度にあったからだ。敵は長短の距離をとることで、挟み撃ちを狙っていた。




