第十七章 王都の裁定
宣戦布告から三か月目の朝、王都から裁定官が到着した。
銀の外套をまとった女性と、二人の記録官。彼らは屋敷だけでなく、村、街道、鉱山、大樹街の倉庫まで視察した。
「領主争奪戦は、土地を奪うためだけのものではありません」
裁定官は、フリシアの提出した記録を確認しながら言った。
「継ぐ者が、土地と人を知っているかを見る制度です。戦闘で勝っても、統治の記録がなければ認められない」
「ジギタリス卿の記録は?」
「バラウェルの収益と軍備については、詳細です。しかし、エクセアを得た後に何をするかという計画は、ほとんど軍事配置に偏っている」
フリシアは、帳簿を閉じた。
「父の記録は、不完全です。私も、まだ領主としては未熟です」
「それでも、村の橋を直し、鉱山事故の補償を行い、食糧の流れを戻した。あなたが何をしたかは、数字だけではなく、現場に残っています」
決戦の規則が読み上げられた。
両領主の旗を掲げる。
王都管理のギルド所属者は参加しない。
開始前の殺傷を行わない。
四騎士のうち二人以上が戦闘不能となり、残る騎士の所属確認が終わった場合、領主同士の最終対決へ移行する。
最終対決で相手領主が降伏するか、領主旗を裁定官へ渡せば勝敗が決する。
「ジギタリスの四騎士は、ムスカリ、ロベリア、ネモ、フィラ」
裁定官が言った。
「ネモとフィラの所属については?」
フリシアが答える前に、ロベリアが現れた。
「四騎士とは、身分ではなく、ジギタリス卿が戦闘に指名した四本の剣を指します。剣がどちらを向くかは、戦場で決まる」
「都合のいい解釈ですね」
「ゲームを始めた側が、ルールを決めた。ですが、ルールを記録するのは王都です」
ロベリアは、封書をフリシアへ渡した。
「白鐘平原。明日」
裁定官は、仲間たちにも一人ずつ質問した。
「あなたは、なぜフリシア・アンジュへ協力するのですか?」
カルミアは、迷わず答えた。
「ゼフィランサス卿の代から、エクセアの人間を見てきた。俺は、姫様が領主になるまで残ると決めた。それだけだ」
「オワリは?」
「空から落ちてきた時に、拾ってもらった。フリシアが困っていたから、俺も困らせたくない」
裁定官は、少しだけ眉を上げた。
「理由としては、ずいぶん個人的ですね」
「領主争いの理由なんて、最初から個人的だろ。土地が欲しいとか、父親の跡を継ぎたいとか、可愛い女の子に頼まれたとか」
フリシアが、隣で咳払いをした。
「最後の理由は、記録に残さなくて構いません」
「なら、仲間を守るためだ」
リナリアは、腕を組んで答えた。
「うちの短刀を使ってくれた。そいつが守ろうとする人を、うちも守る」
クロユリは、眼鏡を押し上げた。
「材料を集めてくれた。私の家を、戻れる場所にしてくれた。あと、私の錬金術を変なもの扱いせず、使えるなら使おうって言ったッス」
「ネモとフィラは?」
フィラが、姉を見た。
「私たちは、選べる場所を与えられたからです」
ネモが続ける。
「私たちは、自分でここへ来た。だから、自分で守る」
裁定官は、記録官へ視線を向けた。
「理由は、どれも統治権とは直接関係がありませんね」
「それでも、領主が人を集める理由としては十分です」
フリシアが答えた。
「私は、皆さんに土地を与えられるわけではありません。お金も、名誉も、約束できない。私が示せるのは、ここで自分の選択を守るということだけです」
裁定官は、長く彼女を見た。
「明日、戦場で同じ言葉を言えるなら、あなたは領主として認められるでしょう」
視察を終えた裁定官が去ったあと、屋敷の前に村人たちが集まっていた。
食料、布、薬、手紙。
直接戦うことはできない人たちが、できるものを持ってきている。
「戦闘に参加できないのに、どうして?」
フリシアが尋ねると、村の女性が笑った。
「私たちは、領主様の代わりに剣を持てません。でも、領主様が明日まで生きていられるように、食べ物を持ってくることはできます」
フリシアは、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。必ず、戻ります」
その言葉は、決意というより、約束だった。
裁定官が帰る前、彼女はフリシアだけを呼び止めた。
「一つ、確認しておきます」
銀の外套が、夕暮れの風に揺れる。
「領主争奪戦は、相手を殺すための制度ではありません。降伏した者を追撃してはならない。敵の領民へ報復してはならない。勝者が敗者の領地を、勝手に処分してはならない」
「分かっています」
「あなたの仲間には、元バラウェルの騎士がいる。戦場で所属を変えた者を受け入れることは、規則上、問題ありません。しかし勝った後に彼女たちを罪人として扱えば、あなた自身が裁定を破ることになります」
「ネモとフィラを、罪人にはしません」
フリシアは、迷わず答えた。
「彼女たちは、自分で選びました。私が勝ったから従わせるのではなく、選んだ後も自分でいられる領地を作ります」
裁定官は、少しだけ目を細めた。
「その言葉を、勝利した直後にも言えるなら、王都はあなたを正式な領主として認めるでしょう」
「勝利する前に、もう決めています」
フリシアは、青い花の領主旗へ手を添えた。
「私は、勝敗の後で理念を変えるつもりはありません」
裁定官が去ったあと、屋敷の門前に小さな荷車が止まった。
乗っていたのは、セウブケスの武器屋の店主だった。荷台には、リナリアが決戦で使う手袋と、フリシアの旗を補修するための布が積まれている。
「弟子が勝手に戦へ行ったからな。勝手に送り物をするくらいは許してくれ」
「ありがとうございます」
フリシアが頭を下げる。
店主は、俺の短刀の鞘を見た。
「その刃は、リナリアが自分で選んだ材料で作った。折れそうになったら、無理に使うな。武器を守ることも、武器を作った者への礼儀だ」
「でも、守りたいものがある時は?」
「その時は、折れる前に使い切れ。武器は飾るためにあるんじゃない」
矛盾した言葉だった。
けれど、剣や短刀には、そういう矛盾が必要なのかもしれない。
守るために壊す。生き残るために傷つく。勝つために、勝った後の相手を残す。
決戦前夜、俺たちが考えることは、ますます増えていった。




