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EP 3

論破される天使と、神の設計ミス

「……は? 今、なんと言いましたか?」

大天使ヴァルキュリアは、構えていた白銀の槍を下ろし、困惑に顔をしかめた。

神の代行者に対して「神が完全なら、なぜ世界は不完全なのか」と問うなど、天界の歴史においても前代未聞の暴挙だ。

「愚問ですね。神は完全なるシステム(世界)を創りました。飢えや争いといった『バグ』が生じるのは、人間という下等生物が『自由意志』を悪用し、強欲に生きているからです。すべては貴様ら人間の罪。神の設計ミスではありません」

ヴァルキュリアは冷徹に言い放つ。

それは、絶対者側が常に用意している模範解答テンプレだった。

(……やっぱり、そう来るよな)

僕は冷や汗を流しながらも、頭の中で17世紀の哲学者の言葉を組み立て直していた。

「なるほど。人間が自由意志でシステムを壊している、と。……では天使さん、もう一つ質問です。あなたの言う『神』は、全知全能で、無限の存在ですよね?」

「当然です。神はこの世界のすべてを内包する、唯一絶対の存在です」

「ならば、おかしいじゃないですか」

僕は、泥だらけの手で彼女を真っ直ぐに指差した。

「神が『無限』であり『すべてを内包する』のなら、神の外部など存在しない。つまり、この世界にあるすべての事象、人間の強欲さも、争いも、そして僕という『バグ』も、すべては【神の一部】として最初から設計されていたはずです」

「なっ……!?」

ヴァルキュリアの瞳孔が、驚愕に見開かれた。

「もし僕たちが神の意志から外れて『自由』に暴走しているのだとしたら、それは神がコントロールできない領域があるということになり、神は全能ではなくなります。逆に、神が全能であるなら、僕たちが起こしているこの異常事態すらも、神の完全なる計算通り(必然)ということになる」

オランダの哲学者、スピノザが提唱した「汎神論」のロジック。

世界そのものが神であるならば、そこには善も悪もない。あるのはただ、システムがそのように動いているという「必然」だけだ。

「つまり……この村がディストピアになったのも、みんなが偽札で争ったのも、人間の罪なんかじゃない。システムを作った『神の設計デザイン』が、最初から致命的にバグっていただけです。違いますか?」

「き、貴様ッ……! 創造主を、愚弄する気か……!!」

ヴァルキュリアが激昂し、背中の黄金の翼が逆立つ。

しかし、彼女の放つ神気は、先ほどまでの「絶対的な重圧」を失い、どこかブレて揺らいでいた。

(効いてる……! この人、根が真面目な『管理者』なんだ!)

暴君のように振る舞う相手なら、論理など通じない。

しかし彼女は、「システムの維持」を目的とする天界の中間管理職(COO)だ。自分の拠り所である『神の完全性』という前提条件を論理的に破壊されたことで、彼女の管理者としての思考回路(OS)が致命的なエラーを起こし始めているのだ。

「あ、あり得ない! 神のシステムは絶対……私はその完璧な法を執行する裁定者で……」

ヴァルキュリアは槍を持つ手をプルプルと震わせ、頭を抱えた。

「でも、もし彼が言う通り、神が無限なら……私が今ここで彼を罰することも神の予定調和? いや、そもそもバグが発生すること自体が神の意志なら、私が修正しに来た意味は……? わ、私が毎日毎日、天界で徹夜して処理している下界の不具合報告書クレームの山は、全部上司(神)の設計ミスのせい……!?」

ブツブツと呟くヴァルキュリアの瞳から、神の威光がみるみるうちに消え失せていく。

論理の矛盾を突かれ、社畜としての根源的なストレスを刺激されたことで、大天使のアイデンティティが完全に崩壊しかけていた。

「……ソウマ先生」

その後ろで、村人たちが無表情のまま一斉に口を開いた。

「あの羽の生えた女、ブツブツ言ってて気持ち悪いです」

「やっぱり、畑の肥料にしてしまいましょう。先生の玉ねぎを踏んだ罪は重いです」

「クワで頭をカチ割ればいいですか?」

(ヒィィィッ! お願いだからみんな黙ってて!!)

僕は内心で絶叫した。

論破したとはいえ、相手はワンパンで村を吹き飛ばせる大天使だ。キレられたら終わりである。

「キャルルさん、みんなを少し下がらせて」

「うん、わかった。でもソウマが危なくなったら、0秒でこいつの首落とすからね」

キャルルが村人たちを制止するのを確認し、僕はゆっくりとヴァルキュリアに近づいた。

「……天使さん」

「くっ……来るな、バグめ! 私は、神の代行者として貴様を……」

槍を構え直そうとする彼女の手は、もう力が全く入っていなかった。

僕は、彼女の持つ白銀の槍の柄を、泥だらけの手でそっと握った。

「あなた、本当はずっと疲れていたんじゃないですか? 不完全なシステム(世界)の尻拭いを、毎日毎日押し付けられて」

「え……?」

ヴァルキュリアが、ポカンと口を開けた。

僕の言葉が、天界で過労死寸前まで働かされていた彼女の『本音』に、クリティカルヒットしたのだ。

「僕も同じですよ。みんなの負債を肩代わりして、過労死しそうになりましたから。……システムを管理する側って、本当にしんどいですよね」

僕は、彼女の手から白銀の槍を優しく抜き取った。

そして、代わりに僕の手に持っていた「使い込まれた木柄のクワ」を、彼女の白い手に握らせた。

「……なんですか、これは」

「クワです。……うちの村は、働けば誰でも、温かくて美味しいご飯が食べられます。理不尽なシステムも、終わらない書類仕事もありません。ただ、目の前の土を耕すだけでいいんです」

僕は、泥だらけの顔で、最高に人の良さそうな笑みを浮かべてみせた。

「お腹、空いてるんでしょ? 一緒に、玉ねぎの苗を植え直しませんか」

「は……?」

天界最強の裁定者が、泥のついたクワを握らされ、呆然と立ち尽くす。

武力による制圧でも、恐怖による支配でもない。

「論理的な解体」と「圧倒的な共感(ブラック労働への理解)」を用いた、最も恐ろしい『思想感染(洗脳)』のプロセスが、ついに神の代行者すらも飲み込もうとしていた。

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