EP 6
天界のパニックと、聖獣機神の投下
「……嘘でしょ。私の、私のヴァルちゃんが……!」
聖天国セレスティアの玉座の間。
世界のシステムを管理する女神ルチアナは、空中に投影された下界のモニターを抱え込むようにして、ワナワナと肩を震わせていた。
モニターに映し出されているのは、かつて天界最強の裁定者として恐れられた大天使ヴァルキュリアの姿。
しかし今の彼女は、神々しい白銀の鎧を脱ぎ捨て、どこから持ってきたのか『麦わら帽子』を深く被り、首に巻いた手ぬぐいで汗を拭いながら、満面の笑みで太陽芋の土を払っている。
『ソウマ先生! 見てください、この見事な丸み! 私の愛と汗の結晶です!』
『ははは、すごいじゃないかヴァルキュリアさん。才能あるよ』
『えへへ……先生に褒められちゃった……!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! 駄目だ、完全に手遅れだわ!!」
ルチアナは頭を抱え、床をゴロゴロと転げ回った。
天界の頭脳であり、実質的な実務をすべて取り仕切っていた最強の右腕が、たった数時間で「田舎の農家のお姉さん」へと堕落してしまったのだ。
「あのバグ男、一体何をしたのよ! 武力も魔力も使わずに、神の代行者を精神汚染するなんて……! これじゃ、いくら上位天使を派遣しても、全員ミイラ取りがミイラになって、向こうの労働力にされるだけじゃない!」
ルチアナは爪を噛み、ギリッと奥歯を鳴らした。
ソウマの恐ろしさは「対話」と「共感」という名のウイルスだ。心を持つ生物である以上、天界の神々ですら、あの男のブラックホールのような『肯定感の沼』に引きずり込まれてしまう。
「……なら、心を持たない純粋な『機械』で潰すしかないわね」
ルチアナは立ち上がり、玉座の奥に安置された巨大なコンソールへと向かった。
そこにあるのは、神のシステムに致命的なエラーが生じた際にのみ起動を許される、最終プロトコルのコンソール。
「生物(天使)だから洗脳されるのよ。血も涙も、承認欲求も食欲も存在しない、完全自律型の無機兵器なら、あの男の『言葉』も『飯』も一切通用しない!」
ルチアナは、躊躇うことなく【最終緊急ボタン(赤色)】をバンッと叩き潰した。
「いけっ、ガオガオン!! あの狂った村のバグどもを、物理で更地にしてしまいなさいッ!!」
ズゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッ!!
天界の底が開き、黄金の流星が下界へ向けて射出された。
それは、感情を持たず、ただプログラムされた目標を完全に消滅させるまで止まらない、神の最終殲滅兵器。
女神の怒りと絶望を乗せた一撃が、マンルシア大陸へと牙を剥いた。
***
一方、その頃のポポロ村。
「ふう、今日はこのくらいにしておきましょうか」
僕は額の汗を拭い、畑の横のあぜ道に腰を下ろした。
左腕の骨のヒビもすっかり治り、最近は農作業の効率も上がっている。
「先生、お茶をお持ちしました! 冷たくて美味しいですよ!」
麦わら帽子を被ったヴァルキュリアが、満面の笑みで水筒を差し出してくる。
彼女の背中の黄金の翼は邪魔にならないようにコンパクトに畳まれ、神々しいオーラはすっかり「田舎の親しみやすさ」へと変貌していた。
「ありがとう、ヴァルキュリアさん。すっかり村の生活に馴染んだね」
「はいッ! 終わりのない不具合報告書にサインする日々に比べたら、自分の手で生命を育むこの生活は、まさに天国です!」
天国から来た天使が「ここが天国だ」と断言する異常事態。
キャルルが少し離れた場所で、「……また面倒な信者が増えた」と不機嫌そうに舌打ちをしている。
のどかだ。
今日もポポロ村は平和で、完璧なディストピアが回っている。
――そう思った、次の瞬間だった。
ピィィィィィィィィン……ッ!!
空気が、悲鳴を上げた。
上空を見上げた駐留兵の一人が、喉を引き攣らせて叫ぶ。
「そ、空から……太陽が、落ちてくるぞォォォッ!?」
誰もが空を見上げた。
真っ青な空を割って、巨大な黄金の火の玉が、真っ直ぐにポポロ村の中央広場を目指して落下してくる。
「な、なんだあれは……! 先日の天使の降臨とは桁が違う質量だぞ!」
リバロンが、冷や汗を流しながら前に出る。
「ソ、ソウマ先生! 避難してください!」
ヴァルキュリアが顔面を蒼白にして、僕の前に立ち塞がった。
「あれは……ダメです! 聖獣機神ガオガオン! 天界の最終兵器です! 心を持たない純粋な破壊プログラム……私の槍も、先生の言葉も、一切通用しません!!」
ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
言葉が終わるよりも早く、黄金の火の玉が広場の少し外れに激突した。
巻き起こる爆風と土煙。
キャルルが咄嗟に僕の前に立ち、飛んでくる瓦礫をトンファーで叩き落とす。
「……ガァァァァァァァァァァァァッ!!」
土煙を吹き飛ばすほどの、機械的な、それでいて獣のような恐ろしい咆哮。
クレーターの底から姿を現したのは、全長20メートルを超える、黄金の装甲に覆われた巨大な「機械の獅子」だった。
全身の関節からプラズマの蒸気を噴き出し、赤い人工の瞳が、目標である僕を無機質にロックオンする。
背中には、山を一つ消し飛ばすほどの威力を秘めた連装魔導砲が搭載されていた。
「あ、あぁ……終わりだ。神が、俺たちを本気で見捨てたんだ……」
村人たちが、あまりの絶望に膝から崩れ落ちる。
圧倒的な質量。圧倒的な暴力の結晶。
言葉も、教養も、共感も通じない『完全なる殺意の塊』。
「ソウマ、下がってて。……私が、アレをスクラップにする」
キャルルが、全身から紫電を迸らせて前に出ようとする。
だが。
「……へえ」
僕は、その黄金の巨大な機械獅子を見上げて、思わず感嘆の声を漏らしていた。
「すごいな……! 前世の知識でも、あんな巨大な重機、見たことないぞ!」
「……は?」
僕の頓狂な声に、キャルルとヴァルキュリアが同時に振り返った。
「でっかいアームも付いてるし、あの装甲の重さなら、村の裏の固い岩盤も一気に砕いて開墾できそうだ。……いやあ、天界ってすごいな。まさかこんな立派な農業用重機を差し入れてくれるなんて!」
「そ、ソウマ……? あれ、どう見ても兵器……」
キャルルが困惑したように僕の顔を覗き込む。
だが、僕の目には、ガオガオンは「最強のトラクター」にしか見えていなかった。
いや、強がりでも何でもない。この『狂った箱庭』の創造主である僕の脳内では、もはや殺戮兵器すらも「村の生産性を上げるための便利なアイテム」へと自動変換(バグ処理)されてしまっているのだ。
「ただ……ちょっと惜しいな」
僕は、唸り声を上げるガオガオンの関節部から漏れる音を聞いて、眉をひそめた。
「右前脚のシリンダーから、変な摩擦音がしてる。……オイルが切れてるか、排気フィルターにゴミが詰まってるね。あのまま動かし続けたら、駆動系が焼き付いちゃうよ」
「……先生? 一体、何を……」
ヴァルキュリアがポカンとしている。
僕は、無造作に足元に置いてあった「村の農機具修理用の工具箱」をヒョイと持ち上げた。
「キャルルさん、少しだけ、あの子の気を引いててくれない? ……ちょっと、メンテナンス(調教)してくるから」
僕は泥だらけの作務衣の袖をまくり、スパナを片手に、神の最終殲滅兵器に向かって嬉々として歩き出した。




