第六席【定期会】
五月中旬。僕は課題を難なくクリアできた。もちろん田浦さんも。だから玉縄先輩との約束(張り扇を作ってもらえる)が今から楽しみでならないわけだが、その後すぐさま迎えるは五月末の定期会。ということで、当面先になってしまいそうだ……無念。
僕らは今回出ないので、裏方をやりながら段取りを覚える形。場所は校内、第三会議室。教室とほぼ同じサイズの部屋だ。現在時刻は16時。開場は16時45分。
長机をどかしてスペースを開け、二段に重ねる教壇。出来上がった高座には畳と釈台、座布団を。背後には横に長い垂れ幕をかけ、向かいに観覧席。この準備を僕たち全員でやるのだが、結構忙しない。
整った会場には、いったい誰が来るのだろうと思いきや……オカケン部長の星丸先輩をはじめ、部員勢十人ほど。次に、先輩達のクラスメイトが十人ほど、それから部室に顔を出すことはほぼない津田先生(三十代くらいの男性でオールバック、蒼白で吸血鬼みたいな見た目)と、覗きにきたその他教員二名……とこんな感じで、総勢二十名以上。
正直、ここまで人が集うとは思っていなかったので、いまから及び腰である。もっと、こじんまり数人程度の聴衆かと思っていたのに。
「おーうい、へーきぃ? なぜズッキーが緊張してんのそんな、ははは」
会議室隣の資料室を借りて作った控え室。玉縄先輩の声で、僕は我にかえる。
「えいや……あんな大勢の前で。すごいですね」
そこで金沢先輩は、優しい顔で告げてきた。
「いやいやぁ……こんなもんじゃないよ? 合同発表会は、市民ホールでやるからもっといるのさ。だいたい……五百人くらいかなぁ」
「っうえ……ごくり」
そこで突っ込む部長。
「おいこれ。嘘つくなっ」
「え? う、うそ……ですか」
「嘘よ、こいつの言うことなんてだいたいウソ。ごめんね怖がらせちゃって。そんなにはいないから安心していいわよ。たぶんその半分程度だから」
ごめんなさい、僕にはそれでも多い……なんて思っていると、玉縄先輩があっけらかんと言う。
「いっぱいいるとその分、反応もあって面白いよ。立たないと、っていうか座らないと? 分からないかもだけどさ。案外、人の顔見えるんだよハッキリと。だから今日はどう揺さぶってやろうか、ワクワクしてくるんだよねぇあたし!」
「タマちゃんのその度胸っていうか、神経の図太さが、俺は欲しいとこだねぇ」
部長はそんな金沢先輩に厳しかった。
「あんたも十分図太いわよ。アクアラインくらいに」
「あらまぁなんと。俺は芯のない図太さですこと」
「さっ……そろそろよ。一年生は、例の段取りでよろしく頼むわね」
「「はいっ」」
僕ら一年生の仕事は大きく三つ。
口上、開け閉め、出囃子だ。
口上――これは最下級生がやるのが慣わしで、テンプレがある。来場者への挨拶と演目紹介をやるわけだが、逆に最後は部長が挨拶に出る。
開け閉め――開け閉めというが、ドアの開け閉めのほか、演者が出たら入れ替わりで座布団を返して場を整えてすぐ引っ込むというスピーディーさが求められる。
出囃子――先輩達には、それぞれ出囃子がある。壇上に上がって話し始める頃合いで、フェードアウトさせる。これはブルートゥーススピーカーを用いており、手元のスマホで録音された音源を操作する。見たことないアプリだから、間違えないようにしないと。
口上は田浦さんが。その他は、交互にやることになった。
ちなみに順番は玉縄先輩、金沢先輩、衣笠部長。
聞くに見事な声色で口上を終えた田浦さんが戻ってくると、僕はドアの前でブルートゥースのスピーカーで出囃子を鳴らし、すぐドアを開ける。
玉縄先輩は扇子を摘むように持ってして、しきりにトントンとこめかみ叩いていたのだが、そこで大きく頷いた。
「よしっ。ほんじゃ行ってくるよ、よろしくッ!」
と、跳ねるように高座へ。その姿がなんだか無性にカッコよかった。
僕はスッとドアを閉め、ガラス越しに玉縄先輩を見る。笑顔で座り、釈台を二回打った。頭を上げ、口を開くのを見てフェードアウトさせる……はずだったのに、僕はあろうことか誤って音量を上げてしまう。
「あ……あっ、やば」
「何やってんの貸してっ……!」
田浦さんが操作し、なんとか事なきを得たものの……やってしまったと、冷や汗も心臓の跳ね上がりも止まらない。
しかし、ドアの向こうから漏れる声は、なぜか笑い声だった。
「やぁーなーんか起きそうだなぁなんて、あたし思ってましたけど。いや、起きましたねぇ?
じつは今朝、アラーム掛けたのに鳴らなくて遅刻したんですよ。そしたら、ここでアラームされるとはビックリもいいところ!」
普通こんなミスをしないだろう。憧れの先輩に、早々にフォローしてもらう始末。かっこ悪すぎて吐きそうだった。
だから、せっかくの玉縄先輩の噺は、言わずもがなこのあと全く耳に入って来ず。そんな僕を見かねてか、田浦さんはこんなことを言ってきた。
「まだ終わってないの。ちゃんと仕事してよ。次はないよ」
「そ……そうだよね。ごめん、ありがとさっき」
「はぁ。もうしょうがないでしょ、起こったことは変わらない。あとで玉縄先輩に謝りに行きなよ、ちゃんと」
「うん、分かってる……」
玉縄先輩が出た後、すぐに壇上へ。座布団を返して、位置を確認し戻る。田浦さんに次をバトンタッチして、僕は控室へ。グデーっと足を投げた先輩の前で、目一杯頭を下げる。
「す……すっ、すみませんでした。さっき……み、ミスして僕――」
しかし、明るい声は変わらずだった。
「ちょいちょい、やめてよそんな。あっはは、あたしもやったしなんなら! だから同じだよ、仲間っ!」
ここでハイタッチさせる玉縄先輩は、やっぱり玉縄先輩で……そんな玉縄先輩が、僕は眩しかった。
「そ……そうなん、ですか? こんなミス、玉縄先輩も?」
「うんうん。いや懐かしーなあ、慣れてきた頃でさぁ? 一年の冬だったかな。間違えて切っちゃうっていうね、変なタイミングで。でまぁ、それがゆっさんの時だったんだけどさ。めっちゃ怒られた。あはは」
「あははじゃないわよ。あんた当日、ドーナツ食べながらやってるから、あんなことになったんじゃない。中原君とはわけが違うからね」
「はいはい、分かっとりまーす!
まぁさ。失敗すりゃいいよ、そうやってみんな育ってく。失敗だって、練習のうち! こんなこと言ってまぁ全部、ゆっさんの受け売りですが」
部長は怒るだけじゃなく、支える言葉を添える……なんだか衣笠部長らしい。
「はい、玉縄先輩……」
「あーも、ていうかほら! こんなとこいないで、聞いてきなよ初めてでしょ? 金さんの創作講談、面白いよー? 行った行った!」
金沢先輩の噺はすでに始まっていた。
「――ということで、ございましたけれどもねぇー」
――パパン、パパンッ!
「ご存知の通り、今から申し上げますのは怪談なので、気持ち切り替えてくださいよ。笑えば、こいつ頭おかしい気持ち悪い、そう思われちゃいますからねぇ。
ところで……ネット上の友達、いわゆるネッ友というのはご存知ですか? 今の時代、なにも別段珍しい話じゃないですよねぇ。
小中学生の実に七割、ネッ友を持つ時代……なんて言われております。昔と違って、どこにいても誰とでも、繋がれる時代。コミュニティー掲示板、ゲーム、SNS……誰かと繋がる手段は多岐に渡り、誰かと仲良くなる機会は圧倒的に増えてございます。
顔も知らない、住所も知らない、どこの誰か分からない。それなのに親しくなるなんて、考えてもみれば……ちょっとばかり怖い気もしますけれどねぇ。
まぁですが、角度を変えて見てみると……あーら不思議。素性がしれないからこそ、打ち明けられることも……おや、あるとは思いませんか? 近しい人に秘密を漏らせば、どこで漏れるかわからない。自分を知られるのが、怖いと思う人だって中にはいるでしょう。
例えば、陰で虐められていたとしましょう。これ、誰に相談します? 親には心配をかけたくないから相談しない、友達や先生に言うのは恥ずかしい、誰にだって矜持はあります。んじゃあ……いったいどこに相談すれば良いか。相談窓口なんかに電話できる子なんて、そうそういないでしょうねぇ……そういう子達はまずみんな、こう思うわけですよ。
我慢すればいい。自分がいけないのかもしれない。何より、みんなと違うのが……とても怖い年頃でございますからねぇ。
そんなところへ面識の無い他人と言えど、趣味や話が合う、まして寄り添ってくれる人が登場すれば、そりゃあ心が軽くなる気がしませんか?
匿名で誰かに相談できるから、自信の無い自分を晒さずに済む。自分を隠しつつも、悩みを誰かと共有できる。なんたる便利かッ!」
――パパン!
「しかしぃ……割り切りって言葉がありますがねぇ? 子供のうちからそんなものを覚えてゆく、そう思えばいささか行く末に恐々としなくもないところではありますが――」
釈台から一度、綺麗に音が出る。
「これは、そんなネッ友にまつわる怪談にございまして――」




