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EP 2

強欲猫耳と『論語』の防壁

「ルナミス帝国のマルクス皇帝は、実は重度の痔だああああッ! 玉座にはドーナツ型の特注クッションが敷いてあるぞおおお!」

翌朝。ポポロ村の広場を歩いていた僕の目の前を、人間の頭ほどの大きさがある緑色の物体が、短い足を生やして猛スピードで駆け抜けていった。

「待てコラッ! その『ネタ』なら王国の情報屋に金貨で売れるんや! 逃がすかボケェ!」

クワを持った農家の男が、血走った目でそれを追いかけていく。

(……なんだあれ。キャベツが喋った。しかも、帝国の国家機密レベルのゴシップを叫びながら)

知識としては知っていた。この世界には、自らの命を長らえるために有益な情報を対価として叫ぶ「ネタキャベツ」という異常な植物が存在することを。

だが、実際に目の当たりにすると、僕の常識を形成する脳内ニューロンが焼き切れそうになる。

「はははっ、相変わらず元気な村やろ、兄ちゃん」

呆然と立ち尽くす僕の背後から、甘ったるい煙の匂いが漂ってきた。

振り返ると、キセルを咥えた細身の男が立っていた。

頭にはピンと立った猫の耳。腰には鈍器のように分厚い算盤そろばんを提げている。

ゴルド商会所属、ポポロ村の財務担当である猫耳族の商人・ニャングルだ。

「ワイはニャングル。この村の金庫番みたいなもんや。……あんたが昨日、帝国から放り出されたっちゅー元内政官やね。村長のキャルルから話は聞いとるで」

ニャングルはキセルをカンッと鳴らし、三日月のような目で僕を見定めた。

「で、どうすんの? 帝国を追放されたんやったら、行く当ても金も無いんやろ。特別にワイが手配したるわ。宿屋の一室、素泊まりで……せやな、1泊『金貨10枚』でどうや? 破格やろ?」

(……き、金貨10枚!?)

僕は内心で悲鳴を上げた。

金貨1枚が日本円で約1万円。つまり1泊10万円のぼったくりだ。

追放された僕の懐には、全財産でも銀貨数枚しか入っていない。このままでは赴任2日目にして、野宿からの凍死が確定してしまう。

(怖い。この猫耳、完全に僕の足元を見てしゃぶり尽くす気だ……!)

胃がキリキリと痛み、冷や汗が背中を伝う。

だが、ここで少しでも弱みを見せれば、彼のような商人は骨の髄まで貪りに来る。

僕は、ゆっくりと息を吐き出し、表情筋を完全に固定した。

一切の感情を顔に出さず、ただ静かに懐から一枚の羊皮紙を取り出し、ニャングルに差し出した。

「……なんや、これ。金貨の借用書か?」

「いえ。『ポポロ村の物流再設計図』です」

ニャングルが訝しげに羊皮紙を受け取る。

そこには、昨夜僕が徹夜で書き上げた、村の経済を根本から変えるためのコミュニティデザインの素案が描かれていた。

「この村の経済は、キャルル村長の『月光薬』と、駐留兵士たちへの飲食代に依存しすぎています。もし三カ国が撤退すれば、村は干上がる。……だから、ロックバイソンを利用した定期バスのハブステーションをこの広場に作り、ネタキャベツの情報網をゴルド商会に卸す正規ルートを確立するんです」

「なっ……」

ニャングルの目の色が変わった。

彼の手が腰の算盤に伸び、パチパチパチッ! と異常な速度で珠を弾き始める。

商人としての彼の頭脳が、僕の提案したシステムがもたらす莫大な利益を弾き出しているのだ。

「あ、あんた……この仕組みができたら、金貨10枚どころか、毎月金貨1000枚の利益が村に落ちるで……! それを、たった1泊の宿代の代わりにワイに渡すっちゅーのんか!?」

ニャングルが震える声で僕を睨みつける。

「……何が目的や。これだけの絵図を描ける男が、こんな辺境の村で何を企んどる。ワイを出し抜いて、村の利権を全部ぶっ取る気か!?」

彼の放つ、本物の「強欲」の圧。

猫耳族特有の鋭い動体視力が、僕の僅かな動揺や嘘を見逃すまいと見開かれている。

(……心臓が口から出そうだ。瞬きしたら負ける。論語、論語、論語だ。孔子先生、僕に力を……!)

僕は、怯える本能を『教養』の檻に閉じ込め、ニャングルの瞳を真っ直ぐに見つめ返した。

「――『利にりて行えば、怨み多し』」

「……は?」

「自分の利益ばかりを追求して行動すれば、必ず多くの恨みを買う。……という意味です」

僕は、静かに言葉を紡いだ。

「目先の金貨10枚を搾り取ろうとする設計デザインは、いずれ破綻します。僕は、金が欲しいわけじゃない。僕が欲しいのは、あなたを含めたこの村の全員が、持続的に繁栄できる『システム』そのものです」

静寂が落ちた。

ニャングルの手から、ポロリとキセルがこぼれ落ちた。

彼の目には、僕が「金という次元を超えた、恐るべき支配構造を構築しようとする化け物」に映ったのだろう。

武力ではなく、圧倒的な「理」と「徳」で世界を盤面上から動かそうとする、底知れぬ狂人に。

「……あんた、ほんまモンの悪魔やな」

ニャングルは額に脂汗を浮かべながら、深く、深く頭を下げた。

「……負けましたわ。宿屋の一番ええ部屋、タダで使ってくだせぇ。その代わり、ワイもあんたのその『設計図』の末席に、一枚噛ませてもらいまっせ、ソウマ先生」

「ええ、歓迎しますよ。ニャングルさん」

僕は静かに微笑みながら、内心で膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えていた。

(……よ、よしっ! これでホームレス生活は回避できたぞ……!)

最強の武力キャルルに続き、村の金庫番ニャングルが僕の前に平伏した瞬間だった。

だが、ポポロ村が抱える「異常性」は、彼ら二人だけではなかったのだ。

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