EP 7
非暴力の弾丸『農民芸術』(後編)
「……ふざけるな。頭がおかしくなったのか、貴様」
ルナミス帝国の兵士が、魔導ライフルの銃口を僕の眉間に突きつけた。
カチャリ、と撃鉄が起こされる冷たい音が響く。
(あああああ! 死ぬ! 本当に死ぬ! 指が1ミリ動いただけで僕の頭はスイカ割りだ!)
心臓が早鐘を打ち、膝裏から嫌な汗が滝のように流れ落ちる。
僕のポンコツな身体能力では、銃弾を避けるなんて絶対に不可能だ。
しかし。
僕は恐怖で凍りつきそうになる表情筋を「教養」という名の気合いで強引に引き上げ、静かに微笑んだ。
そして、眉間に突きつけられた魔導ライフルの銃身をそっと手で避け、代わりに、持っていた「木柄のピーラー(皮むき器)」を兵士の手に握らせた。
「……は?」
「野菜の皮を剥くときは、そんなに肩の力を入れなくていいんですよ。さあ、太陽芋は山ほどありますからね。どんどんいきましょう」
「なっ……お前、自分が何をされているか分かって……!」
「ソウマの言う通りにしろ。さもなければ、その腕ごと削り落とすぞ」
兵士が怒鳴ろうとした瞬間、僕の背後からキャルルの底冷えする声が響いた。
彼女の目は完全に据わり、手にはいつの間にか鋼鉄のダブルトンファーが握られている。冗談抜きで、彼がピーラーを投げ捨てれば、次の瞬間にはミンチにされるだろう。
圧倒的な殺意に挟まれ、ルナミス兵は顔を引き攣らせながら、震える手で太陽芋の皮を剥き始めた。
(……よ、よしっ。一人落ちた!)
僕は内心でガッツポーズを決めつつ、すぐさま隣で呆然としているレオンハート王国の獣人兵たちに振り返った。
「そこの皆さん。あなたたちの強靭な筋力は、この分厚いロックバイソンの肉を切り分けるのに最適だ。……アバロン皇国の皆さんは、その繊細な闇魔法で、薪の火力を完璧にコントロールしてください」
「お、俺たちが、なぜこんな真似を……」
「いいからやれ! あの兎耳の女、目がマジだぞ……!」
武力で脅すでもなく、ただ平然と「料理の分担」を指示してくる異常な男。
そしてその後ろに控える、逆らえば即死確定のヤンデレ雷神。
「戦争」という彼らの論理が全く通用しないこのカオスな空間で、兵士たちは完全に毒気を抜かれ、言われるがままに芋を剥き、肉を切り、火の番をさせられていた。
グツグツと、巨大な鉄鍋から白い湯気が立ち上る。
太陽芋の甘い香りと、醤油草が焦げる香ばしい匂いが、殺伐としていた店内に満ちていく。
「……うん、良い出来だ。皆さん、お疲れ様でした。器に盛るので、食べてください」
僕は、お玉で熱々の芋煮をすくい、兵士たちに配って回った。
彼らは戸惑いながらも、恐る恐る器を受け取り、木のスプーンで芋を口に運んだ。
その瞬間だった。
「……な、なんだ、これは……」
魔導ライフルを構えていたルナミス兵の目から、ポロリと大粒の涙がこぼれ落ちた。
獣人兵も、魔族兵も、次々と器を抱え込み、嗚咽を漏らし始める。
「美味い……いや、ただ美味いだけじゃない……。胸の奥が、温かい……」
「俺たち、何のために憎み合って……殺し合おうとしてたんだ……?」
彼らの体に、信じられない変化が起きていた。
『農民芸術概論綱要』――宮沢賢治が説いた、労働と芸術の融和。
自らの手で泥を落とし、火を熾し、命を調理するという「正しく清い労働」を経たこの芋煮には、彼らの闘気や魔力のトゲを根本から解きほぐす、奇跡のような芸術点が付与されていたのだ。
僕は、号泣しながら芋煮をかき込む兵士たちを見渡し、静かに呟いた。
「……正しく清く働く者はみな、芸術家である」
「ソウマ先生……あんた、ホンマに何者なんや……」
カウンターの奥で、ニャングルが腰を抜かしたまま呟く。
リバロンはネクタイを締め直し、僕の後ろ姿に深く頭を下げていた。
殺し合うはずだった三カ国の兵士たちが、国境も種族も忘れ、肩を組んで鍋を囲んでいる。
それはまさに、暴力の世界に突如として現れた「非暴力のバグ」だった。
***
その頃、はるか上空の成層圏。
冷たい宇宙空間との境界線で、大陸全土を俯瞰する巨大な影があった。
『――ピピッ。異常検知。マンルシア大陸、座標X14・Y88。ポポロ村周辺』
黄金の装甲を持つ機械の獅子、聖獣機神ガオガオンの中枢コア。
ガオンの機械の瞳が、地上の「小さな異常」を捉え、無機質なアラートを鳴らした。
『闘気・魔力の急激な低下。交戦規定、およびジュネーヴ条約の適用エラー。……該当エリアにおける「敵対感情パラメーター」が、突如としてゼロを記録』
あり得ないことだった。
人間、獣人、魔族。常に覇権を争い、血を流し続ける彼らの間に、一切の憎悪が存在しない空白地帯が生まれている。
『未確認の平和的バグ、発生。……監視対象リスト・クラスSに登録』
地上の覇者たちがまだ誰も気づいていない中。
「法の執行者」たる絶対の神だけが、ポポロ村で静かに産声を上げた「狂気の理想郷」の存在に、確かな警戒の目を向けていた。




