第二十四話【挨拶回り】
結局、料理研究部のワークショップへ玉縄先輩を誘うことは叶わなかった。言い訳じゃないけれど、もう少し仲が深まってからでもいいだろう。勇み足になって、足を滑らせたら大変だ。
それに、副部長に就いたことで、玉縄先輩との時間は思いがけず増えることになった。理想のポジションが願ってもなく手に入ったのだから、ここからチャンスはたくさんあるはず……部活も、恋も頑張らねば。
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十一月四日。すっかり暑さも落ち着いてきた頃。放課後の校舎を歩く僕ら三人は新体制。ということで、僕と田浦さんは玉縄先輩に連れられ、関係する部活動へ挨拶回りを敢行。
まずは三味線部。僕ら一年にとっては、出囃子を作ってもらうので重要な相手となる。定期的へ参加してくれる相手の一つだ。
三味線部なので、当然のこと三味線を練習しているとばかり思っていたのだが、そこでは笛や小さい太鼓なんかも練習している様子。
和楽器を扱う部活動が合同で使っているのだろうか。辺りを見回す僕の前で、親しげに声をかける玉縄先輩。
「さくちゃーん、一年のズッキーとミーちゃんだよ。ズッキーが副部長なの。期待の新人だあ!」
「よ、っよろしくお願いします……中原一希です」
「田浦道葉です、よろしくお願いします」
「ウチは新部長、二年の右京さくら言います。こっちのは、副部長の中曽根葉月。どうぞよろしゅう」
前髪斜めカット、気位が高そうな人が右京先輩。定期会で見たことがある人だ。タレ目で三つ編みの温和そうな人が中曽根先輩。この人は見たっけか……なんて思っていると。
「中原さん」
「っはい……?」
「さっき、三味線部なのに別の楽器がなぜ……なんて不思議に思ったんと違います?」
見透かされた。
「ああ……はい」
「別に。ここにおる連中、どこぞの無関係な部活動というわけ違いますよ。
ウチらの部、正式名称は長唄三味線部言いましてね。長唄言うのは、江戸時代に発展した歌舞伎の音楽のことです。笛とか太鼓、唄なんかももちろんありますんで、ウチらはそれぞれを専攻して学んでます。
いろんな楽器扱ってますけどね、みんな同じ方向向いてやっとるんですよ。まそうですね……吹奏楽部と似て非なる、と言えばイメージできますか?
それで、中原さんと田浦さんですか……あなた方の希望があるようであらば、どないか先に聞いときましょか」
田浦さんは真っ先に答えた。
「私は、目黒に由来するようなものを希望です」
「はぁ、めぐろですか……それは、東京のめぐろでよろしいです?」
「はい。『目黒のさんま』という落語の演目があって、それが好きだったので」
「あぁ、そういう……わかりました。ほんなら中原さんは?」
「ぼく……っえ、と……」
「何かあります?」
「ああ……」
どうしよう、希望がなければ、やる気ないのかコイツなんて思われちゃうかも。
「中原さん」
「はい」
「別にそんな難しく考えんでも。卒業後の進路聞いてるわけと違うんです、なんでもええですよ」
「ズッキー、無いならないで良いんだよ? さくちゃんも別にこう見えて、優しいから。ないんかーい! みたいなこと言わないから。頭叩いたりしてこないから」
「や。ウチをどう見てますのあなた」
「ゆるキャラグッズをクソほど集めてる、エセ関西弁女子?」
「ちょーッ! サラっと要らん情報ゆなっ!」
「ええなんでよー? 別におかしくないじゃん、あたしは良いと思うよ」
「あんたにとっての良し悪しなんて、別にどうでもよろしいわ。ほんなら、ウチも言ってあげましょか? あんたの秘密。夜にチンアナゴの抱き枕抱かないと寝れないて」
だから合宿のとき荷物が多かったんだ。
「今度貸してあげよか?」
「や要らんわ。どうせよこすなら新品にせい。抱き枕借りるなんて人おると思います?」
「いないんじゃない。だってぇ、あたしだったら他の人が使ったのやだもんね」
「じゃなぜ言うたっ! はあぁ……そんで、中原さんどうです? なんかありました?」
「僕は特に、希望は……あ、でも」
「でも?」
「明るいものが、いいです」
「そうですか、分かりました。中曽根、あなたは目黒の方できますね?」
「はーい任せてぇ。頭にいまイメージもわいてきたとこぉー」
「ほんなら私は、あなたを担当します」
ということで僕らはそれぞれ少し離れて、目の前で演奏を聞かされることになる。
「中原さん、今から短いのやります、それ三回。どれがよろしいか言ってくれます?」
「わ、わかりました」
一回目は華やかな印象で小気味のいいテンポ、自分が出る時には少し明るすぎるだろうか。
二回目は、落ち着きのあるゆっくりなテンポだが、音の上下が面白くて華がある。好みかも。
三回目は、主張のある独特な始まりと安定したテンポで、これもイメージがわく。
「どうです? どれがよろしいか言ってくれます?」
「あーえと……二回目と三回目が、しっくりきます」
「そうですか。ほんなら次に二つやりますんで、また教えてくれます?」
演奏を聞いた結果、迷うことなく僕は決めた。それは、二回目だ。
玉縄先輩の出囃子と表裏一体のようだったのだ。玉縄先輩のは、おちゃらけた明るさを醸す出囃子だった。いまの演奏は、その対極でしっとりして落ち着いているが、遊びのように高い音が飾られることでとても奥行きのある華やかさ、明るさを感じる。つまり、玉縄先輩とは違う明るさの種類をここに見出したわけだ。
「僕、これがいいです……!」
「あら、仲の随分とよろしいことで。玉縄さんとなんぞ申し合わせでもしたんですか?」
「どういうこと……ですか?」
「あなた方以外、衣笠さんも金沢さんも長唄から持ってきてましたから。
要するに、いくらかあるジャンルの中で他の人らが選んだことのない同じジャンル、これを直感的にあなた達は選んだ言うことです。
向こうさんも、どうやらあなた方とは違うようですし」
田浦さんも決まったようだ。
「まぁ言うて、ウチはあなた方みたく端唄の方が好きなんですけど。ほんなら、他の楽器担当と調整してから音源渡します。それまで楽しみにしとってくださいな。
それから、早くあのお馬鹿さん摘み出しといてくれます。放っといたら、要らんことばかりやらかしますから」
目を向けた先には、楽しそうに太鼓を叩かせて貰っている玉縄先輩。見当たらないと思ったら……本当にいつも目の前のことに夢中になる人だ。
さて、次に向かうはオカルト研究部。部室を借りていることはもちろん、定期会の常連でもあり、特に密接な関係性を持つ相手。
イメージでは、魔法陣とか水晶とか禍々しいナニカがありそうな感じだったが、部室は綺麗に片付いておりむしろ整然としていた。雑に置かれたものがなく、うちの部室とはえらい違いだ。みんな几帳面なのだろう。
「おお、良く来たね。待っていたのだ、選ばれしもの達よ。私は知っての通り新たな道に踏み入れることとなったが、これからはこの者らがキミらの導き手を担うのだ」
「改めまして、手前は虎織麻央と申します。姫乃さま……あ。星丸先輩には遠く及びませんが、古神道をはじめ日本の神秘を研究分野にしています。なにとぞ、よろしくお願い申し上げます」
控えめかつ落ち着き払った印象で、髪を後ろで束ねる筒状の髪飾りが巫女みたいな人。僕の練習にも、星丸先輩とともに付き合ってくれた人だから、顔はよく覚えていた。
「そして、そこにいるのは副部長の小舟なのだ」
全く気づかなかったが、確かにそこに彼はいた。低身長の中性的な顔の男子が一人。驚くほどの空気である。田浦さんは三度見くらいしていた。
「小舟大河ですー。なんかすみませーん、なぜか気配消えちゃうんですよねー。だから、驚かせちゃうことあるかもしれないですけど、どうぞー以後お見知り置きを。
ちなみにーい、研究分野は都市伝説一般ですー。金沢先輩の心霊スポット巡りにお付き合いしたりしてましたー」
創作のときに遠出すると言っていたが、そういう場所を巡っていたのか。
そんな感じでオカケンと挨拶を済ませると、次に向かうは図書部。創作ものの台本製本や部誌製作に、協力してもらっている相手だ。
通常、図書室の運営をやっているため、部室はないらしい。図書室についている司書室がその代わりだそうだ。
「中原君と田浦さんねぇ、分かりました。副部長の伏見櫻子です。よろしくねぇ。
部長は安斉笹になりました。今日はお風邪ひいちゃってるのよねぇごめんなさい。君たちのことは伝えておくからぁ、安心してね」
というわけで、おさげ髪で物腰柔らかな、伏見副部長にしか会えず。玉縄先輩曰く、安斉部長はフランス人形のような人らしい。一度見てみたいものである。
「そうだぁ玉縄さん。卒業記念の部誌は一月までに原稿を、製本したい台本に関しては、十二月頭までに持ってきてくださいねぇ」
「ほーい、りょーかい。たぶん、全部で台本は七冊くらいになりそうだけど、へーき? 前に話してたのは五冊だったけど、残したいものが増えたみたいで」
「構わないわよぉ」
「ありがとね。じゃー、ゆっさんたちにも伝えとくね」
こんな感じで関係各所への挨拶は終わった。
三味線部、オカルト研究部、図書部……僕らと関係する部活動はこんなにもある。その礎を築いてきたのは先輩たちだ。それを壊さぬように、僕らは未来の後輩に引き継いでいかなければならない。そう思えば、歴史の一端を担うというか、責任ある立場になったと思うところだった。




