第135話 背中に感じる母の温もり
都市国家メレリンクアティスは屋根が赤く、壁が薄茶色の煉瓦造りの建物と、緑の美しい七竈が織りなす街並みを呈している。至る所に花壇が設置されており、色鮮やかなフキザクラが栽植されている。
メレリンクアティスはパンゲア大陸を統一した獅子王に才能を見出された魔女アルテミスの一軒家があった場所の近くに、魔女狩りから逃れてきた魔法使いが住みつき、大きくなった街である。人々の気持ちを明るくするために、アルテミスが青色、淡紅色、紫色、白色のフキザクラを植えて回り、街を彩色した。
さらに、メレリンクアティスでは多様な動物が街の中を闊歩している。魔法使いが魔法を発動する時、集中して魔力を練らなければならず、その間、無防備になりやすい。そこで、アルテミスは敵の意識を分断させるため黒豹をお供に連れていた。メレリンクアティスにおいて、魔法使いのお供はスカルピナニマと呼ばれた。
スカルピナニマは音や匂いで外敵を感知する役目も有していた。他の魔法使いもアルテミスを真似て、お供を連れ歩く習慣が出来た。猫、梟、カラス、猿が多く、中には小型の竜を連れている者もいた。
メレリンクアティスで最も重視されているのが教育である。それは厳格なカリキュラムに従って行われる。全ての児童が五歳から寮に入り、十七人を一クラスとして、読み書き、計算、運動の訓練を始め、七歳から化学、生物、歴史を中心に学問を体系的に学ぶ。また、森に入り動物、植物、鉱物を見て、触れ、名前と利用方法を覚える。
そして、十歳から人体の詳細を理解する。臓器の機能、骨や筋肉の役割、五感のメカニズム、代謝物質の体に及ぼす影響を頭に叩き込む。魔道書を読み始めるのもこの頃からとなる。
一連の教育で、最も重視されるのが、規律である。あらゆる分野で、想像を巡らせ、考察力を養い、他者と異なる発想を持つことは大事にされるが、その一方で、自身の考えはどうあれ、ルールを遵守することが絶対とされる。
やらなければならないことをやる。やってはいけないことをやらない。駄目なものは駄目だと教えられる。この方針は、魔道書の訓練において最も重要となってくる。
魔道書とは、個々の魔法を習得するための必要な操作が記載されている文書である。魔法ごとに一冊の魔道書が用意されており、それぞれに固有の文書番号が付番され、版管理される。内容に変更の必要性が生じた時は、変更審議会が開催され、変更が承認された場合に限り、その魔道書が改訂され、版が一つ繰り上げられる。変更の内容は、いつ、誰が、どの箇所を、何から何に変更したのか変更履歴が詳細に残される。
魔道書が改訂された場合、その魔道書の文書番号が都市中に連絡され、権限のある者のみ、改訂された魔道書を閲覧できる。魔道書には、その魔法を習得するために必要な知識や、身体の動かし方、ノウハウが記されている。重要なのは、誰が読んでも、その通りにすると、その魔法が習得できるように記載されている点にある。
従って、魔道書とは、魔法を身に付けるための手順書なのである。決められたことを、決められた通りに、確実に実施し、結果を確認しなければならない。そのために、規律を徹底して遵守する姿勢が重視されるのである。
蓮華は他の児童と同じく、五歳で寮に入った。父は蓮華が産まれる前に病死した。蓮華は母のことが大好きだったが、寮に入る時は、訓練できることが嬉しくて、あまり淋しさを感じなかった。
しかし、訓練のない休日は必ず母の元に帰り、たっぷりと甘えた。蓮華の母は、座っている蓮華の背後から蓮華を抱きしめ、蓮華の頭に自分の顎を乗せる態勢をとることが好きだった。この態勢で蓮華の母はいつも娘に言った。
「蓮華、立派な魔法使いになるんだよ。でも、一番大事なのは、蓮華が幸せになることだからね。」
蓮華は頭を後ろに回し、母を見て、満面の笑顔でいつもこう答えた。
「お母ちゃん、大好き。」
蓮華にとって、背中に感じる母の温もり程、安心できるものはなかった。




