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Dear World  作者: 山波 孝麻
第2章 赤の女王と漆黒の魔女
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第122話 陰鬱な孤独との戦いの終わり

 武津薙(たけつち)の心境に変化が生じたのは兎厨芽(うずめ)と巡り合ってからだった。それは、ほんの些細(ささい)な、瞬間的な出来事であった。



 兎厨芽(うずめ)は誰に対しても優しい人間だった。口の悪い者はそんな彼女のことを八方美人(はっぽうびじん)と言った。


兎厨芽(うずめ)は、自分が好意を持てるヒトに対してのみ行う親切は本物の優しさではないという信条を持っていた。(おのれ)の心が(いた)む程の慈悲こそが優しさであり、それを体現して築かれたヒトとの(つな)がりに意味を見出(みいだ)した。


村にいる大抵(たいてい)の者は、自分がとるべき最善の行動を理解していたとしても、感情や利害に負けて、個人的によく思っていない他者のためには行動を起こさず、そのため、自分が理想とする人物になることは出来ないでいた。しかし、兎厨芽(うずめ)はその最善の行動を選択できる人間であり、だからこそ彼女は高潔(こうけつ)であった。



 それは、銅鑼村(どらむら)で一年に一度(もよお)される祭りの日だった。


神社にお参りをするため村の中心に向かっていた武津薙(たけつち)は、腹の底に響く和太鼓(わだいこ)の音を体感しながら、法被(はっぴ)を着た村人に引かれているだんじりに目をとられ、足を(すべ)らせて、水田の中に転んで(どろ)まみれになった。


周囲にいた人々は駆け寄ろうと体を動かしかけた瞬間、転倒した者が武津薙(たけつち)であると分かると体を止め、ただ冷ややかな目を向けた。


そんな中、兎厨芽(うずめ)は祭りのために用意していた見事な浴衣(ゆかた)が汚れるのを(いと)わず水田に入り、彼に手を差し伸べた。


武津薙(たけつち)兎厨芽(うずめ)のしていることの意味が分からず、彼女の手を払いのけ自力で起き上がった。兎厨芽(うずめ)(そで)武津薙(たけつち)の顔に付いた(どろ)(ぬぐ)った。兎厨芽(うずめ)(そで)(おお)われた武津薙(たけつち)の視界が開けた先には、彼女の真剣な眼差(まなざ)しがあった。


兎厨芽(うずめ)の眼光は非常に(するど)かった。それは、少しの力も込めず、重力にまかせるまま、すとんと落とすだけで、硬い胡桃(くるみ)(から)を両断してしまいそうな(なた)(ごと)熾烈(しれつ)さがあった。武津薙(たけつち)は自分が助けられているのか、()められているのか分からなくなり、混乱した。


その時、武津薙(たけつち)はふと自分が迷子(まいご)になっていることに気が付いた。ここは何処(どこ)で、自分は何者で、いったい何をやっているんだろうと疑問に思った。そして、これまで感じたことのない奇妙な感覚が武津薙(たけつち)に舞い降りた。


何層にも堆積(たいせき)した地層の奥深い所で、こんこんと眠り続けていた化石が地上に(さら)された時のように、体の奥で目覚めを待っていた残りの自分が覚醒(かくせい)し、現在の自分と重なる確かな感触があった。それは、これまでの現実は夢の中の物語であり、今、目が覚めた様な感覚だった。


だんじりの和太鼓(わだいこ)と人々の(にぎ)わいの音が徐々に聴覚を刺激し、それをはっきりと知覚した時、目の前に、不思議そうな目をこちらに向ける美しい女性が(たたず)んでいることに気が付いた。


それは、武津薙(たけつち)の長く陰鬱(いんうつ)な孤独との戦いが終わりを迎えた瞬間だった。

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