第二十五席【新たな課題】
文化祭の公演でナニカを掴めた僕は、次回の十二月定期会で文化祭と同じ演目『恋花火』をやるのか、それとも他に変えるのか……その選択を迫られる。
あれこれ散々考えた結果……僕の決断は、他の物語を読む――になるのだった。
『恋花火』を玉縄先輩たちの前でもう一度読み上げたのだが、あのとき同様に出来ていたので、それならば挑戦をと思ったのだ。
そうなると今度は何を読むのかだが、先輩たちの残した台本から、『七葉探し』というものに決めることに。
片田舎の中学校では、四葉ならぬ七葉が春に出るという噂があり、それを追い求めて中学生が奮闘する物語だ。結局七葉は見つからないが、その噂の真相が分かるラストに、ひねりが効いている。
きっと物語の中身は、こちらの方が断然面白いだろう。今度は、これをあのときのように神田櫻山がごとく調子で読み上げる――それが目標であった。
しかし……早々に険しい壁にぶち当たる。
この日、部内で読み上げてみると、文化祭の時のような調子は出ず……以前同様、ある程度サマになっている具合にしかならなかった。
「ズッキい……なんかぁ、普通になっちゃったね?」
「っ……すみません」
「あーいやいや謝ることはないけどさっ!
でもどーしてなのかなぁー。恋花火はだって、あの時と同じように読めるのに、どうして七葉探しはダメなんだぁ? 謎い……」
一度『七葉探し』を読んだ後に『恋花火』をやった結果、後者はうまくできていた。
つまり……
「中原君は……『恋花火』だけが、上手くなったということになるのかしらのね」
田浦さんの言う通り、これを読む時しかあの調子が出ないことが判明したわけだ。これはきっと何か原因があるはず。でも、原因っていったいなんだ……?
「じゃーさ。ズッキー持ちネタとして、今後はそれ一本でいく?」
「え、それは……」
先輩たちは、いくつも物語を読んでいる。僕もそうなりたいし、少なくともみんなと同じくらいの長さの物語を、という気持ちが強くあった。
そんな気持ちを田浦さんが代弁する。
「中原君、あれから長いのも読んでみたいって言ってたものね」
「うん……まぁでもこれじゃ前と変わんないよね。中途半端な出来栄えなら、玉縄先輩が言う通り、同じものの方が良いかもしれない。本番だって分からないし。
でも、他のに挑戦したいのもあって……なんとか、本番までに磨ければ良いんだけど……困ったな、どうしよ」
しかし、そこで声が上がる。
「あ、あたし分かっちゃったかも。ズッキーが今できてない原因!」
「えっ!? 本当ですか……?」
「きっと、本番で成功しないと出来ないんじゃない? だって、文化祭で成功して、それからは読めるようになってるわけじゃん? だから、今度も本番でグオーって秘めたるチカラみたいなのを解放して、うまく『七葉探し』を読めたら、それからは読めるよーになるんでないのかぁ?」
「ちょっと玉縄先輩……ゲームじゃないんですよ。スキル習得みたいなの、無いでしょ。
もっと根本的な何かがあるんですよ、きっと。真面目に考えてください」
「真面目だもん! じゃあミーちゃんは、どーしたらいーと思うの?」
「それは……その、分からないですけど。でも、例えば練習の量……とか」
とりあえず今は、練習をして磨き上げる他ないか。諦めないでやったことで、文化祭の一席を成功できたのだから。あの感覚を、もう一回取り戻そう。
「あの……二人とも、ありがとうございます。僕とりあえず、本番までもっと練習を繰り返してみます」
ということで、それからはみっちりと練習をすることに。
⭐︎
十二月定期会、演者演目――玉縄万智華『奇跡の一点』、田浦道葉『玉菊灯籠』、中原一希『七葉探し』。
二人とも順調。対して僕は……全くダメに終わった。
「なんで……どうして、出来ないんだよ。全然違うじゃんか。何がいけないんだ――」
定期会後の控え室。ひとり暗澹として床に座り込んでいると、田浦さんが声をかけてきた。
「――中原君? へい、き……じゃあなさそうね」
「……どうしてだろ。ここまで出来ないなんて、これじゃなんも変わってない」
「まぁ、そうね……それなら恋花火に変える? これからは十八番にしてやってみるってのも、アリなんじゃない?」
「分かんないんだ……どうすれば良いのか、なにも」
どうして、文化祭の時のようにできないのか。その理由が、いくら考えても見つけられない。数学の難問にぶち当たったような気分だった。
そこで隣に座った田浦さんは、何気なくこんな話を始める。
「楽しく噺ができなきゃ、聞いてる方もつまらない――よく、おじいちゃんが言ってたの」
「落語家さん……だったんだっけ」
「そう。楽しそうに噺をしてたのよね、いっつも。だから、ついつい言葉の意味が分からなくても聞き惚れちゃうの。あとから、これってどういう意味かって聞いて。だから勉強にもなったっけ」
「そうなんだ……」
「文化祭……中原君も、そんなふうに見えた。読んでる姿、楽しそうだったから、ほんとに。
楽しいっていうのは、単純に胸が躍るとかワクワクするっていうだけじゃなくって、そこに全身全霊が注ぎ込まれてるような、そういう全力感、物語との一体感みたいなものを含んでると思うの。
だから、ちょっと滑舌が悪くても少しミスをしてても、そんなのは気にならない。たぶんみんなそうだと思うわ。
聞かされるんじゃなくて、いつの間にか体感させられてるの。その世界を……」
「……世界」
「私は中原君が好きな世界を見てみたい。あの物語でもいいし、他のでも。中原君が、本当に好きって思える物語……読んでて楽しいって思える物語を、私はもっと聞いてみたい。そういう人の読んでる姿は、すごい引き込まれるのよ」
このとき僕は、はたと気付くわけだった。どうして、文化祭の時のように入り込めなかったのか――?
『七葉探し』は、面白いと思った物語だ。そして、読めばきっと『恋花火』より中身が濃くてウケるはず、そんなふうに考えていたのだが……そもそもその思考が、誤りだったのではないか。
本当に選択すべきは、『恋花火』のように自分がまず没入できるものでなくてはならなかった。そのためには自分を重ねられる人物が、その世界にいないといけないのかもしれない。『七葉探し』には、それがいなかった。憧れるキラキラした人物のみで。
ならば、僕のすべきは自分が没入できる人物が登場する物語の精査、もしくは創作……となるはずだった。
「田浦さん……ありがとう。なんとなくでも、少し道が見えた気がするよ」
「そ、良かった。じゃあほら、行かなきゃ。玉縄先輩が三味線部の人達に絡んでるから、早く止めないとまた右京先輩に言われちゃう」
二月定期会……創作は、今からだとたぶん間に合わないだろう。だからそこまでに、挑む物語を精査することになるだろうか。もしくは田浦さんの言う通り、『恋花火』をより極めるという手もある。
恨むらくは、田浦さんの言葉で気づきは得たとして、いまだこの葛藤が消えることは無い。
⭐︎
十二月は、その異名を師走という。
年末になると、各所から読経などの法事を頼まれることが多い僧侶(師)は東西へ忙しなく走り回るので、そこから『師が馳せる』つまり師走と名前がついたらしい。(玉縄先輩談)
僕らにとっての師走もまた忙しない。定期会が終われば定期試験があり、人によってはクリスマスという一大イベントが到来するわけだ。
まぁでも最後のに関しては、僕にあまり関係がない……はずだったのだけど、なぜか玉縄先輩からお誘いがかかった。予定があるか聞かれただけで、『もちろん無い』と言った僕に、『じゃあ駅前のデッキで待ち合わせね』と返信が来て……それだけ。なので、どこに行くかも分かっていない。
二月定期会でどうするかを悩んでばかりいたくせに、この誘いがあってからそんな悩みはどこへやら。喜びの感情に押し流されて姿を眩ませてしまったのだから、僕も大概であろう。
――クリスマス当日、十時半。僕は放心状態で立ち尽くしていた、四十分前くらいから。
「ごめーん、お待たせぇズッキー!」
「玉縄先輩……! お、お疲れ様です」
ニット帽にマフラー、ふわっとしたパステルのジャケットを着た玉縄先輩の吐く息は白い。
「途中で側溝の隙間みたいなとこにスマホ挟まっちゃってさぁ」
「え……大丈夫だったんですか?」
そんなことあるんだ。
「うん、へーきへーきぃ。でもきょーめっちゃ寒いねぇ! あそだ言ってね、あたしホッカイロいっぱい持ってるから。ほらっ!」
リュックの前ポケット、全部ホッカイロだ。
「あぁ……ありがとうございます」
「よおうし、それじゃ行きますか!」
「あの、どこへ行くんですか……?」
「あれ言ってなかったっけ?」
「はい」
「ごめんごめん、じゃサプライズで!」
きっと、寄席とか講談の聖地巡礼とかになるのだろうと僕は思っていた。しかし――
「え。ここって……」
「江ノ島すいぞっかーんッ!」
思ってたのと全然違う! これじゃまるで……
「ズッキー顔怖いぞ。もしかして、水族館のにおいやな人?」
「え、いえ……すみません全然! むしろ好きです」
「好きっていうのも凄いな。までも良かった! ほいじゃあ行きましょー!」
しかしやはり、オチはあったのだ。
「はい、お二人ですね。カップル割引で、五百円引きになります」
「やったぁ!」
「あ……」
玉縄先輩はクリスマスを選んだのではなく、割引になる日を選んだのだった。思い返せば、玉縄先輩いっつもクーポンとかたくさん装備していたっけ。
一人でクリスマスをめちゃくちゃ意識していたのがなんとも恥ずかしい。
「おーいズッキー? 行こーよー」
「あ、っすみません、いっいま行きます……!」
それでも誘ってくれたのには変わりない。でも、それはどうしてなのだろう……なんて思ったが、考えるのはもうよそう。玉縄先輩は純粋に誘ってくれたんだ。僕も純粋に、楽しむべきだろう――




