EP 6
命がけの外交『火薬庫の芋煮』(前編)
翌朝。24時間営業のファミレス「ルナキン・ポポロ支店」の店内は、文字通り一触即発の火薬庫と化していた。
「……おい、ルナミスの犬。その不愉快な魔導ライフルの銃口をこっちから逸らせ。へし折って喉の奥に突っ込むぞ」
「黙れ、野蛮な獣人が。昨日から異臭が酷いんだよ。アバロンの魔族共もだ。その気味の悪い闇魔法の詠唱をやめろ」
店内を三等分するように、ルナミス帝国の兵士、レオンハート王国の獣人兵、アバロン皇国の魔族兵が睨み合っている。
昨夜、満月のキャルルによる「全回復&無限タコ殴り」の被害に遭った彼らは、行き場のない怒りと恐怖の矛先を、互いの陣営に向けていた。
魔導ライフルの安全装置が外れる金属音。
獣人たちの喉の奥で鳴る、低い唸り声と闘気の高まり。
魔族たちの指先に収束していく、黒い破壊の魔力。
誰かがくしゃみをしただけで、この店ごと吹き飛ぶ。いや、それを引き金にして大陸全土を巻き込む第三次世界大戦が始まりかねない、極限の緊張状態。
「あ、あきまへん……! ワイの店が、ポポロ村の貴重な外貨獲得源が木端微塵になりまっせ!」
「お任せを。……愚か者共の首、私が数秒で全て切り落としてご覧に入れましょう」
レジカウンターの裏で頭を抱えるニャングルの横で、リバロンがネクタイに闘気を這わせ、静かに殺戮の準備を始める。
彼が動けば、それが開戦の合図になる。
その時だった。
カランコロン、と。
ルナキンの呑気な入店ベルが鳴り響き、自動ドアが開いた。
「よいしょ、っと……。すいません、ちょっと通りますよ」
殺気で空気が凍りついている店内へ、ガラガラと重い台車を押しながら入ってきたのは、土まみれの作務衣を着た僕だった。
台車の上には、巨大な鉄鍋と、山ほどの「太陽芋」や野菜が積まれている。
そして僕の後ろには、昨日までの狂乱が嘘のように、大人しく野菜のカゴを抱えたキャルルがピタリと寄り添っていた。
(……ひぃぃぃぃぃっ!! 銃口! 銃口がこっち向いてる! しかもみんな血走った目で睨んできてる! 絶対死ぬ、ここで転んだら蜂の巣にされて死ぬ!)
僕の心臓は、すでに限界のBPMを叩き出していた。
一歩歩くごとに膝が笑いそうになるのを、気合いと教養だけで無理やり固定する。
山崎亮の『コミュニティデザイン』によれば、バラバラの人間を繋ぐ最も有効な手段は「共通の作業」だ。そして、食の共有こそが最も原始的で強力なデザインになり得る。
だから僕は、震える足で台車を押し、あろうことか睨み合う三カ国軍の「ど真ん中」に陣取った。
「な、なんだ貴様……!」
「その女……昨日の、バケモノ村長……っ!」
兵士たちが、僕の後ろにいるキャルルを見て顔を引き攣らせる。
キャルルは僕の袖を軽く握ったまま、兵士たちに向けて冷たい、絶対零度の視線を放った。
『ソウマに敵対するなら、昨日以上の地獄を見せる』。
言葉にしなくても伝わる、ヤンデレ特有の重く暗い殺気が、三カ国の兵士たちを金縛りにした。
「キャルルさん、威嚇しなくて大丈夫ですよ」
僕はキャルルに優しく微笑みかけ、震える手で汗を拭いながら、ぐるりと兵士たちを見渡した。
そして、魔導バズーカを構えているルナミスの兵士の前に立ち、ポン、とその砲身に手を置いた。
「おや。素晴らしい殺気(闘気)ですね。……とても熱い」
「は……?」
兵士が呆気にとられる中、僕は持ってきた巨大な鉄鍋をドンッ、と床に置いた。
「これだけ立派な熱量があれば、火起こしには困りません。ちょうどよかった。腹が減っては戦もできないでしょう?」
僕は、恐怖でひきつりそうになる顔の筋肉を総動員し、完璧な「狂人の笑み」を浮かべた。
「みんなで『芋煮』を作りますよ。……さあ、そこの銃を持っているあなた。まずは太陽芋の皮むきから手伝ってもらいましょうか」
「はぁぁぁ!?」
三カ国の兵士たちの声が、完全にハモった。
一触即発の戦場に、エプロン姿で乱入してきた無能力の男。
武力で脅すでもなく、ただ「芋を剥け」と命じるその常軌を逸した非暴力の姿勢に、兵士たちの殺意は行き場を失い、見えない『バグ』の渦へと呑み込まれようとしていた。




