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EP 3

魔王襲来。そして秒で染まる闇

「……ルチアナ? 貴様、なぜそのようなみすぼらしいジャージを纏い、机の下に潜り込んでいるのだ? その手に持っている筒(ストロング缶)はなんだ?」

空間の裂け目から現れたアバロン皇国の絶対者、魔王ラスティアは、次元すら断ち切る『魔王剣』を構えたまま、完全にフリーズしていた。

親友が人間のバグに殺されたと勘違いして、国庫をすっからかんにして転移魔法陣を起動してきたというのに、当の親友は死ぬどころか、信じられないほどリラックスしきっていたからだ。

「あ、ラスティアじゃん。おつかれー」

女神ルチアナは、コタツから顔だけを出し、チューハイの缶を軽く持ち上げてみせた。

「ちょうどよかったわ。今からソウマに、月人君の福岡ライブのDVD再生してもらうところだったのよ。あんたも見るっしょ?」

「は……? つき、と……?」

魔王の威厳に満ちた赤い瞳が、困惑に激しく揺れ動く。

なぜ下界の農村にコタツがあるのか。なぜ真夏なのに部屋が極寒(魔導冷房の効きすぎ)なのか。そしてなぜ、神が人間の男を下の名前で親しげに呼んでいるのか。

「ええい、わけがわからん! 貴様ら、我が友を何らかの精神魔法で操っているな!? 許さん! この魔王ラスティアが、貴様らを一人残らずブラック・ホールに……!」

ラスティアが魔王剣に膨大な闇の魔力を込めようとした、その時。

「お待たせしました。夜食の準備、できましたよ」

厨房から、最高の匂いを漂わせた「どんぶり」を持った僕が、のんきな声で現れた。

「き、貴様! 我が魔力を前にして、なぜ平然としている!」

「魔王さんですよね。遠いところから次元を割ってのお越し、本当にお疲れ様です。……お腹、空いてませんか?」

僕は、ホカホカと湯気を立てるどんぶりを、ラスティアの目の前のテーブルにそっと置いた。

「なんだ、これは。我に下賸な人間のエサを食わせる気か……ッ!」

ラスティアは魔王剣を突きつけながらも、ピクッと鼻を動かした。

どんぶりの上に乗っているのは、分厚いステーキ肉のように焼かれた巨大なキノコ――『肉椎茸』だ。

大根おろしを添え、その上からワサビと刻み海苔を散らし、特製の甘口醤油がタラリとかけられている。

肉の暴力的な旨味の匂いと、ワサビと醤油のツンとした香りが、魔王の嗅覚(本能)を強烈に刺激する。

「……ぐ、きゅぅぅ」

ラスティアの細いお腹が、主の意思とは裏腹に、可愛らしい音を鳴らした。

「……ふんっ。毒でも入っているのだろうが、魔王の胃袋には通じん! 貴様の魂を刈り取る前に、一口だけ……」

ラスティアは魔王剣を片手に持ったまま、もう片方の手でスプーンを取り、肉椎茸とご飯をすくって口に運んだ。

「――っ!?」

瞬間、ラスティアの赤い瞳がカッと見開かれた。

肉椎茸を噛み切った瞬間、肉汁とキノコの旨味が爆発的に口内に広がる。そこに、ワサビの爽やかな辛味がツーッと鼻を抜け、醤油の香ばしさが後を引く。重厚なのに、いくらでも食べられる悪魔的な計算バランス

「な、なんだこの旨味は……!? ただのキノコではない! しかも、この緑のペースト(ワサビ)が、味の輪郭を恐ろしいほどに際立たせている……ッ!」

ラスティアの手が止まらない。

魔王の威厳など完全に忘れ去り、一心不乱に肉椎茸丼をかき込み始めた。

(よし。神の次は、魔王の胃袋もつかんだ)

僕は、どんぶりを抱え込む彼女の隣に座り、まるで古い友人のように静かに語りかけた。

「ラスティアさん。……魔王として君臨し続けるのって、本当にしんどいですよね」

「……は?」

ラスティアが、ご飯粒を口の端につけたまま振り返る。

「ルチアナさんが作った『人間・獣人・魔族の三竦み』のバランスを維持するために、あなたはいつも悪役を演じて、世界に緊張感を与えなきゃいけない。……誰よりも気を張って、孤独に耐えてきたんじゃないですか?」

「……っ」

ラスティアの動きが、ピタリと止まった。

「でも、ここではもう、無理して恐ろしい魔王のフリをする必要はありませんよ。だって……」

僕は、部屋の巨大モニターに電源を入れ、『朝倉月人 福岡アリーナツアー』の再生ボタンを押した。

「ここではあなたは『恐ろしい魔王』ではなく、『朝倉月人ファンクラブ会員第1号の、ラスティアさん』でいていいんですから」

イントロの重低音が響き、モニターにイケメンアイドル・朝倉月人が映し出される。

カラン、と。

ラスティアの手から、魔王剣が滑り落ちて床に転がった。

「そ、ソウマ……貴様……」

彼女の目から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。

ずっと「恐ろしい魔王」として振る舞わなければならなかった孤独。そして、誰にも理解されないと思っていた「オタ活への情熱」を、見ず知らずの人間の青年が、完璧に全肯定してくれたのだ。

「ラスティア! ほら、早くこっち来なさいよ! 月人君のMC始まっちゃうわよ!」

コタツの中から、ルチアナがバンバンと床を叩いて手招きしている。

「あ、ああ……ルチアナ……っ! わ、我も……私も、月人君のライブ、最前列で見たかったのだぁぁぁっ!!」

魔王ラスティアは、涙とご飯粒で顔をグチャグチャにしながら、靴も脱ぎ捨ててコタツへとダイブした。

そして、創造主と魔王が、狭いコタツの中で肩を寄せ合い、画面の中のアイドルに向かって「尊い……っ!」「月人くぅぅぅん!」と号泣し始めたのだ。

「……はい、ラスティアさんの分のストロングチューハイと、枝豆。あと、ペンライトもありますよ」

僕は、二人の限界オタク(神と魔王)の間に座り、甲斐甲斐しくお酒を注いで回った。

「ソウマ、あんた最高よ……! 月人君の良さがわかるなんて……っ」

「ううっ、ソウマよ、この肉椎茸丼、もう一杯頼めるか……っ。あと、グッズのタオルも貸してくれ……っ」

「ええ、もちろん。いくらでもありますからね。ゆっくり楽しんでください」

平和だ。

世界の頂点に立つ二人の絶対者が、武力衝突を一切起こすことなく、僕の用意した「コタツと飯と推し活」の沼に、秒で沈んでいった。

「……ソウマ。ついに、世界のトップ2がこの村のニートになったね」

部屋の隅で、キャルルが紫電を収め、呆れたような、しかしどこか誇らしげな目で僕を見つめていた。

彼女の背後では、村人たちが窓の外からこの異様な光景を眺め、深く祈りを捧げている。

「神も魔王も、ソウマ先生の慈悲の前にひれ伏した」

「先生のコタツこそが、世界の真の玉座なのだ」

物理的な暴力(戦争)の危機は、完璧に去った。

だが、この「異常な幸福ディストピア」の完成を、冷徹な監視の目で見つめている男が、ルナミス帝国に存在していた。

「……あり得ない。人間はおろか、神すらもあの男の『狂気(日常)』に飲み込まれたというのか……」

帝都の巨大モニターの前で。

情報統括局長オルウェルが、戦慄と共に、ポポロ村の完全な社会的抹殺(システム排除)を決意した瞬間だった。

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