第二十一章 精霊使いと錬金術師
中央では、ロベリアが四つの精霊を従えていた。
火が地面を走り、水が空中で刃になる。風が視界を切り、土が足元を固める。
「クロユリ、あれに勝てるのか?」
「勝つんじゃなくて、使い切らせるッス」
クロユリは、平原へ入る前に埋めておいた金属板を起動した。
土の壁が連続して立ち上がる。ロベリアの火が壁を焼き、水が蒸気を作った。
「準備の数で勝負するッス!」
「準備の数が多いほど、読まれた時の隙も増える」
ロベリアが短刀を抜いた。
彼女の周囲に四つの光が並ぶ。
火は赤く、風は細く、水は青く、土は鈍い金色をしていた。クロユリの小瓶に宿る微精霊よりも、はるかに濃い。ロベリアは精霊へ命令を叫ばない。ただ、指先の角度と視線だけで、次にどの流れを使うかを選んでいる。
「直接、契約しているッスか?」
クロユリが尋ねた。
「契約という言葉が正しいかは分からない。私は、精霊の性質を知り、彼らが動きやすい条件を作る」
「それは、私の錬金術と似ている」
「だが、あなたは自分の魔力を必要としない。珍しい方法だ」
「珍しいだけで、強いわけじゃないッス」
クロユリは、土の杭を三本、平原へ打ち込んだ。
「強いものを一つ持っている人に、持っていないものを笑われるのは慣れている。だから、私は一つで勝てない前提で、四つを組み合わせる」
ロベリアが短刀を振った。
風が地面を削り、土の杭が一本倒れる。
「一つずつ壊せば、組み合わせは崩れる」
「なら、壊される前に使い切るッス」
クロユリは、金属板を次々に起動した。
土が壁になる。水が壁へ膜を作る。火が膜を蒸気に変え、風が蒸気を押し流す。四つの精霊が、別々ではなく一つの現象として繋がっていく。
ロベリアは、その流れを見ていた。
「四つを同時に扱うのは、危険だ。順番を一つ間違えれば、味方の足元が崩れる」
「だから、リナリアが動く場所を先に決めている」
「私をそこへ追い込むつもりか」
「追い込まれるのは、どっちか分からないッスけどね」
蒸気の向こうから、刃だけが見える。
クロユリが土壁を二枚重ねたが、ロベリアは壁と壁の隙間を抜け、彼女の肩を浅く斬った。
「クロユリ!」
リナリアが飛び込む。
ロベリアは火の精霊を呼び、拳の軌道を焼いた。リナリアは手を引いたが、赤い痕が残る。
「お姉さん、熱いのは苦手やねん」
「なら、相手に触れなければいい」
「そら無理や。うちは、近づいてからが本番やからな」
リナリアは、焼けた地面を踏んだ。
痛みを無視し、相手の姿勢だけを見る。
ロベリアの精霊陣は、四つの杭で支えられていた。
火、水、風、土。
すべての命令が、地面に打ち込まれた金属杭を通っている。
リナリアは、拳ではなく足を振った。
星走武は、相手の重さだけでなく、自分の重さも流す。
彼女の踵が杭へ触れ、一本目が折れた。
続いて二本目。ロベリアが風の刃を放つが、クロユリの土壁が受け止める。
「今ッス!」
クロユリが、水の依代を開いた。
霧が広がり、ロベリアの周囲に複数のクロユリの姿が映る。
「水は、形を写すッス」
ロベリアは、全てを焼き払おうとした。
その一瞬、リナリアが懐へ入った。
手首を外へ流し、短刀を地面へ落とす。
クロユリの土壁が、ロベリアを囲んだ。
「戦闘を続けるか?」
リナリアが尋ねる。
「私は、まだ動ける」
「なら、なんで剣を拾わへん?」
ロベリアは、焼けた金属板と、肩を押さえるクロユリを見た。
「私の作戦の目的は、物資の流れを止め、あなたたちの戦力を分散させることだった」
「でも、フリシアは先に別の輸送路を用意していた」
クロユリが言った。
「橋を壊しても、村の食料は止まらなかったッス」
「そう。作戦は失敗した」
ロベリアは、ジギタリスの旗を見る。
「私は、勝敗を偶然に任せるのが嫌いだ。だが、勝ったあとに残る人間を見ない作戦へ、これ以上手を貸す気はない」
彼女は短刀を拾わず、地面へ置いた。
「ロベリア、戦闘不能」
二本目の旗が倒れた。
ジギタリスの笑い声が止まった。
「ロベリアまで? 君は、私の作戦盤を理解していたはずだよぉ」
「理解したから、降りる」
「降りる? 駒が勝手に盤から出るのかい?」
「私は駒ではない」
ロベリアは、眼鏡を外し、焼けたレンズを拭った。
「軍務長として、あなたの命令を実行した。今、作戦参謀として、あなたの負けを記録する」
ジギタリスの顔から、余裕が消えた。
クロユリは、肩の傷を押さえながら、ロベリアへ尋ねた。
「あなたは、精霊へ直接命令できるんスね」
「精霊と契約している。だが、命令しているつもりはない。火が燃える理由、水が流れる理由を理解し、その流れを借りている」
「それでも、私の錬金術とは違うッス」
「違うから、組み合わせれば強い」
ロベリアは、クロユリの金属板を見た。
「あなたは材料と条件を積み上げる。私は、その場の精霊へ即座に働きかける。片方だけなら、戦場で穴ができる」
「だから、私たちは一緒に戦った」
クロユリが、リナリアを見る。
「リナリアが、土の杭を壊した。私が作った霧が、ロベリアの視界を奪った。オワリが風を使って短刀を返した」
「あなたたちは、初めから四人で戦っていた」
ロベリアが言った。
「私は、指示を出す人間と、指示される人間を分けすぎた」
「それでも、ロベリアはロベリアの戦い方をした」
リナリアが言う。
「戦場で自分の足で立った。せやから、うちはあんたを嫌いになれへん」
ロベリアは、少しだけ笑った。
「敵に好かれるのは、軍務長として失敗だな」
彼女は、倒れた旗へ手を伸ばした。
「だが、記録は正確に残す。私の旗は、フリシア・アンジュ側の勝利として扱われる」
ロベリアが下がると、ジギタリスは空になった旗立てを見つめた。
「面白くないねぇ。君たちは、勝手に役割を変えてしまう」
「人は、役割を与えられて終わりではありません」
フリシアが答えた。
「役割を引き受けるかどうかも、自分で決めるものです」
「君も、そう思うのかい?」
「はい」
「なら、最後に聞こう。君は、領主として私に勝てるのかな?」
フリシアは、領主旗を見た。
「勝ちます。私一人ではなく、皆さんとともに」




