第124話 子ども達がより幸せになるために必要な世界の広さ
武津薙から見た大和は、何もかもが可愛かった。潤った瞳、薄い眉毛、小さな低い鼻、おちょぼ口、ぷにぷにしたほっぺ、完璧な形をした耳、ふっくらとしたお腹、緻密で神聖な手と足の指。
武津薙は大和に頬ずりして、鶯のような高い声で、「大好きだよ」と何遍も繰り返し言った。
ある晩、泣き止まない乳児の大和を抱っこして、武津薙は散歩に出た。とても綺麗に輝く星々が夜空を飾っていた。武津薙は兎厨芽がいないことをいいことに、甘い声で大和に好き放題に言った。
「いいか、大和。パパは大和のことが大好きなんだからな。ちゃんと分かってくれてるか?全く、どれだけ大和のことを大好きにさせれば気が済むんだ?いったい何を企んでいるんだ?こいつめ、こいつめ。」
武津薙は大和の鼻先をさすった。大和は慌てて、小さな両手で鼻を覆った。
「どれだけ可愛いんだお前は、もう。」
武津薙は、はっとした。
「さては、大和はパパのことが大好きで、パパの気を引くために、そんなに可愛くあろうとしているんだな?大和、その作戦、大成功だぞ。」
大和は小さく唸り声を上げた。
「パパとママが大和を幸せにしてやるからな。大和は世界で一等、幸せになるんだぞ。そうすることで、大和がパパとママを幸せにしてくれないと駄目だからな。約束だぞ。はい、もう約束したからな。ずっと一緒だぞ、大和。」
大和は夜空へ向けて腕を伸ばし、何度も掌を握った。武津薙は乳児の大和にどれだけの視力があるのか分からなかったが、大和のまるで星を掴もうとする仕草を見た後、満天の空を見上げながら思った。
この世界は子ども達のためにある。子ども達がより幸せになるために必要な世界の広さが、宇宙だ。
大和が三歳の頃、すやすやと眠る大和に武津薙は囁いた。
「パパはカンガルーになりたい。ポケットに大和を入れて一日を過ごしたい。そうすれば、ずっと大和と一緒に居ることができて、くっついていられるから。」
有袋類の雄には育児嚢は無い、と兎厨芽に指摘された武津薙は真剣に傷ついた。
兎厨芽は武津薙のあまりの子煩悩ぶりに微笑み、時に呆れ、幸福感に包まれた。
しかし、幸福な日々は続かなかった。




