第123話 雅と大和
兎厨芽は、武津薙が遠い過去に置き去りにした彼の半身を呼び起こした。
さらに、武津薙に多大な影響を与え、彼を変えた人物がいた。武津薙と兎厨芽の子どもだ。
兎厨芽のお腹に一人目の子が宿ったことが分かった時、武津薙は喜び、妻に感謝した。しかし、父親の自覚と実感はまだ湧かなかった。
この年、秋雨が長く続き、武津薙は栽培している野菜や作物が根腐れを起こさないようにするため、対策に苦心していた。
そんな中、兎厨芽は体調を崩し、流産してしまった。
流れた子を掌にすくった武津薙は泣いた。
生まれて初めて、心の底から泣いた。
叫ぶようにして泣いた。
自分を何度も罵った。
父として、夫としての責務を果たさなかった自分を呪った。
妊娠中の妻にしてあげられること、お腹に宿った子どもにしてあげられることの知識は皆無だったが、それを学ぶための手段はいくらでもあったのだ。学び、行動するという選択肢を選択しなかった自分を激しく憎んだ。
今までの自分では駄目だ、家族を幸せにするために、変わらなくてはならないんだと武津薙は思い、そして、天に誓った。
兎厨芽の心労も甚大で、何日も布団の中に蹲っていた。二人が婚姻を結んでから、初めての挫折であった。
まだ性別も分からなかった初めての子を、夫婦は雅と名付け、心を痛めて手厚く埋葬した。
それから一年余り経過した後、兎厨芽のお腹に二人目の子が宿った。それが分かると、武津薙は村中を周り、頭を下げ、子育ての教えを乞うた。
彼は妻と協力し、良いとされる食事、運動は全て実行し、風水や徳を積む行動にさえ注意を払った。水にもこだわり、最も澄んだ水を手に入れるため、武津薙は長い距離の山道を毎日歩き、山から湧き出る原水を汲みに行った。
そして、兎厨芽は十月十日の妊娠期間と出産の試練に耐え、元気な男の子、大和を産んだ。武津薙が産まれたばかりの小さな大和を抱きかかえた瞬間に、父親である彼の魂からあらゆる邪気が祓われた。
兎厨芽は長い間溜め込んでいた子どもに対する想いを出し切るように涙を流し、久方振りに心から笑うことが出来た。




