第五席【だんたりおん?】
覚える順序は、読み・声・調子――衣笠部長は言った。
『読み』……台本無しで読めるは基本。見た目のこともあるが、台本があると頼ってしまうため、読めはしても聞かせることができない。
『声』……声量や抑揚をもってして、ト書きとそれぞれのセリフを違和感無く読み分けることは、聞き手を飽きさせず没入感を生むために欠かせない。
『調子』……講談の醍醐味と言える部分で、耳に良いテンポやリズムで表現することは、聞くストレスを与えない。
「――ということで、二人にはまずこの短い台本を覚えてもらって、読み上げられるかを一ヶ月後にチェックします。ここでは、読むことができていればそれでいいわ。
出来栄えによって、これからを決めたいと思っているの」
田浦さんがすかさず問う。
「発表会に出させてもらえるかどうか、ですか?」
「私たち同好会は年に数回、観覧希望者を募って面前で発表をしているというのは話したわね。そこには、自由参加で出ていいわよ。
ただし、半年に一度の他校を交えた合同発表会は、上級生全員の認めが必要。というか、枠が限られているから。
ちなみに、一年生で出た人はいままで誰もいないわね。ただしそこは力量とセンス次第。嫌がらせで出させてこなかったわけでは、もちろんないわよ安心して。ふふ」
「あそこに貼られてますけど、次の定期会って五月ですか?」
全く気づかなかった、ロッカー脇に縦長の年間スケジュールのカレンダーがあったなんて。
「そうね。六月は試験があるから、その次が七月になって、八月は合同発表会という感じかしら。あなたたちはまだ入ったばかり。五月は難しいから、もし定期会へ出るなら七月ね。
今回の課題は試験というよりどちらかと言えば、あなたたちの適正判断の場。どんな物語やジャンルに向いているのか、はじめ誰にメインで指導をさせるか、そういう方針を決めたいというところなのよ」
じゃあ玉縄先輩とは、まさかあまり関われなくなるなんてことが……?
「その……せ、先輩達にそれぞれ教えてもらうってことじゃ、ないんですか」
「ううん、みんなから教わればいいわ、誤解しないで。あくまで、とっかかりになる始めだけ、誰にメインで教わるかを決めるだけだから。はじめから、いろんな人にいろんな事言われても混乱するでしょ?
さ、二人とも頑張ってね。未来の部長はあなた達二人のうちどちらかになるってこと、忘れちゃダメよ。
私たち三人はいつでも相談乗るから、困ったり行き詰まったらまず抱え込まずに言ってみること」
「あのっ部長。それなら私、課題を……別の話でやってもいいですか。これは創作ですよね。講談の演目を頭に入れたいんです」
「え……まぁそれは良いけれど。でもまずは、同じ課題をやってみて。あの台本は、素質と傾向がよく出るものだから。さっきも言ったように良い指標になるの」
「それクリアしたら、じゃあ良いですか?」
「良いけれど、本物の演目は大変じゃない? 言葉だって……」
「やってみます! それでわたし……もしできれば大名花屋を覚えたいんです。だから……教えてもらえませんか!」
「あぁ、そういうことね。っふふ」
だいみょう、はなや? ポカンとする僕に気付いた部長は説明してくれた。
「大名花屋っていうのはね、こう書くの」
メモに書いた、その字の美麗さは印刷物と変わらない。そこに僕はまず驚く。
「講談の演目でね、田浦さんに聞いてもらったのよ。中原君が玉縄さんのを聞いたように」
「衣笠部長お願いします。私、まずあの話をやりたいです」
「分かった。ひと月後の課題発表終わったら、私が書き下ろした台本があるから貸してあげるわ」
「っ……ありがとうございます!」
田浦さんのこんな晴れやかな笑顔初めて見た。
目標が早くも出来上がっている彼女のそんな志が眩しくてか、自ずと台本に目が落ちる。まぁまずはここから。千里の道も一歩からだ――
⭐︎
それからというもの必死に覚え、台本無しで読める程度には至った。暗記が結構得意なのが、奏功したようだ。
しかし気は抜けない。この日も部室で読みを繰り返しだったのだが、セリフを練習していた田浦さんがうまいものだから、ついつい聞き入ってしまう。
透き通る声に、滑らかな読み。読み聞かせるように、ちゃんと言葉を綺麗に出る……そんな印象で、アナウンサーのようだ。
「……なに?」
「あっ、ごめ……う、うまいからつい聞ちゃって」
「そっちはどうなの。結構、頭に入ってるみたいよね」
クールな目つきは僕を見ない。
「まぁ……暗記は得意、というか」
部屋の対角線で座る僕らに沈黙数秒。
「そう言えば気になったんだけど、張り扇ってあるでしょ?」
「先輩たちの持ってる白い、パンパンするやつだよね」
「そう。あれ、どこで売ってるのかしら。ネットで探しても見つからないのよ」
「あー。ど、どうなんだろうね」
そういえばあの形は見たことがないな。
「今度聞いてみるほかないか。形から入ろうとしているみたいでやだけど、道具は持っておきたいじゃない?」
「そうだね、道具にも……あれだよね、慣れておきたいしね」
すると、部長が入室。しかし、誰かと一緒だ――と、思いきやその見た目。魔女のとんがり帽子に見覚えあり。僕もそうだが、魔女もまた僕と合った目を丸くさせる。
「おや、いつぞやの迷える迷い子ではないか」
部室に向かう道をあの日、教えてくれた人だ。
「あ、あっ、あのときは……そ、部室を教えてくれて、ありがとうございました」
「ふはは、気にするな。迷える者を導くのも、我らの役目なのだ。しかしそうか……君はやはり、ダンタリオンに――」
「だんた……?」
「あら、面識あったのね中原君。田浦さんは初めてかしら、この子は星丸さんよ。
星丸さん、この二人が新しく入った中原君と田浦さん」
僕らは、揃って頭を下げる。
「星丸さんはオカルト研究部の部長でね。実はこの部室、オカケンから借りているのよ」
「私達の備品は、いかんせん高価なものが多い。満月のエネルギーを蓄えた水晶玉や、魔女が手描きしたアンティークタロットカード、百年生きた猫のヒゲを編みこんだアミュレットとかな」
最後の何に使うんだろ。というか胡散臭い。
「ゆえに、専用金庫を借りているのだ。それに部室で活動をするわけでもない。先先先代のまた先代の時は、ただのガラクタ置き場になってしまっていたものだから、貸してやったというわけなのだ」
黒いマントが、腕を組んだことで揺れる。シルクだろうか、滑らかで光沢があり、高そう。
「というわけで、切っても切れない縁がオカケンとはあるのよ」
そこで田浦さんが、僕も気になっていたことを聞く。
「さっき言ってた、ダンタリオン? って何ですか」
「それは星丸さんが勝手に呼んでるだけ。まぁ、その呼び方も受け継がれていってるのよね。先輩たちもそう読んでた」
「知りたくば、教えて進ぜよう。ダンタリオンというのは、悪魔の名前なのだ」
「悪魔?」
「そう、悪魔だ。悪魔学における代表格と言えような。君達は、グリモワールという言葉を聞いたことがあるか?」
始まってしまった……という顔つきの部長を横目に、田浦さんが回答する。
「知ってます。レメゲトンのやつですよね。悪魔の使役についてやなんかを書いた」
なんで知ってるの怖い。
「うむ、まさしくだ。そういった、悪魔学の書物を一括りに示すのがグリモワールなのだ。
そのグリモワールに、さっき君の言ったレメゲトンというものがある。その第一のタイトルがゴエティアというものなのだが、そのゴエティアによれば、ダンタリオンとはこう書かれるのだ。
七十二体の魔神が一人、地獄で三十六の軍団を束ねる大公爵、序列七十一番、ダンタリオン――と。
その力は恐ろしく、人の心を意のままに操り、他人の秘密をも明らかにしてしまうのだ。学術知識も群を抜いて高いとされる。
講談とは、高い知識とその話芸で人の心を惹きつけて離さず、嘘の話でも信じ込ませてしまうというではないか。まさにそれは、人心を操る悪魔――ダンタリオン。そう名付けたのが、もう何代も前の部長であったと私は聞いたのだ」
「……というわけでね。まぁ、そんなことよ」
部長は苦笑いだ。田浦さんは顔色変えず、そうですかと一言。僕はというと、なんだかカッコいいなんて思ってしまった。
「実は衣笠君もそうなのだが、金沢君もしかり、オカケンは世話になっているのだ。
表にはしてないが、オカルト的物語を彼らから提供してもらって、それをもとに劇をやったりしている。文化祭の出し物でな。それは毎年好評で、非常に助かっているのだ。
だから存続の危機とあれば、我が部から送り込もうと思ったが、その必要は無くなったようで何よりなのだ」
そんな深い繋がりがあったとは。ということは玉縄先輩が部長になれば、またオカケンの部長とこのやり取りが生まれてゆくと……大丈夫だろうか、玉縄先輩。
そんなこんなでこの日は、魔女の正体が判明。持ちつ持たれつの関係であるオカケン部長、星丸先輩であった――
その日の帰り道、僕は奇跡的な出会いをする。最近部室に来ない玉縄先輩が、なんと僕の家付近の公園を、制服にリュックでうろちょろしていたのだ。
もしかして家が近いのだろうか、なんて考えていると。夕日を背に駆け寄ってくる先輩は満面の笑みだ。
「ありゃー!? なに、こんなところでどうしたのズッキー」
玉縄先輩は、人をあだ名で呼ぶ癖があるらしく、僕はズッキー。田浦さんはミーちゃん(本人は気に入ってない様子)となっている。
「あ、いえその……僕、家ここの近くで」
「あ、なるほどね。そかそかぁ、ここズッキーの庭か」
庭ではないが。
「た、玉縄先輩も……近く、なんですか?」
「ううん全然。こんなとこ初めてきたよ?」
予期せぬ回答に僕は二秒固まる。
「え……あのじゃ、どうしてこんなとこに、こんな時間に。いったい、どうしたんですか?」
「あたしね、知らない場所を歩くのが好きなの。知らないもの知ったり、知らないとこに行ったりするのが好き。だから、創作するときにはいろんなとこ出かけるんだぁ」
「あ、なるほど物語の創作のための、えっと……ルーチンってやつですか」
「そだねっ、そんな感じ! 声に起こす時は、こもるけどね逆に。
うーんでも、今日はまだダメだなぁ。明日はまた隣の駅まで行ってみるかー」
「そんなにいろいろ行くんですね」
「街の中、お店、自然の中とか。行った事なければどこでもだいたい。あ、課題出されたんでしょ、どう? できそー?」
「はい、なんとか頭には入ってきたので」
「わおすごいじゃーん! 応援してるよ」
「そういえばって、言いますか。あの、張り扇って」
「あーはいはい! あはは、どした探しちゃったまさかー?」
「い、いえ……今日、田浦さんに言われて。そういえばみんな、どこで買ってるんだろうって」
「あれは買ってないよ、作ってもらったやつなの」
「え、誰にですか?」
「先輩に。あたしたちは先輩に張り扇を作ってもらって、上級生になったら今度は張り扇を作ってあげるの」
「あれ、作れるんですね……」
「できるよ。あたしは一年生の終わりに教えてもらって、だから今は作れるんだぁ。
昔は、張り扇を持てるのは三年だけだったみたいだけど、今は関係なく先輩に作ってもらえたら持てるようにはなってるね。
あっ、じゃあ今度の課題、うまくできたら作ってあげよっか?」
さらっと出された申し出に、僕の心は雷に打たれたようだ。
「ほほ、ほ、ほんとですか!? 僕、欲しいですッ」
裏返った声がみっともないが、もう遅い。
「はははっ、イイよー! ではでは、そろそろあたしも帰るよ」
「あ、あの玉縄先輩、は……部室あまり来ないんですか?」
「考えてる時だけね。金さんよりは全然行くよ? だからあたしのこと忘れないでね。じゃまたねぇズッキー!」
「は、い……」
よかった、とホッとする僕は、跳ねて歩く元気な姿をアパートの窓や街路樹染める夕日越しに見送って、以降は今まで以上に課題に打ち込むのだった。




