EP 9
完全無血の「神殺し」
ゴォォォォォォォォンッ!!
ポポロ村の裏山に、凄まじい轟音が響き渡った。
数十年の間、誰も手を出せなかった硬い岩盤が、まるで豆腐のように一瞬で粉砕されていく。
「すごい! いいぞガオガオン、そのまま真っ直ぐ進んでくれ!」
『――了解、マスター。障害物の排除、および土壌の掘削タスクを実行中。ゴロゴロゴロ……』
全長20メートルの黄金の機械獅子(天界の最終殲滅兵器)は、僕の指示に猫のように喉を鳴らして応えながら、その恐るべき出力で裏山を開墾していた。
極太の右前脚が岩を砕き、背中の連装魔導砲が「最低出力」で雑草や木の根を一瞬にして焼却し、灰を良質な肥料に変えていく。
「ははは! 素晴らしい効率だ! これなら明日には小麦の種が蒔けるぞ!」
僕はガオガオンの巨大な頭の上(特等席)に座り、風を浴びながら歓喜の声を上げていた。
「くっ……機械の獅子風情に、農作業の効率で遅れを取るなど……! 皆さん、私たちも負けていられませんよ! クワの刃に体重を乗せて、一気に畝を作ります!」
下の方では、麦わら帽子を被ったヴァルキュリアが、神気と汗をほとばしらせながら、村人たちを鼓舞して畑を耕している。彼女の神々しい顔つきは、今や「収穫量でトラクターに勝とうと意気込む、農家の一座の長」のそれだった。
大天使がクワを振るい、神の最終兵器がトラクターとして大地を拓く。
武力と恐怖で世界を支配していた天界の戦力は、血の一滴すら流すことなく、完全にポポロ村の「日常の労働力」として取り込まれていた。
「……ソウマ先生は、やっぱりすごいね」
畑の隅で、子供たちがその光景を見上げながら、うっとりとした声で呟いた。
「うん。空から来た怖い神様も、先生の言う通りにしたら、あんなに優しくなったもんね」
「先生がいれば、僕たちは絶対に大丈夫なんだ。神様よりも、先生の教えの方が正しいんだよ」
周囲の大人たちも、誰一人としてその言葉を否定しない。
彼らの瞳には、かつてないほど強固で、純度100%の「狂信」が宿っていた。
神の威光すらも「先生の畑仕事を手伝うための道具」に過ぎないと認識する、価値観の完全なる逆転。
僕が創り上げたディストピアは、天界からの干渉を栄養分として飲み込み、さらに深く、病的なまでに完璧な群体へと進化を遂げてしまっていた。
***
「……報告は、以上です。信じがたいことですが、天の兵器は現在、草壁颯真の『専用トラクター』として運用されています」
ルナミス帝国財務省、長官室。
ユリウスの前に片膝をついた隠密部隊の兵士が、震える声で報告を終えた。
「……ご苦労。下がれ」
ユリウスは静かに兵士を退室させると、分厚いマホガニーのデスクに両肘をつき、両手で顔を覆った。
完璧な冷徹さを誇る彼の顔に、滝のような冷や汗が流れている。
「……完全に、神を殺したか」
ユリウスの薄青い瞳が、恐怖と、ある種の畏敬の念で震えていた。
「神殺し」といえば、伝説の勇者が聖剣を振るい、天に反旗を翻す戦いを想像するだろう。
だが、草壁颯真がやったことは根本的に違う。
彼は剣も魔法も使わなかった。ただ、空腹の天使に温かいご飯を与え、油の切れた機械に適切なメンテナンスを施しただけだ。
神を「敵」として認識せず、自分の箱庭の中に『居場所』と『役割(労働)』を与えた。それだけで、絶対的な存在であるはずの天界の尖兵たちは、己の存在意義を放棄し、農村のシステムの一部へと組み込まれてしまったのだ。
「暴力を持たない者が、暴力を完全に無効化し、自らの手足にした。……これを、完全無血のハッキング(神殺し)と言わずして、何と呼ぶ」
ユリウスは、デスクの上に置かれた『リヴァイアサン』の本を忌々しげに見つめた。
法も、国家も、武力も、神の奇跡すらも。あの男の放つ『狂気的な日常(思想)』の前には、紙屑同然に飲み込まれてしまう。
「……あの村は、もう放っておくわけにはいかない。だが、もはや帝国の軍隊など送っても、全軍が『農家』に転職して終わるだけだ」
ユリウスは銀縁眼鏡を押し上げ、窓の外の空を見上げた。
「大天使も最終兵器も通じなかった。……ならば、次に動くのはシステムそのもの。世界の創造主である『女神』しかいない。……草壁颯真、あなたは本当に、世界(神)と刺し違える気ですか」
ユリウスの予見は、恐ろしいほど正確だった。
***
聖天国セレスティアの玉座の間。
「…………」
女神ルチアナは、モニターの前で、完全に感情の抜け落ちた顔で立ち尽くしていた。
右腕であるヴァルキュリアが洗脳され、最終兵器であるガオガオンがトラクターとしてゴロゴロと喉を鳴らしている。
彼女の創り上げた「神のシステム」は、今や完全に下界のバグ(ソウマ)によってコケにされ、蹂躙されていた。
「……許さない」
ルチアナの足元から、黄金の神気が静かに、だが爆発的に膨れ上がる。
それは、天使や兵器の比ではない。世界そのものを一から創り直す(初期化する)レベルの、正真正銘の「創造主の怒り」だった。
「私のシステムを……私の箱庭を、勝手に書き換えるなんて、絶対に許さない……ッ!」
ルチアナは、玉座の横に立てかけられていた「神の杖」を乱暴に掴み取った。
「私が、私自身が直接下界に降りて、あの男の存在を、この宇宙から完全に消去してやる……!!」
世界で最も恐ろしいバグと、世界を統べる完全なシステム(女神)。
決して交わってはいけない二つの絶対的な法則が、ついにポポロ村の畑の真ん中で、直接衝突する時が迫っていた。




