第二十二席【文化祭 中編】
文化祭二日目――公演当日。
結局、まったく眠れずに迎えてしまった。
クラスの仕事を終わらせた僕は、生あくびをしながら部室へ向かう。すると、後ろから声が。
「よ、中原君」
「あ、お疲れ様です金沢先輩」
「でえ? どーなの、昨日はタマちゃん誘えたぁー?」
「え……いや、まぁ少し回りました」
「おおなにっすごいじゃないかぁ。どこ行ったの? リケン(料理研究部長)?」
「いえ……文化部の展示コーナーを少し。そのあとに田浦さんのクラスのお化け屋敷を三人で、といった感じです」
「ああ……んー? なんか思ってたのと違うな。まぁ、大きな進歩ではあるか。誘うのも勇気いったろうし」
「すみません……実は田浦さんが持ち場終わるまでの間どっか回ろうかという話で、玉縄先輩の方から提案してもらいました……」
「おーい。君から行かないとダメなのよ? もう……気にしないでいけばいいのに、ぐいぐいと」
「でも、あの……もうお付き合いしてる人とかいるかもしれないって、思うと」
「はあぁなるほど。そんなこと気にしてんのかぁ。健気過ぎだろ中原少年。平気だよ、タマちゃんの情報は収集済みなんだからさ。なんも知らずに助け舟出してたと思ってたの? 心外だねえー」
「そういうわけではないんですけど……それはど、どういうことですか?」
「もとより浮いた話が無いってだけじゃなくて、直近もしっかり調査済み。合宿のときに、さりげなく聞いたんだよねぇユミルに。タマちゃん、色気より食い気なキャラだけど、あー見えて恋バナ好きだからさ。
したら、やっぱりそういう話あったみたいでね。部長が付き合った経験あるの、そこで初めて知ったみたいで、夜通し良いなぁとか言ってたんだと」
部長の過去に恋人がいた衝撃。
「あ……ユミルが彼氏いた事は内緒よ?」
「は、はいもちろんです。じゃあ玉縄先輩は……」
「平気でしょ。そんなことより、自分が伝えたいことがあるなら伝えるべき。でないと始まらないだろ?
リケンのワークショップたしか夕方あるから、その約束すること。オッケー?」
「えっ……」
「中原君……自分に甘いのはダメだ。もっと厳しくいこう。時間はあると思ってたら、もうなくなってるもんなんだぜ。スマホのデータ残量と同じだ」
そして部室へ辿り着くと、みんなはもう揃っていたのだが、見知らぬ顔が一人。背が高く、長い金髪を後ろお団子にした人で、花柄のジャケットを羽織っている。
これに金沢先輩は、何故か後ずさった。
「うげ……」
「あ? うげじゃねーよお前。人の顔見るや否や失礼なヤツだな」
「あーいえいえ全然そんな。見目麗しいお姿を見れて俺とっても嬉しいですよ。来るって聞いて、昨日からもーワクワクが止まりませんでしたから。あはは」
「相変わらず嘘はスラスラ出てきやがる。んで、そこのは?」
「この男子こそ期待の新人ですよ! ね、中原君」
「……え」
「この人が、俺らの一個上の卒業生、錦戸先輩」
この人が……たしかに目つき鋭くて怖い。
「あ、あのっ……ぼくなっ、中原一希と言います」
「ほーん。話は聞いてたけど、なんだ? 本当に喋りがぶきっちょなヤツだな。もとからか?」
「……あぁ、す、すみません」
「まぁいいけど。じゃ、やってみろここで」
「え?」
「これからやる一席を、今ここでやってみせろ」
唐突な事に動揺した僕が視線を向ければ、みんなが逸らす。断れないやつらしい。もっとも、断る勇気こそ無いけど。
腹を決めた僕だったが、読み上げてから半分程で錦戸先輩はストップをかけてくる。
「――もういい。なるほどな、お前の短所をキャラに転用したってとこか。考えたもんだな。中原、台本を見せてみろ」
僕は隅に寄せていた鞄から、何度も練習するうちにシワの増えた台本を取り出して手渡す。
「なになに……はーん、やけにセリフ多いなこりゃあ。落語じゃねーんだぞ。
心情描写と背景のト書きが、そこだけ丁寧過ぎてて逆にわざとらしかったわけだが……少ないからこそ違和感も際立つ。
まぁ、緊急措置みたいに拵えたんだろうし、悪くはねえ……でもお前そんなんで、やりてーこと、できてるって言えんのか?
本当はト書きで、もっとやりてー読みがあったんじゃねーのか?」
「っ、それは……」
確かに玉縄先輩のアドバイス以前は、ト書きで物語の深みを出そうと、それが講談の話芸をもっとも引き出せると思って励んでいた。
だけど、現実的に考えるなら、玉縄先輩のアドバイス通り削ったほうがいいし、僕自身が挑戦してみたいことではあった。
まさか、この台本を見ただけでここまで把握されるなんて。
「さっきそこの一年のは聞かせてもらった。一年にしちゃ上等だ。人様の前でやっても恥にはならない程度にな。何より、芯があった。芯があるものは、安定して見えるもんだ」
田浦さんもやらされたのか。
「中原。聞き手が一人、そこにいたとするだろ? そいつはそこで初めて講談ってもんを聞く。そいつが何を感じて帰っていくのか、お前は考えたことあんのか?」
考えれば簡単にいきつきそうなのに、そこまで考えが及んでいなかった事実にようやく気付く。
「その顔は、ねーってとこだな?」
「っ……はい、すみません」
「お前の講談をきっかけに、誰かは人生や価値観を変えるかもしれねー。逆に言や、みっともない出来を見せられ、講談に対してつまらない印象を持っちまうかもしれねえ。
誰かに聞かせるとき、お前は人様の人生に足を踏み入れる。お前だって、いまここに居んだ。なら、そういう経験が全く無かったわけじゃないだろ? つまり、そういうことだ。
部外の人間に聞かせんなら、相応の覚悟ってやつを持ってなきゃいけねえ。
お前には、そういう芯があんのかって話だよ」
「……」
そこで、部長はフォローしてくれた。
「錦戸先輩ちょっとは言い方を。あまり責め立てるような物言いしないでください。彼はこれでもだいぶ良くなったんですから……」
「あー? 甘ったれんな衣笠。こういうのはキチっとしとかねーとダメなんだ。
まぁたしかに自分がこうだから、去年やめちまったヤツらもいる。それは申し訳ねーと思ってるさ。
でもな、自分は間違った事はしてねーし、言ってもねえ。それで折れるようなヤツなら、むしろやめた方が良い。青春がもったいねー。こういうのから逃げない大きな熱量が持てるモンに、学生ってのはすべからくちゃんと出会うべきなんだよ。
中原……お前はどうだ? てめぇの胸に、人様を温められるくらいの炎は宿ってんのか?」
玉縄先輩の創作ものを聞いて、こんなふうになりたいと思い、うまくなることばかりが先行して頭にあったが……じゃあ、うまくなりたいのはなぜか? 突き詰めればそれは、感動を誰かに伝えたいからだろう。あのときの僕のように。きっと僕は、誰かにそうなって欲しいのだ。
「僕は……衣笠部長、金沢先輩、玉縄先輩、田浦さん……あと、おかっオカケンの人たち……みんなに助けてもらいました。だから、その気持ちに応えたいです。
その根っこには、あの日僕が受けた感動と同じように人のこっ、心を動かせる読みをしたい。そう思ってる自分に、いま……気付きました。
だ、から……そのっ……みんなが支えてくれた気持ちの塊であるこの台本を、まずしっかり読みたい……そうおもっ、思います――」
「ほぅ……なんだよ、ちゃんと灯ってんじゃねーか。なら、ト書きの違和感を無くさねーとな。
お前、好きな講談師や噺家はいるか?」
「あ……か、かっ神田櫻山という人を、寄席で見て……気になりました」
「どうして?」
「すごく聞きやすく、感じて……玉縄先輩のカジュアルな、よっ読み方にも似てた、からだと思います」
「なら、それを真似ろ」
「まね……?」
「自分を殺せ。そいつになりきるんだ。そいつならどんなふうに読むのか、どんなふうに調子を取るのか。頭ん中で描いたものを、最後まで演じきれ。
あくまでメインディッシュは、お前が真似た櫻山によるテラーとしての『読み』だ。それが、お前の芯になってくれるだろうさ。
どうだ、イメージできるか?」
僕の中で、あれやこれや難しく考えていたものは不思議なことに、スーッと洗い落とされ……そこに最後に残ったものは理想たるイメージ、ただ一つのみだった。
「はい、やってみます……!」
「おし、高座でしっかりなりきってこい。そこにいんのはお前じゃねえ、ニセモンの神田櫻山だ」
⭐︎
暗幕に覆われた体育館は大入りだ。
午前は軽音、箏曲、落研の漫才などが行われる。午後はブラスバンド、ダンス、書道など。
僕らだんたりおんの出番は、田浦さん、金沢先輩、玉縄先輩、僕、部長の順。それぞれ五分間の読みだ。僕のこの位置には訳がある。初めてということもあり、観客をなるべく温める必要性があると判断されたのだ。だから、僕に配慮した番組である。
田浦さんは講談演目なので、引きの役目に。そのあとはカジュアルな物語で親近感を出して惹きつけていく。アイスブレイクじゃないが、僕の物語で落ち着かせつつ、最後に部長の恋愛物語へ続いていく……こんな流れだ。
しかし僕は、ここで最後の部長に繋ぐ大役と捉えている。さっき言われた通り、寄席で見た神田櫻山になりきる。そんな心構え――
舞台袖、終えた玉縄先輩が降りてきて、僕に声をかけてきた。
「ズッキー、ほらぁ顔が緊張してるぞー!」
ほっぺたをぐにゅっとつまんでくる。
「もっと楽でいいよ、リラックス! はい、深呼吸してみ?」
「っは、はい……ふうう」
「おし、そうそう力抜くの。じゃーいってら! それでも緊張したら、あれやってみてね」
「はい……ありがとうございます。行ってきます――」
緊張したり、とんだりしたらとりあえず張り扇で音を出せ――そう、玉縄先輩は言った。そうすると不思議と間が持つし、思い出すことがあるんだと。
僕は意を決して壇上へ、初の高座へと挑む。さあ、短くて長い五分間の始まりだ――




