牡丹 ~高貴~
車椅子の女を旅館の客間に送り、両親に挨拶をして部屋へと戻る。明日二人で行った花畑に今度は両親と一緒に行くと楽しそうに笑いながら手を振る彼女がとても眩しくて西森は目を細めた。あんなに素敵な笑顔があるのだ。すぐに友人ができて、心から打ち込めるものにも出会えるだろう。女の新しい門出に花籠がそっと寄り添っている。幸せで温かい気持ちに包まれながら西森の足取りは軽かった。休めと言ってくれた正宗と速水に感謝をしなくてはならないなと、二人の顔を思い出した。正宗は明るく休めと言ったが、速水はしみじみと納得したように言っていたなと急に速水の顔が浮かんできて悔しい。ここに速水がいないのに、気づけば自分はまた考えている。頭を軽く左右に振って部屋へと戻ってきた。
布団を敷いたまま出ていったので、今思えば恥ずかしかったなぁと振り返る。車椅子の女は気にしていなかったし西森もそれどころではなかったので良しとしよう。敷いてある布団にごろりと横になってテレビをつけてぼんやり眺めていた。時計を見るともうすぐ晩御飯の時間で食堂に取りに行った方がいいか迷う。自動販売機に飲み物を買いに行って女将に聞いてみよう。正宗に会えたら明日の花籠はどうやって作るのか聞いてみたい。部屋で寛ごうとしても落ち着かなくて西森は立ち上がった。
晩御飯のお膳を運ぶ仲居たちの中に女将の姿が見える。働いている仲居たちの邪魔にならないように避けながら女将に近づいた。西森に気づいた女将が穏やかに笑っている。ゆっくりと頭を下げた。
「西森くん。さっきはありがとう。お客様とても喜んでいたわ。西森くんの花籠って本当に凄いのね。お客様の晴れやかな笑顔に私も元気をもらったのよ」
車椅子の女の笑顔はとても可愛い。見ていると西森も嬉しくなって元気をもらったので、それは車椅子の女の力だろう。そう伝えると、西森くんらしいわねと優しい顔をして頷いている。明日の花籠が気になって正宗の居場所を聞いてみた。
「ああ。。お義父様は部屋に籠っていらっしゃったわ。とても話しかけられない雰囲気で。。明日の花籠?。。そうね。。西森くんが元気ならお願いしたいのだけど。。休めと言った手前、頼めなくなったのね。。」
どうしたものかしら。。と顔を傾けて静かに息を吐いている。正宗さん、無理をしたんだ。。俺のために嬉しいな。。西森は花と葛藤する正宗の姿を思い浮かべて、照れ臭くてこっそり笑った。心配そうな女将に行ってみますと答える。
「正宗さん。。俺のために休めって言ってくれたんです。俺、手伝ってきます。正宗さんと俺と二人で一生懸命作りますよ」
無性に花籠が作りたい。花たちに会いたい。休んでいても花のことばかりだった。女将に告げて正宗の元へと走っていく。その後ろ姿を女将は嬉しそうに見送っていた。
正宗の部屋にノックをして入るとたくさんの花たちに囲まれて唸りながら花を束ねている正宗の後ろ姿が見える。あーでもない。こーでもない。ぶつぶつとした呟きも聞こえてきた。
「正宗さん。手伝います。温泉に入ってスッキリしました。今日は休みを頂いてありがとうございます。とてもリフレッシュできました」
葛藤している正宗がなんだか可愛い。小さく丸まった背中も、辺りに撒き散らしているラッピングのリボンも。可愛くて可笑しくて、一つずつ拾いながら正宗の正面に座った。西森におー!と声をかけている。
「西森くん!助かったわい!やってみてこりゃあ、敵わんと思っていたんじゃ。お前に啖呵を切った手前、どうしようもなくての。。どれ。顔を見せておくれ」
手を止めて西森の顔をじっと見つめてくる。真剣で真っ直ぐないつもの正宗の温かい目だ。西森は嬉しくなってそのまま見つめ返した。正宗が大きく笑う。頭を撫でて、よかったのう。。と呟いた。
「温泉、気持ちよかったかの?ここの自慢なんじゃ。時間ができたら、いつでも入りなさい。遠慮して、お前の花籠が見れなくなるのは嫌じゃからな」
これで安心したわい。心底ほっとした顔をして力を抜いている。慣れないことをして疲れているようだ。葛藤から解放された正宗が安堵しながら、助かったと何度も繰り返している。相当無理をしていたんだなと西森は可笑しくなった。こんなに自分を心配して労ってくれる。ありがたいなぁとしみじみ感じた。
「この花たちは一昨日旅館に届いて大広間と玄関に飾っていたものじゃ。華やかじゃが、すぐダメになってしまうからのう。。勿体無いから練習用に使っておった。この花たちも花籠に入れてやっておくれ」
少し萎れた花を優しく撫でながら西森に渡してきた。とても大きな牡丹の花だ。美しい。大きく頷く西森を見守って正宗は立ち上がる。腰が痛いわい。何事か呟きながら部屋を出ていく。この大きな花たちはいつもここに保管されて捨てられていくのだろうか。花は少しでも萎れてしまったら客の前には出せない。西森も毎日花を摘み花籠を作っている。役目を終えた花籠はそっと土に返されている。短い時間、花籠は客間に添えられているのだ。
「考えてみれば残酷なことかもしれない。でも、花たちを見ていると自分の意志で花籠になっているような気がする。エゴなのかな。。俺は花たちのお陰ですごく。。活かされている気がするよ。居場所ができたんだ」
自分が一生懸命になれるものにやっと出会って、今まで悲しかったことや苦しかったこともきっと花籠を作る時の糧になっているだろう。辛くても悲しくても花と向き合うと心が元気になってまた頑張れるような気持ちになれる。花籠を作ることで花農家の人達や旅館の人達との繋がりができた。夢中になれるものに出会って、作った花籠が誰かの喜びや元気に繋がっていく。そして、花籠を作ることで自分は活かされている。何も取り柄がないと思っていたのに、花籠を作れることで世界が広がっていく。それはとても幸運でありがたいことだと思った。
「ありがとう。。短い時間だとしても、俺にとってはこの一瞬一瞬が宝物なんだ。一つ一つの花たちがとても愛しい。。いつも助けてくれてありがとう」
野に咲く花も仕入れとしてやって来た花も愛しい。牡丹の優しい匂いを嗅ぎながら西森は花の保存と出来上がった花籠を持って部屋を出る。ある程度作業が一段落して、明日の花籠も出来たことにほっと一息つく。部屋の時計を見るともうすぐ日付が変わりそうだ。そんなに夢中になっていたのかなとびっくりして片付けをする。そういえばお腹が空いてきた。花籠を裏口の方に持っていったら正宗がいる。まだ眠っていないことに驚きながらも花籠を見てもらった。
「ほほう!やっぱり西森くんの花籠はとてもいい!やってみて気づいたが、これはすぐに出来るものではないな。。お疲れさん。明日はゆっくり起きて来なさい」
とても嬉しくなって、ありがとうございますと返事をした。迷いを捨てて花籠が作れたのは正宗のお陰だ。お礼を込めつつ頭を下げた。寛いでいた部屋へと戻ると机の上に晩御飯が置いてある。持ってきてくれたんだなぁと嬉しくなった。
「きっと夢中になってた俺に気を使ってくれたんだ。声をかけられたかもしれない。。記憶にないや。悪かったな」
かけられたラップを取ると美味しそうな料理が並んでいる。添えられたメモには電子レンジで温めるように!と書かれてあった。そのまま入れても大丈夫なのかな?丁寧に並べてあたためのボタンを押した。温まった料理を口に運びながらテレビをつけてゆっくりと味わっていた。
ご飯を食べ終えて食器を片付けていると急に体が重くなる。夢中だったもんなぁと笑いながら布団へと入ろうとした。突然、部屋の扉が激しく叩かれて女将の叫ぶ声が聞こえる。どうしたのだろう?すぐさま立ち上がって部屋の扉を開けた。
「西森くん!!速水くんから連絡来ていない!?配達の到着時間が過ぎても速水くんが来てないの!!こんなこと初めてよ。。速水くんの会社に電話しても連絡がつかないって!!」
いつも穏やかな女将が激しく取り乱している。西森は驚いて、とにかく部屋に入ってもらった。息を切らして興奮している。顔は真っ青で今にも倒れてしまいそうだ。落ち着いてください。優しく肩を撫でると西森を見上げてきた。
「連絡がつかないのよ。。こんな。。まさか。。亮太郎の時みたいに。。でも。。」
とても混乱してその場にへたりこんでしまった。速水の連絡がつかない。。?女将に言われても実感が全く湧かない。とにかく女将を落ち着かせて安心させる方が先だ。ゆっくりと背中を擦って、大丈夫だと繰り返した。女将は呆然と西森を見ている。女将は去年の秋に息子を亡くしている。息子のように思っていた速水に何かあれば、また大きな悲しみが女将にのし掛かってくる。不安も大きい。西森は何度も背中を擦った。
「大丈夫ですよ。。落ち着いて。。今、どういう状況なんですか?速水さんへ連絡がつかなくて、速水さんの会社からも旅館からも調べてるんですよね?。。信じて待ちましょう。。大丈夫です。。落ち着いて。。」
なるべく穏やかな口調で女将に伝える。西森も自分の声や手が震えていることに気づいたが、素知らぬふりをした。混乱して視点が定まらなかった女将の目に光が宿っていく。西森を掴んでいた手も柔らかくなっていった。ほっと息を吐く。女将は自身を落ち着かせるように何度か深呼吸をしてゆっくりと西森を見上げて無理矢理笑みを作っている。
「。。そうね。。こんなに取り乱しても何も状況は変わらないわ。。信じて待っていなくちゃ。。そうだ。。帰ってきたら、お腹が空いてるわよね。。私、何か用意してくる。。大丈夫ね。。大丈夫」
とてつもない不安の中で気丈に振る舞う女将に、はい!としっかり返事をして大きく頷く。西森を見ながら穏やかに優しく笑った。女将が部屋を去っていった後、目眩がひどくなり西森は全身から力が抜けて崩れ落ちた。あれだけ女将を励まそうとしていた体が言うことを聞かない。変な耳鳴りがして頭がずきずきと痛み出す。速水が帰ってこない。連絡もつかない。。どうして。。またなって言ったくせに。。好きだって言ったくせに。。
不安と恐怖と震えでどうにかなりそうだ。これは夢だ。西森は怖くなって目を閉じる。速水が好きだと言った時から、きっと自分は夢を見ている。だからこれは夢だ。速水がいていつもの時間に帰ってきて生きていてくれたら、それでいい。自分になんて好きだとか言わなくていい。一生片想いでも速水が生きていてくれたら、それでいい。だから。早く覚めてくれ。。そっと目を開けると視界が歪んでいる。瞬きすらしたくない。何かが切れたように体が動かない。目の前の視界が歪んだり、クリアになったりする様を呆然と西森は見ていた。
どれくらいそうしていたのだろう。点けていたテレビが夜中の三時を知らせている。ゆっくりと部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。速水だろうか。それとも、女将か正宗か。。期待と不安が入り交じる。怖い。。どっちだろう。返事をしなかったら、その人物は部屋へと入ってきた。恐る恐る見上げた視線の先に様子を伺うような速水の顔がある。手にはおにぎりを持っていて驚いたように自分をしげしげと見つめている。そのまま、しーんと静まり返った。
「。。?。。」
お互いに話さない。速水も固まっているようで声すらもかけにくいようだ。速水が帰ってきた。じわじわと安心感が広がっていくと同時に大きな怒りが込み上げてくる。西森は勢いよく体を起こした。
「は!は!速水さん!!連絡しないってどういうことですか!!??女将がすごく心配してました!!会社の人だってきっと同じ気持ちですよ!!どうして!!どうして!!」
西森はありったけの力を込めて腕を振り上げた。速水が咄嗟に体を後ろに引いた気配がする。一発殴ってやらないと気がすまない。思いっきり手を速水に向けて下ろした。渾身の力を込めたのにその手は速水に掴まれて顔の前で止まっている。何するんですか!!??勢いよく西森は速水に詰め寄る。キッと睨むと真剣で強い眼差しに射抜かれ、体の動きが止まった。鋭利で熱い視線に背筋からぞっと震えがくる。急に怖くなって動けなくなる。口の中が渇いてかたかたと震えだした。速水の目が優しいものになって、雰囲気も柔らかくなる。急に力が抜けていく。倒れそうになる西森を速水が優しく抱き止めた。
「ごめん。。」
呟くように静かな声で西森の耳元に囁く。強く抱き締めながら西森の頭を何度も撫でてきた。体がすっぽりと覆われていて頭から優しい感触が伝わってくる。速水が帰ってきたんだなぁとぼんやりする意識の中で西森は思った。怖かった。体が冷たくなって動かなくて。頭痛とか吐き気とか。経験したことのない変な耳鳴りとか。言いたいことはたくさんあるのに、目の前の速水の存在が嬉しくて。そっと速水の背中に手を添えた。強く抱き締める速水の温もりを感じていた。速水がそっと耳元に口を寄せてくる。くすぐったくて反射的に首を引っ込めた。
「。。西森。。俺のこと好きか?」
え?と思った瞬間、少し体を離して西森の顔を正面から見つめている。驚いて呆然と見上げた西森にもう一度、好きか?と聞いてくる。真剣で真っ直ぐな強い目。速水でなければこんなに自分は取り乱していない。怒りもここまで湧いてこない。好きだと言いたくなくて西森は不安だったことを速水にくどくどと説明した。じっと見つめたまま動かない速水に怒りがまた込み上げてきて、軽く睨む。かすかに笑って西森の頭を優しく撫でた。
「。。お前を抱きたい。。いいかな?」
囁くように真剣な目で言うので西森は一瞬反応が遅れた。だ、抱く?思わず声が裏返る。自分で言って恥ずかしくなる。ダメだと言おうとしたのに、速水の目が優しくて熱くて。どうしようもなくて、気がつけば頷いていた。嬉しそうに笑いながら速水は西森を抱き締める。
「容赦しねぇから」
一言なのに西森の心はどくんと大きく波打つ。うるさく騒いで。怖いような、嬉しいような。好きな人に抱き締められたのはいつだったかなと西森は思考を巡らせる。好きな人と結ばれるなんて考えてもみなかった。願っていたが本当にそうなるとは思わなかった。これも夢か。。変な方向に暴走し出した意識が近づいてくる速水の顔にすっぽりと抜けていく。布団に寝かされて顔をすり寄せられると、自分は本当に抱かれるのだなぁと実感してきた。痛かったら言えよ。優しくて静かな速水の声を西森はふわふわした心地で聞いていた。
目が覚めると速水が隣にいて穏やかに眠っている。一瞬何でここにいるのかと頭を過ったら、昨日のことを思い出して、ぼっと顔が熱くなる。結局、速水に身を委せて穏やかな温かい心地だった記憶しかない。始めは痛かったが、そのままの気持ちを速水に伝えると嬉しそうに笑って優しく受け止めてくれた。痛みを乗り越えると優しい温もりしかなかった。ちらりと隣に視線を向ける。こっちは恥ずかしくて居たたまれないのに穏やかにのんびりと眠っている。時計を見るとまだ朝の六時を回った所だ。いつもの習慣で早く目が覚めてしまった。体が重くて目を閉じると睡魔がやってくる。今日の花籠は正宗に見てもらってたんだった。。やってきた睡魔に逆らわずそのまま意識を手放した。
温かいものに体全体が包まれている。顔を寄せてみると包まれた何かがさらに強く引き寄せてきてとても心地よい。よくわからないが守られているような気がする。安心してほっと心が解れていく。そうか。。これは温泉だ。自分は温泉に入っているのだなと西森はぼんやりと思った。温泉なら、目を開けて湯槽から出なければ。ふわふわとした意識は温泉に入りすぎてのぼせているのだなと気づく。心地よい空間から出るのは忍びないが体を動かして湯槽から出ようとした。
「こらこら。暴れるなよ。寝ぼけてるな。こいつ」
自分の上の方で大好きな速水の声が聞こえたが一緒に温泉に入った記憶はない。自分の願望からくる妄想でリアルな声も気のせいだろう。重い体を動かして精一杯出ようとする西森を速水は近くで笑いながら見ていた。
皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
働きマン!アニマックスの一挙放送見ましたー!面白かったー!GW~!ですね。アニメ大好きだー。。
ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)




