↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/26

第二十章 命を斬る剣

戦場の左翼で、カルミアとムスカリが向かい合った。


「二十日ぶりだな」


「決闘の日から、まだ二十日だ」


「俺にとっては長いんだよ」


カルミアは笑っていたが、右手の指が微かに動いていた。

古傷が疼いているのだろう。彼は、それを見せないように柄を握った。


ムスカリは、剣先を低く構えた。

殺気が薄い。だからこそ、危険だった。


次の瞬間、彼が消えた。


カルミアの胸元で火花が散る。


一合目から、俺には剣が見えなかった。聞こえるのは金属音だけだ。カルミアはムスカリの剣を受けず、横へ流し、踏み込む位置を変え、何度も攻撃の中心を外している。


ムスカリは、その先に刃を置いた。


二人の間には、十数年分の記憶があった。


同じ師から剣を習い、同じ隊列で歩き、同じ命令書を読んだ。カルミアが九騎士を辞めた後も、ムスカリは騎士団へ残った。離れたから敵になったのではない。離れたまま、それぞれの選択を続けた結果、敵の旗の下で向かい合っている。


「カルミアの動きが、少しおかしい」


フリシアが呟いた。


「肩の傷だけではありません。ムスカリさんの方へ、わざと浅い攻撃を許しているように見えます」


「相手の剣を誘ってるのか?」


「はい。ムスカリは、カルミアの古い癖を知っている。カルミアは、ムスカリが知っていることを利用して、別の癖を見せようとしている」


「それって、剣で会話してるみたいだな」


「会話ができるなら、殺し合わずに済むのですが」


フリシアの声には、領主としての冷静さより、個人の願いが混ざっていた。


俺は、カルミアが落とした小石を見つけた。彼は攻撃の合間に、左足で小石を二度蹴っている。訓練の時にも使っていた合図だ。


一度なら、右へ。

二度なら、左へ。

三度なら、誰かの援護を求める。


カルミアは、俺へ直接助けを求めている。


けれど、ムスカリの方もそれに気づいているはずだった。


「オワリ、まだ動くな」


カルミアが、剣を交えたまま叫ぶ。


「今、手を出せば、ムスカリはお前へ向く。俺が欲しいのは、一瞬だけ視界を奪うことだ」


「それを先に言え!」


「言ったら、合図の意味がなくなる」


「俺は合図を見つけただけだぞ!」


ムスカリの目が、ほんの少しだけこちらへ動いた。


「カルミア。若い騎士を戦場へ置くようになったか」


「若いから、足が速い」


「剣は遅い」


「なら、足だけ借りる」


カルミアが、ムスカリの剣を受け流した。


彼は俺へ視線を送らない。ただ、左足で小石を一度だけ蹴った。


右。


俺は、短刀の鞘へ指を添えた。


「お前は、昔から人を守るために剣を遅くする」


「お前は、昔から勝つために人を数える」


「数えなければ、守れない」


「数えた結果、見捨てた子どもたちを忘れたか?」


ムスカリの剣が、カルミアの肩を裂いた。


血が、白い騎士服へ広がる。


「カルミア!」


「見るな、オワリ。自分の戦場を見ろ」


「でも――」


カルミアが、ムスカリの刃を受け流す。


「俺はまだ立ってる」


ムスカリが、一歩下がった。


敵の動きを見るのではなく、敵が動く前の準備を見る。肩の傾き。足の向き。呼吸の長さ。


俺は、決闘の時に聞いたカルミアの言葉を思い出した。


「ムスカリの剣は、次に斬る場所を呼吸から決めている」


「知っている」


カルミアが答えた。


「だから、呼吸を乱す」


彼は、わざと大きく息を吸った。


ムスカリの視線が、ほんのわずかに動く。


その隙に、カルミアが低く踏み込んだ。


ムスカリはそれを読んでいた。

読んでいたからこそ、俺の方を見なかった。


俺は、短刀の鞘に手を添えた。


「風よ、滑れ」


刃の周囲に風がまとわりつき、足元の砂を細く巻き上げる。


ムスカリの視界が、わずかに揺れた。


カルミアの剣が、ムスカリの剣を弾く。


俺は、その手首へ短刀を当てた。


ムスカリは、もう一方の手で俺の肩を打ち、俺を飛ばす。地面を転がった俺の背中へ、彼の刃が向いた。


「オワリ!」


カルミアが割り込んだ。


ムスカリの剣が、カルミアの胸元で止まる。

カルミアの剣も、ムスカリの喉元で止まっていた。


「どちらも、動くな」


裁定官が叫んだ。


「ムスカリ、戦闘不能。武器を置け」


ムスカリは、ゆっくりと剣を地面へ置いた。


「二人で来るとはな」


「俺一人じゃ勝てねえからな」


カルミアは、血を流しながら笑った。


「弱さを認めるのか」


「他人の力を借りるのは、弱さじゃねえ。俺たちは最初から、一人で戦ってない」


ムスカリは、カルミアの肩を一度だけ叩いた。


「数年前、王都の鉱山で暴動が起きた。坑道の奥に子どもたちが残された。騎士団は敵を制圧し、坑道を封鎖する命令を受けた」


「俺は命令を破った」


カルミアが言う。


「子どもたちを助けに行った。ムスカリは正面を守った。だから、俺たちはどちらも完全には間違っていないし、完全には正しくない」


ムスカリは、遠くのジギタリスを見た。


「ジギタリス卿は、勝敗が決まれば問題が消えると思っている。だが、勝敗の後に残るものを見ているのは、君たちのほうだ」


「それを、本人に言ってやれよ」


「今から言う」


ムスカリは戦場の外へ下がった。


カルミアは、その場で膝をついた。


「カルミア!」


「大丈夫だ。ちょっと血が出ただけだ」


「ちょっとじゃねえ!」


「騎士は、最悪を考えてから笑うもんだ」


「それ、俺の台詞だろ」


その瞬間、一本目の四騎士の旗が倒れた。


カルミアの傷を、フリシアの姿送りが作った写しが運んだ。

本物のフリシアは中央に残り、写しは負傷者を後方へ誘導する。


「写しに傷を治す力はない」


俺が言うと、フリシアは頷いた。


「だから、治療できる人のところへ運ぶだけです」


「それでも、戦場では大きい」


「一人で全部をする必要がないと、少し分かってきました」


カルミアは、簡単な止血を受けながら、ムスカリの方を見ていた。


ムスカリは、戦場の端で剣を置いている。

敗北した騎士は、すぐに離脱する必要がある。けれど彼は、まだ戦場を見ていた。


「ムスカリ。お前が、あの時の子どもを助けたかどうか、俺は知らねえ」


カルミアが言った。


「だが、正面を守ったから、俺は奥へ行けた。お前が命令を守ったから、俺は命令を破れた」


ムスカリは、少しだけ顔を上げた。


「それを、今になって言うのか」


「今まで言う場所がなかった」


「なら、今は聞いておく」


ムスカリは、倒れた旗へ一礼した。


「お前たちが勝つかどうかは、まだ分からない。だが、今回の戦いでは、俺はもう剣を出さない」


「最初から、そう言ってくれれば楽だったのにな」


「騎士は、楽な道を選ぶためにいるのではない」


「それを言うなら、俺たちは似た者同士だな」


ムスカリは、返事の代わりに背を向けた。


カルミアが立ち上がろうとしたが、俺が肩を押さえた。


「お前は、ここで休め」


「俺はまだ、剣を握れる」


「だからこそ、次に必要になるまで温存する」


カルミアは俺を見て、少しだけ目を細めた。


「言うようになったな、オワリ」


「三十回負けた成果だ」


「なら、三十一回目は勝てるかもしれねえ」


「今から訓練の話をするな」


左翼で勝敗が決まったことで、戦場の視線が中央へ集まった。

ロベリアが、クロユリとリナリアを見ている。


彼女の背後で、四つの精霊が光った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。