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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
28/28

第二十三席【文化祭 後編】

 スポットライトが当たる壇上は、そこだけ切り取られた異世界のよう。

 真ん中から後方にかけて椅子がズラリと並ぶエリア、ここには一般客。壇上付近の床や、壁際には在校生のグループがジャージや制服姿で、島のように固まっている。

 ガヤガヤと声が反響していたが、僕が壇上に上がるとまばらな拍手にとってかわった。

 正直……想像以上。経験した事のない緊張感が、ドッと押し寄せてくる。田浦さんの合同会でのプレッシャーなんかは、きっと相当なものだったに違いないだろう。

 手に汗握る僕は所作すらぎこちないし、足取りは重いものだった。それでも平常心を装いながら、なんとか座布団の上で居直る。張り扇で釈台を打つも、みんなのようにしっかりは出なかった。

 それでもこの動作が合図となったか、さーっと空気が落ち着いてゆく。僕の第一声を待つ視線が、針のようにこちらに向けられた。

 ご来場ありがとうございます。これから申し上げますのは……と始めるだけ。それは、とても簡単な言葉だ。

 しかし、乾いた口からは何も出てこない。

「…………」

 ここまできてから、やっと僕は気付く――座る前から既に、この場に飲まれてしまっていたことに。

 自分を殺して櫻山(おうざん)になり切る前に、既に自分が殺されていたわけだ。

 極度の緊張から金縛りのようになり、声が出なくなってしまっている。まるで、処刑台にでも立たされているような気分だった。

 それでも、必死に振り絞ろうと試みた。

「っ、ご……ら、いじょ――」

 櫻山を模倣した理想の読み、そして調子は既に頭にある。物語の内容も、完全に頭に入ってる。毎日毎日、練習したんだから当然だ。

 なのに……それなのにカラダが全く、ついてこない――!

「っ……あ……っと」

 照明がやけに眩しく、震える唇の横に冷や汗が流れてゆく。

 「どしたんだろ……」、「なに、もう演技始まってる?」、「大丈夫かあいつ、なんか焦ってね?」みたいな声が、大声を出しているわけじゃないだろうにやたら大きく耳には入ってくる。

 やっぱり定期会に出て、少しでも慣れさせておくべきだったのかもしれない。もっと、イメトレを積んでおくべきだったのかもしれない。

 声を出すだけだっていうのにッ――!

「く……あっ」

 しかし、そんなときに思いがけぬ大声が。

「よおっ! 牟佐の神田櫻山、待ってたぞーうッ!!」

 中央の椅子から立ち上がったその姿……錦戸先輩だった。

 周りはいきなりのことに、ヒソヒソしたりクスクス笑ったり。注目の的だ。

 僕はこのとき、視線から逃れて解放されたような感覚になるわけだが、それと同時に喉は驚くほど、すーっと軽くなった。

 あんなふうに堂々とすれば、なんだって立派に見えるものなのだろう。そうだ、先輩たちも田浦さんも堂々たる姿でやっていた。神田櫻山だってそうだ。なら僕だって、堂々とすれば良い。部長だって、玉縄先輩だって、緊張はするって言っていた。それでも、堂々とやっていたんだ。

 僕は玉縄先輩から言われた通り、張り扇をそこで握りしめて、決意を胸に打ち鳴らす。

――パンッ!

 やっと、良い音が出た。大丈夫、できる――

「ふぅ……ええ、今から申し上げますのはある者の片思いの記録、いや記憶でございまして」

 櫻山は、きっとこんな始め方をする。

「いやぁ、片思いとは……一途なもの。健気なものです。ところが一途ってのは、これがどうにも儚い結末ばかりを辿る。どなたもこんな恋にはさせたくないでしょうからね。ですから、戒めのように聞いてもらっても構いませんで」

――パパン!

「今しも、ここにおります男子高校生。見た目は冴えない、頭はまあまあ、取り柄と言えば背の高さ。今年高校へ入学した彼の名前は――」

 読んでる最中は、ほぼ無心だった。自分ではないナニカに、胸の中から突き動かされるような。脳で考える前に、勝手に体を動いていく……そんな感じ。

 もしかすると、スポーツ選手におけるランニングハイ、ゾーン的なものだったのかもしれない。

 そうなると、長いと思っていたものはあっという間で。

「――さて終わってみれば、しがない高校生の恋物語でございました。創作講談『恋花火』、これ実は初お披露目であったということを最後に申し上げまして、本日は読み終わりでございます――」

 頭を下げた時に、たぶん僕はいつもの自分に戻った。ふと気付くのだ、心臓が口から飛び出そうなほど高鳴っていることに。脳みそもフワフワとしていて。

 となれば、いま静まり返っている会場を見るのが怖い。

 急ぎ気味の読みだったかもしれないし、大袈裟にやり過ぎたかもしれない。聞き取りづらいとこだって、あったかもしれない。独りよがりなもので、つまらなかったかもしれない。なんて考えていると、会場には拍手がわーっと巻き起こった。

 そうか……こんなでも、自信さえ持って堂々としていれば、拍手を貰えるんだと。やって良かったと……このとき、心から思えた瞬間である。

 僕は目線を下に、そそくさと舞台袖に行くのだが、そこで玉縄先輩たちはやけにポカンとした顔だった。やはり上手くはできなかったのだろう……なんて思われたがしかし、玉縄先輩は思いがけぬ言葉をかけてきた。

「ズッキーすごいじゃん……どしたの覚醒? なにあれ、めっちゃ良かったじゃーん!」

 パシッと僕の手を取っては、満面の笑みで。

「え……ぼく、ちゃんとできてたんですか?」

「そんなの当たり前ッ! 会場だって、あんな拍手起こってたし! 自分でも手応えあったでしょ?」

「いえ……すみません、正直あまり覚えてないというか……無心でやってしまってて、記憶も朧げなんです」

「またそんなぁ漫画の主人公じゃないんだからぁ。てゆか、あーもー最初のハラハラ返せー! ハラハラ損したぁ」

「あんな惹きつけられる読み方、声の抑揚と間の取り方、語りかけるような物言い……今までと全然違うわよね。嘘みたい……あ、もしかして錦戸先輩みたいなタイプなのかしら」

 と、部長。

「タイプ、ですか?」

「分かると思うけど、錦戸先輩は普段男勝りな人なのよね。だけど、読む時だけはガラッと変わってしまうの。大人びたお姉さんって感じで、涙を誘う人情ものをしっとりと妖艶に聞かせる人だったのよ。普段の姿からは想像もつかないほどにね。

 だから、今のを聞いて彷彿とさせられたわ」

「へぇ……そう、なんですね」

「私も負けてられないわね。じゃあ行ってくるわ」

 田浦さんが出囃子を流す中、部長は高座へ。入れ替わり、金沢先輩が後ろから話しかけてきた。

「やるじゃないか。良かったぜ、それ合同会でできたらきっと良いとこいけると思う。来年さ、絶対やれよ」

「……はい」

「しっかしずるいなぁそのギャップ。普段は弱そうなフリした、とんでもない怪物君じゃない。こりゃ中原君……キミがダンタリオンだわ。俺らは見事に勝手に期待をさせられ、裏切られたってわけだ。ははっ」

 そこに出囃子を鳴らし終えた田浦さんがやってきた。

「中原君、そんなふうにできるんだ……良かったじゃない。なんか、ちょっとお爺ちゃん思い出しちゃったわ」

「お爺ちゃん?」

「うん……私の祖父、落語家だったの。もう死んじゃったんだけど。

 小さい頃によく落語を聞させてくれて。そこで私、落語に興味持ったのよね。

 さっき中原君がやったふうな、んん……雰囲気っていうのかしらね。上手く言えないけど、観客を落とし穴に誘い込むような。それで、落とし穴ってわかってて入っちゃうような……そんなふうだったのよ。

 私もそうなりたいって思ってたのを、いま思い出した」

 田浦さんの熱量はそこからくるものだったのか。

「田浦さん……」

「あっごめん、変なこと言って。良かったわ、ほんとに」

 田浦さんの声は、いつもより柔らかかった。


⭐︎


 体育館での公演を終えた僕らは部室へ。部長により、引退の発表が行われたのだった。

「――ということで、私達三年生はここが一応、区切りとなるわ。引退って言うと、なんだか仰々しいから。

 私も金沢君も可能ならこれからも、顔を出すつもりよ。ただし、十二月の定期会以降は玉縄さんと田浦さん、そして中原君。あなたたちで仕切ることになる。だからみんな、よろしく頼むわね」

 僕らは揃って返事をした。

「改まって何を言うでもないけれど、今生の別れというものでもないから、気軽に連絡してちょうだい。私も金沢君も、親身に協力するわ。

 では、この同好会が益々発展をすること、そして部員のみんなが成長と発見と喜びを分かち合えることを心より願いまして、ここに代表の言葉へかえさせてもらいます」

 こうして、思い返せば短く感じる三年生との約半年は幕を下ろす。今度からは、玉縄先輩が部長だ。そして副部長は、なぜか僕になった。

 田浦さんは、副部長の座に特にこだわりはなかったようで、そこには無反応。むしろ、僕の心配をして補佐すると申し出てくれたくらいだったわけだけど……最近の田浦さんは、なんか優しくて逆に怖い。


 その後、文化祭の続きへと各々が繰り出す中、僕はあることを聞いてすぐさま部室を飛び出した。錦戸先輩が、リンゴ飴を買ったら帰ると言っていたらしいのだ。

 今ならまだ間に合うと、走り出したわけである。

 リンゴ飴は中庭。校舎の窓から見下ろすと、見事に金髪が輝いているではないか。背が高くて分かりやすいと言われることはよくあるが、まさにその通りだなとこのとき思った。

 階段を駆け降りて、縫うように人を避け、中庭から離れようとする姿にやっと追いつくと――

「あの……! 待ってください錦戸先輩!」

「ん? おお、中原。良かったじゃねーか。ちゃんと芯を感じたぜ」

「ありがと、ございました。おかげで……無事にかは、分からないですけど。な、なんとかやりきって……」

「ははっ、ばーか。自分は何もしてねえし。お前がやったんだよ、自分で気づいて、自分で成し遂げた。あの感覚、ぜってー忘れんなよ。

 まあ手厳しく言やぁ、言いたいことはあるけどな。時間オーバーし過ぎてるのと、滑舌が悪いところがあった。あとは、扇子とか手拭いの使い方があまり良くねえってのもあるか……だが、それでも上出来だ。頑張ったな、中原。

 小道具の扱いは、玉縄はやり過ぎる。参考にならんだろう。田浦に聞いてみろ。あいつはそこがうまかった。あそうそう、ついでに田浦にこう言っといてくれ。もっと遊べってな。

 良い一年が入ってきて安心したよ。それじゃあな」

 リンゴ飴を片手に、錦戸先輩は歩きだすのだったが、そこへ女子達が「たこ焼きいかがですかー?」なんてチケットを渡そうとするので、錦戸先輩はビクッと反応しては、リンゴ飴を向けて言い放つ。

「おいっこっちくんなっ! タコは嫌いなんだよ」

 女子は「えっ……」と呆然。本当にタコが苦手なようだった。

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