第二十二章 姉妹の選択
戦場の中央に、ネモとフィラが歩み出た。
二人は、黒と白の旗をそれぞれ持っている。
ジギタリスの側から奪ったのではない。中央の旗立てから、自分たちで外したのだ。
「ジギっち」
ネモが呼びかける。
「私たちは、もうあなたの剣じゃない」
「それは残念だねぇ。君たちは二人で一枚の、たいへん使いやすい駒だったのに」
フィラが、白い旗を地面へ立てた。
「その言い方が、私たちが離れる理由です」
「拾ってやった恩を忘れたのかい?」
「忘れていません」
「なら、なぜ?」
ネモが、黒い旗を握った。
「拾われたから、何をされても従うのは違う。私たちは、二人で一人じゃない。ネモはネモ、フィラはフィラ。それでも隣にいるって、自分で決めた」
フィラの見えざる刀が、地面に置かれたジギタリスの旗を切り裂いた。
裁定官が宣言する。
「ネモ、フィラの旗は、フリシア・アンジュ側へ移ったものと認めます」
裁定官は、倒れた二本の旗と、中央に残る黒と白の旗を確認した。
「ムスカリ、ロベリアの二名が戦闘不能となり、残る二名の所属変更が確定しました。規則に基づき、騎士戦を終了。これより、領主同士の最終対決へ移行します」
その宣言によって、戦場の空気が変わった。
これまでの戦いには、まだ逃げ道があった。誰かが旗を守り、誰かが敵を止め、領主は後ろで指揮を続けられた。けれど、ここから先は、フリシアとジギタリスが自分の意思で決めなければならない。
俺は、フリシアの横へ立った。
「最後まで、守る」
「ありがとうございます」
「ただし、最後に剣を振るのはフリシアだ」
「分かっています」
フリシアは、領主印へ触れた。
「私は、誰かに勝たせてもらうために領主になったのではありません。皆さんと戦うために、領主として立ちます」
二つの旗が、エクセア側で風に揺れた。
「これで、私の四騎士は全員いなくなった」
ジギタリスが、低い声で笑う。
「それでも、私は領主だ。領主同士の最終対決へ移ろうじゃないか」
「フリシアは、私たちが守ります」
フィラが言う。
「必要ありません」
フリシアが、静かに答えた。
「私の領主旗を守るのは、皆さんです。けれど、最後にジギタリス卿と向き合うのは私自身です」
ジギタリスが剣を抜いた。
「君は、ずいぶんと自分で立てるようになったねぇ」
「あなたが、私の父を奪ったわけではありません。ですが、父が守ろうとした土地を、ゲームの景品にすることは許しません」
「なら、最終対決だ」
裁定官が、両領主の前へ下がった。
「領主同士の対決へ移行します」
ネモとフィラは、二本の旗の前で立ち止まった。
「フィラ。私たちの旗を、どこへ置く?」
「フリシアさんの旗の隣」
「黒と白なのに?」
「だから、隣がいい」
二人が旗を立てる。
青い花の旗の左右へ、黒と白の旗が並んだ。
それは、エクセアにとって三本の新しい旗だった。
ジギタリスは、旗の並びを見ている。
「君たちは、私が与えた名前を捨てるのかい?」
「名前は、もらったものではない」
フィラが答えた。
「ネモは、ネモ。私は、フィラです」
「でも、私たちが騎士になれたのは、ジギっちのおかげだ」
ネモは、正面からジギタリスを見た。
「だから、恩は返した。あなたが私たちを拾ったことを、忘れない。でも、あなたの持ち物になることまで、約束した覚えはない」
ジギタリスの指が、わずかに震える。
この日、彼は初めて、動かすことのできないものを見たのかもしれない。
人の意志。
サルビアの言葉が、俺の中でよみがえった。
盤の外へ出ることも、盤を壊すこともできる駒。
ネモとフィラは、すでに盤から一歩出ていた。
残るは、領主同士の戦いだけだ。




