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第三章 神の墜落と、完璧なる農村(洗脳)パラダイス

不気味な静寂と、空を裂く神の槍

ポポロ村に、完璧な朝がやってきた。

「おはようございます、ソウマ先生」

「先生。今日の配給の計算、終わっております」

「先生の畑の雑草は、私たちが朝一番で全て抜いておきました」

広場を歩く僕に向かって、村人や三カ国の駐留兵たちが、次々と笑顔で声をかけてくる。

誰もが穏やかで、満ち足りた顔をしている。そこには、数週間前に偽札を握りしめて殴り合っていた獣のような強欲さは微塵もない。

「……ありがとう、みんな。助かるよ」

僕が微笑み返すと、彼らはまるで神の祝福を受けたかのように、頬を紅潮させて深く頭を下げる。

(ああ……今日も、空気が綺麗すぎる)

僕は表面上の笑みを崩さないまま、背筋に冷たい汗が伝うのを感じていた。

平和だ。犯罪発生率はゼロ。口論すら起きない。

誰かが荷物を落とせば、周囲の人間が無言で一斉にそれを拾い集める。配給の食事は、全員がグラム単位で平等に分け合い、僕が「食べていいよ」と許可を出すまで、誰もスプーンを持とうとしない。

僕が命を削って『信用』を買い戻したあの日から、この村の住民たちは「自分の頭で考えること」を完全に放棄してしまった。

「ソウマ先生の言う通りにすれば、誰も傷つかずに幸せになれる」。

その純粋すぎる善意の洗脳が、ポポロ村を一つの巨大な『群体ハイヴ』へと変質させていた。

「ソウマ。お茶、淹れたよ」

キャルルが、僕の横にスッと寄り添い、湯気の立つマグカップを差し出した。

彼女もまた、変わった。以前のように僕の愛情を確かめるような我が儘は言わない。僕の「思想」という絶対的な枠組みの中で、最も忠実で、最も凶暴な使徒として完成されてしまったのだ。

「ありがとう、キャルルさん」

僕はマグカップを受け取りながら、ため息を飲み込んだ。

非暴力の限界。僕の未熟なコミュニティデザインが辿り着いた、完璧で息の詰まるディストピア。

……ユリウスの言う通りだ。僕は、人間の心をシステムで縛るという、最もやってはいけない禁忌を犯してしまった。

***

同じ頃。

ポポロ村から遠く離れた、ルナミス帝国の首都。

財務省の長官室で、特任監査官ユリウスは、隠密部隊から送られてきたポポロ村の定期報告書を読みながら、銀縁眼鏡の奥で薄青い瞳を戦慄させていた。

「……犯罪率、ゼロ。離農率、ゼロ。生産効率、前月比の250%増……」

ユリウスは、無意識のうちに万年筆の柄をギリッと強く握りしめた。

「あり得ない。人間という不確定な変数を抱えた集団で、このような完璧な数値が出るはずがない。……まるで、村全体が一つの『意思を持った臓器』として機能しているようだ」

彼の脳裏に、泥まみれで血を吐きながらも、村人たちの負債を背負い続けた草壁颯真の姿がフラッシュバックする。

帝国の法も、経済の論理も、あの男の「狂信」の前には無力だった。

もし、あのポポロ村の『システム』が、隣接する帝国や王国の都市にまで感染パンデミックを引き起こしたらどうなるか。

人々は国家という枠組みを捨て、金貨を捨て、あの一人の無能力者を神として崇めるようになるだろう。

「……あの男は、ただの村長ではない。世界の秩序を根底から喰い尽くす、致死性のウイルスだ」

ユリウスが、帝国軍の最高司令部へ「ポポロ村・完全焦土化作戦」の申請書を書こうとペンを取った、その時だった。

カッ……!!

窓の外、分厚い雲に覆われていた帝都の空が、突如として真昼のように白く閃光を放った。

「な、なんだ……!?」

ユリウスが窓際に駆け寄る。

空の彼方。ポポロ村がある緩衝地帯の上空に、巨大な「黄金の魔法陣」が展開されていた。

それは、帝国の超絶魔導師ですら束になっても描けない、神話の時代にしか存在しない超高次元の魔力反応だった。

「……天の、介入……?」

ユリウスは、背筋を凍らせたまま、その光の柱がポポロ村へと真っ直ぐに落ちていくのを見つめることしかできなかった。

***

――ゴゴゴゴゴォォォォォッ!!

大地が揺れた。

ポポロ村の広場の中央に、隕石が落ちたような轟音と共に、凄まじい黄金の雷が直撃した。

「キャァァァッ!」

「なんだ、敵襲か!?」

土煙が舞い上がり、すり鉢状になったクレーターの底から、ゆっくりと「それ」が姿を現した。

「……全く。下界の空気は淀んでいて、肺が腐りそうですね」

透き通るような、だが絶対的な権威を内包した凛とした声。

土煙を切り裂いて現れたのは、純白の鎧を身に纏い、背中に巨大な黄金の翼を広げた、圧倒的に美しい女性だった。

彼女の手には、バチバチと神気を放つ白銀の槍が握られている。

「我は聖天国セレスティアの裁定者。天使族長、ヴァルキュリア」

彼女がその名を名乗った瞬間、彼女の全身から放たれる「神の威圧プレッシャー」によって、広場の空気が物理的に重くなった。

並の人間なら、その気配だけで白目を剥いて気絶するレベルの圧倒的上位存在。

「神の敷いた世界のシステム(OS)にバグを発生させた大罪人、草壁颯真よ! 天の裁きを受けに参りました。さあ、愚民どももろとも、大地にひれ伏しなさい!!」

ヴァルキュリアは白銀の槍を天に掲げ、ポポロ村の住民たちに向かって荘厳に言い放った。

空が怒るように雷鳴を轟かせる。

まさに、神の怒り。世界の終末を思わせる、完璧な「上位者の蹂躙」の始まりだった。

……だが。

「……え?」

ヴァルキュリアは、槍を掲げたまま、綺麗に整った顔を間抜けに歪ませた。

誰も、悲鳴を上げない。

誰も、逃げ惑わない。

誰も、彼女の神々しさにひれ伏さない。

村人たちは、土煙の上がるクレーターを取り囲み、無表情のまま、ただじっとヴァルキュリアを見下ろしていた。

その瞳には「恐怖」も「畏敬」も一切ない。

ただ、『突然現れて村の広場に穴を開けた、少し迷惑な侵入者』を見るような、底冷えするほど無関心な視線。

「えっ……あの、私、神の代行者で……天使族長なんですけど……」

あまりの無反応に、ヴァルキュリアの掲げた槍の角度が少しだけ下がる。

村人たちは、彼女の言葉を完全に無視して、一斉に僕の方へ顔を向けた。

そして、恐ろしいほど揃った声で、ただ一つの質問を投げかけてきた。

「ソウマ先生。あの羽の生えた女……殺して畑の肥料にしますか?」

(ヒィィィィッ!!)

神の威光すらも通じない、完全に思想統制されたディストピアの異常性。

僕は、腹の底から湧き上がる絶望を隠しきれず、顔を引き攣らせた。

天界最強の裁定者と、狂気に染まりきった村人たち。

神とバグの、最も不気味で最悪な邂逅だった。

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