第136話 蓮華の世界の中心
蓮華の生活のほとんどは訓練に充てられたが、蓮華の心の中心にはいつも母がいた。蓮華の世界の中心にはいつも母がいた。
蓮華は覚えたての魔法を母に披露し、褒めてもらうのが嬉しくて仕方なかった。いつの間にか、母に褒めてもらうために魔法を習得するようになっていた。それが蓮華の目標だった。
蓮華の母が死んだのは今から十一年前の出来事であった。
古代人クロノスが世界の制御を目論み、挙兵した。それに対し、パンゲア大陸の四大国を中心とした連合諸国と、エル大陸の一部の天使が共闘し、世界で大規模な戦争が勃発した。その戦争は脱標戦争と呼ばれた。
メレリンクアティスの当時からの女王であったメイディアは徴兵により軍を組織して参戦し、蓮華の母を含めた多くの魔法使いが戦死した。
母の遺体は蓮華の元には帰ってこなかった。戻ってきたのは母が纏っていた夜の羽衣と一対の蝶の形のイヤリングだけであった。
母の死を伝えられた蓮華は発狂した。蓮華にとって、母のいない世界は世界ではなく、母のいない人生は人生ではなかった。光が消え、音が止み、香りが漂わなくなった。時計の針は進まなくなり、思考は停止し、重力は喪失した。魂から全ての魔力が放出された。そして、涙は止まらなかった。
さらに、蓮華に追い打ちをかけたのは、母の遺品となる夜の羽衣の接収であった。夜の羽衣は魔女アルテミスがヨミ大陸の魔王から契約により取引して得たものであった。また、アルテミスが使用していた杖、天輪の杖はエル大陸の天使から授かった物であり、長い間、夜の羽衣と天輪の杖はメレリンクアティスの女王又は王が代々受け継いできたものであった。
天輪の杖は現在でも国宝として扱われている。一方、夜の羽衣は闇の力が大きく、災いを呼ぶと言われており、また、人々に暗い心象を与えることから、功を成した蓮華の祖先に下賜されていた。しかし、女王メイディアは魔力の込められた武具の蒐集をしており、夜の羽衣もその対象となった。
蓮華の身元引受人となったのは、蓮華の遠縁にあたる白髪の蘇芳であった。彼は都市部近郊に広がるタルンの森に面して建てられている製薬所の所長である。
蓮華は訓練で幾度となくタルンの森へ行ったことがあった。母と一緒に森に出かけたこともあり、その帰りに製薬所で住み込みで働く蘇芳を訪れたこともあった。蘇芳は蓮華の母の死を聞くと、一目散に蓮華の元に向かい、蓮華と共に泣いた。
「蓮華。これからは儂がお前のお爺ちゃんだ。お母さんの代わりにはなれないけれど、儂がお前の家族だ。儂はお前の盾だ。儂はお前の鎧だ。儂はお前の兜だ。何があっても、儂はお前の味方だ。休日は儂の元へ帰って来るんだ。いいかい?」
夜の羽衣の接収を知った蘇芳は、行政官に直談判に行き、半日説得した。女王の意向には背けないと言われ、今度はメレリンクアティスの君主が住まうアルテミス城に乗り込んだ。しかし、門番に阻まれ、メイディアには面会できなかった。
蘇芳は蓮華と蓮華の母の気持ちを想うと悔しくてならず、再び泣いた。彼は蓮華が望むことに精一杯協力してやろうと心に誓った。




