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EP 4

ヤンデレの刃と、泥だらけの救い

村の広場に集められた村人たちの顔には、色濃い疲労と飢えの影が落ちていた。

帝国の経済封鎖から数日。備蓄は底を突き始め、人々の目からは少しずつ理性が失われつつある。

僕は木箱の上に立ち、昨日徹夜で量産した『ポポロ券』を掲げてみせた。

「……金貨はもう使えません。ですが、この木札をルナキンに持っていけば、温かいスープとパンを提供します。皆さんが持っている野菜や薪も、この木札で僕が買い取ります」

静まり返る広場。

やがて、ひとりの農夫が血走った目で声を荒らげた。

「ふざけるなッ! こんなただの木切れで飯が食えるか! 帝国が認めてないものを、誰が信用するって言うんだ!」

「そうだ! お前が帝国に逆らったから、俺たちは巻き込まれたんだぞ!」

怒声が連鎖し、暴動の一歩手前のような殺気立った空気が場を支配する。

無理もない。昨日まで金貨という絶対的な価値を信じて生きてきた彼らに、「今日からこのどんぐりの木札がお金です」と言って、ハイそうですかと納得できるはずがないのだ。

「……うるさいな」

その時。

空気を凍らせるような、絶対零度の声が響いた。

僕の後ろに控えていたキャルルが、ゆっくりと前に歩み出た。

彼女の目は、深海のように暗く濁っている。両手には、鈍く光る鋼鉄のダブルトンファー。

「ソウマが、これで飯が食えるって言ってるの。……ソウマを疑うなら、その減らず口、二度と開かないように縫い付けてあげる」

「ひっ……!」

怒号を上げていた農夫が、尻餅をつく。

キャルルの足元の地面が、闘気の圧力でメシリとひび割れた。彼女は本気だ。ソウマの言葉を否定する世界など、彼女にとっては一瞬で更地にするべき「敵」でしかない。

赤い残像がブレた。

マッハの踏み込みで、キャルルが農夫の頭をかち割ろうとトンファーを振り上げる。

(やめろ……ッ!!)

僕は木箱から飛び降り、農夫を庇うようにして、振り下ろされる鋼鉄の凶器の前に両手を突き出した。

ゴッ……!!

「あ……」

鈍い音と共に、僕の左腕にトラックと衝突したような激痛が走った。

キャルルが寸前で力を抜いたおかげで腕が吹き飛ぶことは免れたが、骨がミシリと嫌な音を立て、皮膚が裂けて血が滴り落ちる。

「ソ、ソウマ……!? なんで、私が守ってあげようとしたのに……!」

キャルルがトンファーを取り落とし、顔を真っ青にして僕の腕にすがりつく。

「やめてください、キャルルさん。……暴力で従わせたら、帝国と同じだ」

僕は脂汗を流しながら、血まみれの右手で、震える彼女の頭をポンポンと撫でた。

「撫でて……」

「え?」

「私が大人しく言うことを聞いたら、ずっと撫でてくれるって言ったじゃない……っ! 撫でてくれないと、私、怒りでここにあるもの全部、壊しちゃうよ……!」

キャルルは僕の胸に顔を押し付け、爪が食い込むほどの力で僕の背中を抱きしめた。

それは忠誠ではなく、恐ろしいほどの依存。少しでも僕の愛情システムが途切れれば、即座に村人を惨殺しかねない時限爆弾。

(……痛い。腕がちぎれそうだ。でも、僕がここで倒れたら、この村は終わる)

僕は悲鳴を上げそうになるのを奥歯を噛んで耐え、周囲を見渡した。

村人たちはキャルルの狂気に完全に怯えきり、僕を見る目にも「恐怖」が混じり始めている。

ダメだ。これでは「信用」なんて生まれない。通貨のシステムは、恐怖の上に建てることはできないんだ。

絶望が足元から這い上がってくる。

その時だった。

「……ソウマ先生。血、出てる」

僕の作務衣の裾を、小さな手がくいっと引っ張った。

見下ろすと、そこには顔を泥だらけにした幼い男の子が立っていた。昨日の検問所で、お腹を空かせて泣いていた子だ。

彼は僕の血まみれの腕を見てボロボロと涙をこぼすと、背中に隠していた「それ」を、両手でそっと差し出した。

「これ……あげる。先生、お腹すいてるでしょ」

彼の手のひらに乗っていたのは、小ぶりで、泥だらけの、不格好に曲がった「月見大根」だった。

帝国に畑を焼かれた後、彼が必死に土を掘り返して見つけたのだろう。

(ああ……)

僕の心臓の奥で、何かが熱く弾けた。

経済が凍りつき、大人が疑心暗鬼に陥り、理不尽な暴力が支配するこの狂った世界で。

たった一人の幼い子供が、僕の「言葉」を信じて、自分の命を繋ぐはずの小さな作物を差し出してくれている。

僕は、キャルルの体を優しく引き剥がし、その子の前にしゃがみ込んだ。

そして、泥だらけの大根を受け取り、袖でゴシゴシと拭くと、そのままガブリと生でかじりついた。

「……うん。甘くて、最高に美味しい大根だ」

僕は涙を堪え、泥と血にまみれた顔で笑ってみせた。

そして、懐から真新しい「1ポポロ券」を取り出し、その子の小さな手に握らせた。

「ありがとう。これは、大根のお代だ。……明日、これを持ってルナキンにおいで。ニャングルさんが、特別に大きなお肉の入ったシチューをご馳走してくれるよ」

「……ほんと?」

「ああ。僕が、絶対に約束する」

その光景を、村人たちは息を呑んで見つめていた。

金でもない、武力でもない。

ただ一人の男が、流血と痛みに耐えながら、不器用な大根と木札を交換し、「約束」を交わした瞬間。

「……俺の、薪も……買ってくれるのか。その木札で」

先ほどまで怒号を上げていた農夫が、震える声で尋ねてきた。

「ええ、買いますよ。……僕の命が続く限り、この木札の価値は僕の労働で全て買い戻しますから」

冷たい数字の檻に、温かな「信用」という名の亀裂が入った。

これが地獄の釜の蓋を開ける行為だとしても構わない。この小さな命の実りを守れるなら、僕は喜んで、過労死の淵まで歩いていこう。

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