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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
10/29

第七席 其の壱【『ナツメ花壇』前編】

寛永(かんえい)だろうが元禄(げんろく)だろうが、昭和だろうが令和だろうが、どの時代というのも人は対して変わらずに、我が物顔で愚かを実践する生き物にございます――

 平成は二十九年、八月の中旬のことです。

 毎日見る蝉の死骸に、アスファルト揺らす蜃気楼。ジリジリ肌刺す紫外線に、捻って出るのはぬるい水。

 川崎市麻生(あさお)区にある西梅津(にしうめつ)中学校には、宮坂栞という少女がいまして今年、三年生となりました。黒髪お下げ、メガネに色白。絵に描いたような文学少女でございます。好きなものは少女漫画と、スマホゲームの『つどえ! どうぶつの山』。最近は、昭和レトロな雑貨にも興味が湧いたところです。

 ところがですね……実はこの栞、ある問題がございまして。友達と呼べる人が、誰もいなかったのです。中学二年の終わり頃に、ある人物と出会うまで。

 そこで……いや一人くらいはいるんじゃ? そう思った方もおられるかもしれません。しかし、本当にいなかったんです。

 彼女を取り巻く環境がどんなものなのかと申しますと……クラスではゴミを投げつけられ、トイレに行けば水をかけられ、下駄箱に無事に靴が入っていたことなんてほぼありません。

 そんな子と関われば、自分までトバッチリをくらうかもしれないと……みんなそう思って近寄らない。それどころか、乗じて揶揄う者も大勢いました。普段は弱い立場の者でも、相手が自分より弱い者だと分かれば、強気になるものですからね。嫌なものですが、これが現実というもの。

 道を大きな野犬が塞いでいたなら、きっとあなたはそこを通らないでしょう。そうでなくとも躊躇うはず。しかしそれが、駅の周りでクルッポ言ってるような小汚いドバトならどうですか? あなたは気にしない。しっし、と追い払う人も多いはずです。

 相手を見て、態度を変える……つまり、そういうことですね。

 それでも栞は健気ですから、不登校や引きこもりなんていうのには、これがなりませんでした。心が強かった? いいえ、ボロボロの精神でした。履き潰したローファの如くです。

 それでも学校へ行っていましたのは、いったいなんでかと申しますと……父に、心配をかけたくなかったのです。父の信幸(のぶゆき)には、とても懐いていたものですから。

 父は信幸、母は美代子。美代子は、父の再婚相手ですから、血の繋がりはありません。

 その美代子が……また酷いこと。信幸がいるときは良妻(りょうさい)然として振る舞いますが、栞と二人の時は言葉の暴力が絶えません。手をあげることもありました。そう……虐待でございます。

 しかし栞、イジメや虐待のことを誰にも相談なんてできやしません。

 これは、恐らく栞に限ったことでは無いですね。みんな、センセーショナルなことは家族にはもちろん、知人にも相談しにくいでしょうと思います。まして、旧友なんてのができている年頃じゃないです。生まれてたったの十四年ですから。大人ならまだしも、古い親友がいて、深刻な悩みも打ち明けられる人ができているかもしれない。でも、栞はまだこどもです。話せる相手なんて見当もつかないし、まぁそもそもと言ってはアレですが、そういう選択肢も頭に無いんですね。日々を、目の前を生きるのに精一杯な年頃です。

 ただですね、この栞。ひとつ、誰にも漏らさぬ、むしろ隠し続ける理由があったのです。大好きな父を、困らせたくなかった。

 まぁですから、栞は……ほんとーに、本当に孤独でした。

 しかしっ――」

 釈台が一度打たれる。

「――今は違います。たった一人の、親友ができたのですから」

――パンパン!

「不幸を重ね着、向かう家路は死ぬより辛いか生き地獄。帰りたいのは母のもと、本当の母の腕の中。それは叶わぬ蜃気楼」

――パンッ!

「閑静な住宅街、一戸建て。学校から帰宅した栞は下駄箱にローファーを入れて、棚から出したスリッパを履いて静かに二階へ上がろうとするが、今しもリビングから出てきた美代子が睨みつける。

『帰ったなら顔くらい見せなさいよあんた。気持ち悪いわね、幽霊みたいに』

『ご、ごめんなさい……』

 この前は、いちいち陰気な顔なんか見せるなと言ったのに、この始末だ。

『は? 何よ……その顔は。なんか文句あんの?』

 必死に首を振る栞だが、美代子はパンッとその顔を平手打ち。

『あんたなんかさ、いなくなっちゃえばいいのにねー? 学校だって虐められてんでしょ? あんたが鈍臭くてキモいからなんだよ。分からないの? かーわいそ』

 何を喋っても火に油。必要なのは、謝りでなく沈黙。相手が気の済むまでジィッ……と大人しく耐えるんですね。そうやって、栞はやり過ごしてきたんです。

『なんか言ったらどうなのよ気持ち悪い。うんともすんとも言わないで、目障りなことだけする。あんたみたいなの、なんていうか知ってる? 教えてあげようか、害虫って言うんだよ』

 こんなふうに、いつも虐げられていた。出会った当初から、あまりこの二人ウマが合わなかったんですね。

 そんな折、巷で人気を博し始めていたスマホゲーム、『つどえ! どうぶつの山』をなんとなく始めます。現実逃避、きっと可愛い世界に癒されたかったのでしょう。

 のんびり自分の山を切り開いてゆく、ほのぼの育成ゲームです。他のプレイヤーと共同開発できるシステムがあって自由にチャットができるのですが……」

――パンパン!

「そこで出会ったのが、歯に衣着せぬ物言いをする、当時同じ中二の少女でした。

 もちろん、彼女の言うことが本当なら……の話ではありますが。少なくとも栞は、信じて疑いませんでした。その相手はなんと、自分と同じイジメられっ子。似た境遇や趣味の話を重ねるうちに、二人は自ずと親密になります。

 栞にとっては、これが初めての親友になるわけでございまして、中三の今は頻繁にやり取りをする間柄。ただし、ネッ友ですのでチャット内だけですが。

 相手のプレイヤーネームはナツメ、栞はミヤリというネームを使っています。ナツメはクマの着ぐるみ、ミヤリはウサギです。

『やっほ、帰宅したよー。ミヤリいる?』

 二頭身のクマが手を振り、チャットは開始。ウサギが、とことこ周りを動いてございます。

『私も帰ってきてるよ! ナーちゃんは、今日は平気だった?』

『いつものことだけど、散々だったわ。あいつら絶対、地獄落ちるよ。酷い目に遭うから。たいして自分たちだって魅力無いゲスなくせにね。ミヤリをいじめる奴らも、後悔することになるよ』

『さすがナーちゃん強すぎだよ。でも、なんかそう言ってくれると、私もスッキリしちゃうから。なんだろ……不思議』

 リアルではどうか分かりませんが、ナツメはこうして過激な発言が多く、控えめにしか話せない閉じこもり気味の栞とは違う。栞はそんな彼女の言葉に、いつも励みや勇気をもらっていました。

『ウチはミヤリの味方だからね、ずっと』

 クマは腕を組んで、ウサギは泣くジェスチャー。

『なーちゃん……ズッ友だね』

『もち。ズッ友ね。そういえばさ……いきなりだけど、こんな話聞いたことある?』

『ん、なーに?』

『お怨みサマ……って言うんだけど』

 怪しげな言葉。栞は一瞬怯みます。

『知らない……なに?』

『掲示板で見たの。あるアドレスにね、憎む相手の名前をメールしたら、お怨みサマが呪いをかけてくれるんだって』

 ああ、なんだネットオカルトか。栞は画面越しにクスッと笑います。

『それ、ほんとー? 怪しくない?』

『いや、ほんとらしいよ。どう? 一回さ、試しにやってみない?』

 というわけでアドレスがそこに出まして、二人してそこへ送ってみようとなる次第でございます」

――パパンッ。

「さて、次の日学校へ行きますと……おや、様子がおかしい。なぜかクラスが騒々しいのです。教室の外に、野次馬が溢れていました。隙間を縫ってクラスへ入ると、その光景に驚く栞。

 ドンッ、ドンッ……わけもなく無表情で、ひたすら頭を黒板に打ちつけている女子。後ろからは、男子数人がかりで必死に止めている様相。

『おい! 早く誰か先生呼べって!』

『やめなよ! どうしたの美里ッ!』

 奇行を見せるこの女生徒……実は、栞を虐める一人で名前を北村美里と言います。

 栞がメールで送った名前は……『北村美里』です。

 まさか、お怨みサマの……ごくりと生唾を飲んで、自席へトボトボと迎う栞。

 それにしてもシュールな光景。あの、威張り腐っていた北村がこんなマヌケなことしているなんて、面白おかしくそれは映ってしまう。ちょっと笑いそうになる顔を、栞はそっと堪えました。

 まぁ、人間誰しも、嫌な相手が不幸にあったら、ちょっとザマァ見ろなんて思っちゃいますよね。

 さてその後、北村は保健室に連れて行かれ、結局のところ早退します」

――パンパン。

「帰宅した栞は、真っ先にゲームにログイン。ナツメの方ではどうだったのか、知りたかったのです。

『おかえり。早いね今日は』

『うん。それより、今日学校で――』

 起こった不可思議なことを、そこで話します。

『ていうことがあって。ナーちゃんはどうだった?』

『ウチも一緒。酷い目に遭ってたよ。笑える、ざまぁだね』

『なんか酷いかもだけどさ……私も、ちょっとそんなふうなこと考えちゃった』

『だって自業自得、因果応報だもん。酷くないよ、当然の報い』

『まぁね、そうだよね』

『このまま、みんなお怨みサマに呪ってもらお。みんな、報いは受けるべきだもん』

『でもさでもさ、偶然かもだよねこんな。なんか本当だったらちょっと怖いかも私』

『偶然じゃないし、怖くないよ。ねえ、もう一回送ってみよ。そしたら分かるでしょ。一日に三人まで送れるみたいだから、今度は三人ね』

『え、うん』

 再びメールを送ります。

 『田村明子』『吉田美帆』『後藤潤』の三人。田村と後藤はクラスメイト。吉田は他クラスで、いずれも虐めの主犯格です。散々悪口を浴びせ、嫌がらせを強いてきた者達だ。

 本当だとして、なら今度はどんな奇行を見せるのか。面白半分な気持ちと、いけないことをしているような迷い……そんな好奇心と罪悪感を詰め込んだ気持ちで、明日を迎える栞でした。

 ところがです……後で、栞はえらく後悔することになる」

――パパン。

「翌日。三人の姿は、とんでもないところで発見されました。

 西梅津中学というのは、校舎一棟が縦長にドーンとございまして、五階建てです。一年から三年まで階で分かれております。一階には職員室と下駄箱、教室はありません。五階は音楽室や美術室があります。二階から四階までに各学年のクラスが五クラスありまして、それぞれには多目的スペースが存在します。

 田村は四階の多目的スペースの柱に、左半身が埋め込まれた形で。吉田は校庭で砂を大量に飲み込んだ形で、後藤は下駄箱に無理やり詰め込まれた形で。もちろん、全員事切れておりました。只事じゃない状況、当然ながら学校は休校……大騒ぎとなってしまいます。

 栞も帰宅を余儀なくされた。帰り道、まさか自分のせいでみんな……そう思うと罪悪感がぐわぁっと押し寄せ、手が震えてくる。まるで自分が殺めたように感じてしまいます。

『怖い、どうしよ……わたし……』

 こんなことになるなんて思ってなかったわけです。昨日みたいな、おかしいことが起こって終わりと思っていたのです。もしこれが本当に呪いのせいだとしたら……胸騒ぎは止まりませんでした。

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