第十五章 二人で一人ではない
橋の調査から三日後、エクセア東部の村で火事が起きた。
火元は食糧と薬を集めた倉庫だった。火はすぐに消されたが、焼け跡にはバラウェルの紋章が残されている。
「これは、村をフリシアから離すための攻撃だ」
カルミアが言った。
「食糧の流れを止め、護衛を分散させ、領民に不安を植えつける。正面から攻めるより、ずっと嫌なやり方だ」
フリシアは、焼けた倉庫の前で頭を下げた。
「申し訳ありません。私の領地争いに、皆さんを巻き込んでしまいました」
村の老人が、首を振る。
「お嬢様が謝ることではありません。逃げずに来てくださった。それだけで、まだエクセアを見捨てる気はないと思えます」
その夜、俺たちは交代で見張りをした。
森の奥から、姉妹の声が聞こえた。
「ネモ姉、これは約束と違う」
「フィラ、命令は命令だよ。村を空にして、次の駒を置く。それがジギっちの指示」
「人がいる村を、盤面と呼ぶのはやめて」
俺は、フリシアとカルミアへ合図を送った。
森の中で、ネモが大剣を地面へ突き立てていた。
「私だって、好きで村を焼くわけじゃない。でも、ジギっちは私たちを拾ってくれた」
「拾われたから、何をされても従うの?」
フィラの声は、普段より低かった。
俺が二人の前へ出る。
「なら、今ここで選べ。俺たちは、お前たちを殺すために来たんじゃない。村の人間を守るために来た」
ネモが大剣を構えた。
「オワリ、あなたは本当に変だね」
「それはもう聞いた」
遠くで、第二の火が上がった。
ネモとフィラが顔を見合わせた。
「フィラ、先に行って」
「ネモ姉は?」
「私は、こいつらを止める。ジギっちの命令を持ってきた連中を」
森の奥から、ガルラ山で見た仮面兵が現れた。
斧。鎖。針。その後ろには、食糧庫へ向かう兵士たちがいる。
ネモの大剣が、夜を裂いた。
フィラの見えざる刀が、火の粉を切り裂く。
俺は村へ戻り、クロユリとリナリアが作った防火線を起動させた。土の壁が延び、水の膜が倉庫の周囲を覆う。フリシアの姿送りが、村人を安全な場所へ誘導した。
カルミアは仮面兵の一人を倒し、残る二人はリナリアの拳とクロユリの罠へ追い込まれた。
戦いが終わった時、ネモの肩には深い傷があり、フィラの手は血で濡れていた。
「私たちは、もうバラウェルへ戻れません」
翌朝、フィラが言った。
フリシアは、彼女たちの前へ領主の印を置いた。
「戻れないから、ここへ来るのですか?」
「いいえ」
ネモが答えた。
「今度は、自分で選んだ場所にいたい。私たちは二人で一人ではない。ネモはネモ、フィラはフィラ。それでも隣にいる。それを選びたい」
「なら、ここでは二人を駒として扱いません」
フリシアは、二人の目を見た。
「ここで暮らすことも、戦うことも、自分で決めてください」
ネモとフィラは、初めて同じタイミングで頭を下げた。
村の倉庫は、数日かけて修復された。
焼けた木材を運び出し、クロユリが土の壁を作り、リナリアが壊れた金具を打ち直す。ネモは大きな瓦礫を一人で運び、フィラは細かな釘を数えていた。
「姉さん、そこは持ち上げる前に、下の人を確認して」
「分かってるよ」
「分かっている人の動きではないよ」
「フィラは細かいなぁ」
「ネモ姉が大雑把すぎるの」
村人たちは、最初こそ二人を警戒していた。
黒髪の少女と白髪の少女。数日前までバラウェルの騎士だった二人が、今はエクセアのために働いている。
けれど、ネモが子どもへ大剣を見せ、フィラが壊れた玩具を見えざる刀で器用に削り直すと、少しずつ距離が縮まった。
「本当に、あの二人を仲間にしてよかったのですか?」
村を離れる前、フリシアが尋ねた。
「俺は、仲間になってくれと頼んでない。二人が選んだ」
「それでも、選ぶ場所を用意したのは私たちです」
「なら、選ばれた場所を守ればいい」
フリシアは、村の子どもがネモの大剣を見上げているのを見た。
「私は、今まで敵の数と味方の数しか見ていませんでした」
「戦場では、それも必要だ」
「でも、それだけでは足りない」
「そうだな」
「オワリは、簡単に同意しますね」
「考えた上で同意してる」
「それなら、もっと考えてから話してください」
「努力する」
その夜、村の空き家を借りて、俺たちは初めて七人で眠った。
ネモとフィラには別々の寝床が用意された。二人は同じ部屋を望んだが、ネモが寝返りで壁を壊す可能性があるという理由で、フリシアが却下した。
「壁は壊さないよ」
「昼間、倉庫の瓦礫を片手で投げていました」
「あれは壁じゃない」
「壁にも、同じ力がかかると思います」
「フィラ、フリシアは頑固だね」
「ネモ姉が大雑把なだけです」
騒がしい会話を背中で聞きながら、俺は外の焚き火へ座った。
フリシアが、二人のための仮身分証を書いている。正式な身分が決まるまで、彼女たちはエクセアの客人であり、同時に元バラウェル騎士として王都の調査対象でもある。
「仲間にしたからといって、過去まで消えるわけではないのですね」
「消さなくていいんじゃないか。過去があるから、今の選択が重くなる」
「王都が、二人を連れていく可能性もあります」
「その時は、証言する。ネモとフィラが何をしたか、何をしなかったかを、俺たちが話す」
「オワリは、いつも自分が証人になれると思っているのですね」
「見ていたことしか話せないけどな」
「それが一番、大切なのかもしれません」
フリシアは、書類の最後へ領主印を押した。
「私は、二人を無罪にすることはできません。けれど、二人が自分で選んだことを、誰かの恩や命令だけで決められたことにしないようにします」
「それで十分だと思う」
「本当に?」
「俺も、異世界から来たって証明できないまま、フリシアに騎士だと言ったからな」
「あれは、証明より先に選んだのですね」
「選んだ後で、証明する方法を考えてる」
フリシアは、火の向こうで微笑んだ。
帰り道、ネモが俺の隣を歩いた。
「オワリ」
「なんだ?」
「決戦で、私が敵になるかもしれない」
「なら、その時に自分で決めればいい」
「フィラが、あなたの言葉を気に入ってる」
「ネモは?」
「私は、まだ考え中」
「珍しいな」
「いつも考える前に剣を振るからね」
彼女は、少しだけ笑った。




