第137話 太陽のような母
母を失った後の蓮華は色彩の無い日常を送った。蓮華は自分の部屋の天井の眺めが嫌いになった。それは、朝目覚めた時に初めに見る景色であったからだ。母のいない世界で始まる一日が苦痛で、天井の眺めはその象徴であった。
夢と現の間で彷徨うように生きた蓮華に、沸々と湧き上がってくる感情があった。怒りである。
母の命を奪った戦争。その戦争に母を送り出し、それだけでなく母の形見を奪った女王。母がいないのに、まるでそれまでと同じように巡っていく世界。怒りを炎に変換し、全てを業火に包んでしまいたかった。
しかし、その気持ちとは裏腹に、蓮華の魔法を学ぶ意欲は七竈の葉よりも薄くなった。そのため、蓮華の訓練の評価は特級から最下級まで降下した。魔道書に目を通しても、実践してみたいとは微塵も思わなくなった。教師から出される課題は適当にこなしていた。
勉学を疎かにする一方で、蓮華は火と風の魔法のみの技術を磨き上げ、昇華させていた。そして、講義と技の向上以外の時間のほとんどをタルンの森で過ごした。製薬所から森に入り、道なき道を全速力で駆けた。訓練や母と一緒に来た時には決して入り込むことはなかった森の深奥に侵入し、自身の魔力を放出して森の生物達に自分の存在を知らしめた。
「私はここだ。ここにいる。お母ちゃんの娘だ。」
声を魔力にのせて、狂ったように蓮華は叫んだ。自分が死んだ母の娘だという事を世界に主張したかった。
母は優しくて、強くて、美しくて、溢れる位に私を幸せにしてくれた、太陽のような母だったんだと、世界中の人に知ってもらいたかった。
森の深奥では鬼熊と呼ばれる怪物と遭遇することがあった。体長は人間のニ倍を超える獣で牙と爪が鋭く、ひどく獰猛であった。黒色の体毛で覆われていたが、首回りは白色だった。
鬼熊と遭遇した時は、蓮華は走るのを止め、睨み合うことにしていた。鬼熊が蓮華に向かってくると、蓮華は杖を振りかざし、得意の風の魔法、風魔を発動させた。
強烈な暴風により土砂が舞い上がり、鬼熊は成す術なく吹き飛ばされた。蓮華は鬼熊を、母を殺した世界に見立てていたのであった。
教育課程を修了した後、蓮華は兵に志願した。その頃、すでに戦争は終結し、兵は徴兵制から志願制に変わっていた。母を死に追いやった戦場を火の海に変えてやる思いだった。




