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EP 10

完成された箱庭(静かなるディストピア)

目を覚ますと、鼻腔をくすぐる陽薬草の香りと、清潔な白い天井が視界に入った。

「……おはよう、ソウマ。体の具合はどう?」

ベッドの傍らで、キャルルが静かに微笑んでいた。

彼女の赤い瞳からは、以前のような不安定な狂気や、見捨てられることを恐れる焦燥感は完全に消え去っている。

僕の地獄に最後まで付き合うと決めた彼女は、依存という殻を破り、僕の思想の「究極の共犯者」としての揺るぎない落ち着きを手に入れていた。

「おはよう、キャルルさん。……腕の痛みも、だいぶ引いたみたいだ」

僕はゆっくりと上体を起こし、彼女に肩を貸してもらいながら外へ出た。

暴動から数日が経過したポポロ村の広場は、見違えるように綺麗になっていた。

壊された屋根は修繕され、泥にまみれた道は平らに均されている。村人たちと三カ国の駐留兵たちが、汗を流しながら協力して村の復興作業にあたっていた。

「あ、ソウマ先生だ!」

「先生、おはようございます!」

僕の姿を見つけると、作業をしていた村人たちや兵士たちが、一斉に手を止めてこちらに向き直った。

そして、誰一人例外なく、深く、深々と頭を下げた。

「おはようございます。……みんな、復旧作業ありがとう」

僕が微笑み返すと、彼らは嬉しそうに顔を綻ばせた。

平和だ。暴力の世界の中心に、争いのない完璧な理想郷ユートピアが完成したのだ。

だが。

広場を歩く僕の背筋に、ジワリと冷たい汗が滲み出た。

(……空気が、綺麗すぎる)

違和感の正体は、彼らの「目」だった。

僕を見つめる村人たちの瞳には、一切の濁りがない。損得勘定も、小さな不満も、個人的な欲望すらも完全に漂白されたような、恐ろしいほど純粋な「信仰」の光だけが宿っていた。

「おっと、すんまへん。うっかり落としてもた」

ニャングルが荷運びの途中でつまずき、懐から数枚の「帝国金貨」を地面に落とした。

チャリン、と甲高い音を立てて、黄金の硬貨が土の上に転がる。かつての彼らなら、目の色を変えて奪い合っていたはずの絶対的な価値の象徴だ。

だが、村の大人たちは誰一人としてその金貨を拾おうとしなかった。

それどころか。

「……汚いゴミ、落ちてるね」

あの、僕に月見大根をくれた幼い男の子が歩み寄り、無表情のまま、帝国の金貨を泥靴でガンッ、と踏みつけたのだ。

「こんなものがあるから、みんな喧嘩するんだ。こんなゴミ、もう僕たちの村にはいらないよね」

男の子は僕を見上げ、天使のような無垢な笑顔を向けた。

「だって、僕たちにはソウマ先生がいればいいんだから。先生の言う通りに生きていれば、みんな幸せになれるもんね」

「「「ええ。その通りだわ」」」

周囲にいた大人たちが、男の子の言葉に、寸分違わぬタイミングで深く頷いた。

一切の疑いを持たない、狂気的なまでの全肯定。

(…………っ!)

僕は、息を呑んだ。

自分の足元が、音を立てて崩れ落ちていくような錯覚に陥った。

僕は彼らを「暴力」や「経済の檻」から救い出したのではない。

自己犠牲という猛毒を以て彼らの思考能力(OS)を根底から書き換え、自分で判断する権利を奪い、僕というシステムに完全に依存するロボットに変えてしまったのだ。

武力でも、金でもない。

「純粋な善意と思想」による支配こそが、この世界で最も恐ろしい暴力だった。

キャルルが、僕の袖を軽く引き、甘く囁く。

「ね、ソウマ。誰も私たちを邪魔しない、完璧な村になったでしょ?」

(僕の『思想』は、彼らから何を奪ってしまったんだ……?)

取り返しのつかないことをしてしまったという戦慄が、僕の魂を凍りつかせた。

これが、僕の望んだコミュニティデザインの終着点ディストピアだった。

***

同じ頃。

はるか上空、美しき神々が住まう聖天国セレスティア。

『――ピピッ。警告。マンルシア大陸、座標X14・Y88。ポポロ村周辺』

黄金の装甲を持つ機械の獅子、聖獣機神ガオガオンの中枢コアが、けたたましいアラートを鳴らし始めた。

モニターを見つめていた女神ルチアナと、天使族長ヴァルキュリアの顔色が変わる。

「ルチアナ様……対象エリア内の『独立思考パラメーター』が、急速に低下しています。全個体の精神マインドモデルが、単一の存在(草壁颯真)に完全に同期ハッキングされました」

「……ただの人間が、力も魔法も使わずに、一つのコミュニティを完全に『洗脳』したっていうの……?」

ルチアナの手に持っていた天界ビールが、床に滑り落ちて砕け散った。

ガオガオンの機械の瞳が、赤く、禍々しく発光する。

無機質なシステム音声が、天界の広間に冷酷に響き渡った。

『対象エリアの経済システム、および精神モデルの自律的異常進化を確認。……これより、該当事象の脅威レベルを【局地バグ】から【世界崩壊の因子(特級)】へ引き上げ』

空の彼方から、目に見えない幾千の「神の照準」が、泥だらけの作務衣を着た一人の青年に向けられる。

『――監視衛星、対象・草壁颯真に常時固定ロックオン。完全排除プロトコル、スタンバイ』

地上の覇者たる帝国すらも退けた「非暴力の怪物」は、ついに天界の神々(システム)から、世界で最も危険なバグとして正式に認定されたのだ。

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