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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
27/28

第二十二席【文化祭 中編】

 文化祭二日目――公演当日。

 結局、まったく眠れずに迎えてしまった。

 クラスの仕事を終わらせた僕は、生あくびをしながら部室へ向かう。すると、後ろから声が。

「よ、中原君」

「あ、お疲れ様です金沢先輩」

「でえ? どーなの、昨日はタマちゃん誘えたぁー?」

「え……いや、まぁ少し回りました」

「おおなにっすごいじゃないかぁ。どこ行ったの? リケン(料理研究部長)?」

「いえ……文化部の展示コーナーを少し。そのあとに田浦さんのクラスのお化け屋敷を三人で、といった感じです」

「ああ……んー? なんか思ってたのと違うな。まぁ、大きな進歩ではあるか。誘うのも勇気いったろうし」

「すみません……実は田浦さんが持ち場終わるまでの間どっか回ろうかという話で、玉縄先輩の方から提案してもらいました……」

「おーい。君から行かないとダメなのよ? もう……気にしないでいけばいいのに、ぐいぐいと」

「でも、あの……もうお付き合いしてる人とかいるかもしれないって、思うと」

「はあぁなるほど。そんなこと気にしてんのかぁ。健気過ぎだろ中原少年。平気だよ、タマちゃんの情報は収集済みなんだからさ。なんも知らずに助け舟出してたと思ってたの? 心外だねえー」

「そういうわけではないんですけど……それはど、どういうことですか?」

「もとより浮いた話が無いってだけじゃなくて、直近もしっかり調査済み。合宿のときに、さりげなく聞いたんだよねぇユミルに。タマちゃん、色気より食い気なキャラだけど、あー見えて恋バナ好きだからさ。

 したら、やっぱりそういう話あったみたいでね。部長が付き合った経験あるの、そこで初めて知ったみたいで、夜通し良いなぁとか言ってたんだと」

 部長の過去に恋人がいた衝撃。

「あ……ユミルが彼氏いた事は内緒よ?」

「は、はいもちろんです。じゃあ玉縄先輩は……」

「平気でしょ。そんなことより、自分が伝えたいことがあるなら伝えるべき。でないと始まらないだろ?

 リケンのワークショップたしか夕方あるから、その約束すること。オッケー?」

「えっ……」

「中原君……自分に甘いのはダメだ。もっと厳しくいこう。時間はあると思ってたら、もうなくなってるもんなんだぜ。スマホのデータ残量と同じだ」

 そして部室へ辿り着くと、みんなはもう揃っていたのだが、見知らぬ顔が一人。背が高く、長い金髪を後ろお団子にした人で、花柄のジャケットを羽織っている。

 これに金沢先輩は、何故か後ずさった。

「うげ……」

「あ? うげじゃねーよお前。人の顔見るや否や失礼なヤツだな」

「あーいえいえ全然そんな。見目麗しいお姿を見れて俺とっても嬉しいですよ。来るって聞いて、昨日からもーワクワクが止まりませんでしたから。あはは」

「相変わらず嘘はスラスラ出てきやがる。んで、そこのは?」

「この男子こそ期待の新人ですよ! ね、中原君」

「……え」

「この人が、俺らの一個上の卒業生、錦戸(にしきど)先輩」

 この人が……たしかに目つき鋭くて怖い。

「あ、あのっ……ぼくなっ、中原一希と言います」

「ほーん。話は聞いてたけど、なんだ? 本当に喋りがぶきっちょなヤツだな。もとからか?」

「……あぁ、す、すみません」

「まぁいいけど。じゃ、やってみろここで」

「え?」

「これからやる一席を、今ここでやってみせろ」

 唐突な事に動揺した僕が視線を向ければ、みんなが逸らす。断れないやつらしい。もっとも、断る勇気こそ無いけど。

 腹を決めた僕だったが、読み上げてから半分程で錦戸先輩はストップをかけてくる。

「――もういい。なるほどな、お前の短所をキャラに転用したってとこか。考えたもんだな。中原、台本を見せてみろ」

 僕は隅に寄せていた鞄から、何度も練習するうちにシワの増えた台本を取り出して手渡す。

「なになに……はーん、やけにセリフ多いなこりゃあ。落語じゃねーんだぞ。

 心情描写と背景のト書きが、そこだけ丁寧過ぎてて逆にわざとらしかったわけだが……少ないからこそ違和感も際立つ。

 まぁ、緊急措置みたいに拵えたんだろうし、悪くはねえ……でもお前そんなんで、やりてーこと、できてるって言えんのか?

 本当はト書きで、もっとやりてー読みがあったんじゃねーのか?」

「っ、それは……」

 確かに玉縄先輩のアドバイス以前は、ト書きで物語の深みを出そうと、それが講談の話芸をもっとも引き出せると思って励んでいた。

 だけど、現実的に考えるなら、玉縄先輩のアドバイス通り削ったほうがいいし、僕自身が挑戦してみたいことではあった。

 まさか、この台本を見ただけでここまで把握されるなんて。

「さっきそこの一年のは聞かせてもらった。一年にしちゃ上等だ。人様の前でやっても恥にはならない程度にな。何より、芯があった。芯があるものは、安定して見えるもんだ」

 田浦さんもやらされたのか。

「中原。聞き手が一人、そこにいたとするだろ? そいつはそこで初めて講談ってもんを聞く。そいつが何を感じて帰っていくのか、お前は考えたことあんのか?」

 考えれば簡単にいきつきそうなのに、そこまで考えが及んでいなかった事実にようやく気付く。

「その顔は、ねーってとこだな?」

「っ……はい、すみません」

「お前の講談をきっかけに、誰かは人生や価値観を変えるかもしれねー。逆に言や、みっともない出来を見せられ、講談に対してつまらない印象を持っちまうかもしれねえ。

 誰かに聞かせるとき、お前は人様の人生に足を踏み入れる。お前だって、いまここに居んだ。なら、そういう経験が全く無かったわけじゃないだろ? つまり、そういうことだ。

 部外の人間に聞かせんなら、相応の覚悟ってやつを持ってなきゃいけねえ。

 お前には、そういう芯があんのかって話だよ」

「……」

 そこで、部長はフォローしてくれた。

「錦戸先輩ちょっとは言い方を。あまり責め立てるような物言いしないでください。彼はこれでもだいぶ良くなったんですから……」

「あー? 甘ったれんな衣笠。こういうのはキチっとしとかねーとダメなんだ。

 まぁたしかに自分がこうだから、去年やめちまったヤツらもいる。それは申し訳ねーと思ってるさ。

 でもな、自分は間違った事はしてねーし、言ってもねえ。それで折れるようなヤツなら、むしろやめた方が良い。青春がもったいねー。こういうのから逃げない大きな熱量が持てるモンに、学生ってのはすべからくちゃんと出会うべきなんだよ。

 中原……お前はどうだ? てめぇの胸に、人様を温められるくらいの炎は宿ってんのか?」

 玉縄先輩の創作ものを聞いて、こんなふうになりたいと思い、うまくなることばかりが先行して頭にあったが……じゃあ、うまくなりたいのはなぜか? 突き詰めればそれは、感動を誰かに伝えたいからだろう。あのときの僕のように。きっと僕は、誰かにそうなって欲しいのだ。

「僕は……衣笠部長、金沢先輩、玉縄先輩、田浦さん……あと、おかっオカケンの人たち……みんなに助けてもらいました。だから、その気持ちに応えたいです。

 その根っこには、あの日僕が受けた感動と同じように人のこっ、心を動かせる読みをしたい。そう思ってる自分に、いま……気付きました。

 だ、から……そのっ……みんなが支えてくれた気持ちの塊であるこの台本を、まずしっかり読みたい……そうおもっ、思います――」

「ほぅ……なんだよ、ちゃんと灯ってんじゃねーか。なら、ト書きの違和感を無くさねーとな。

 お前、好きな講談師や(はなし)家はいるか?」

「あ……か、かっ神田櫻山(おうざん)という人を、寄席で見て……気になりました」

「どうして?」

「すごく聞きやすく、感じて……玉縄先輩のカジュアルな、よっ読み方にも似てた、からだと思います」

「なら、それを真似ろ」

「まね……?」

「自分を殺せ。そいつになりきるんだ。そいつならどんなふうに読むのか、どんなふうに調子を取るのか。頭ん中で描いたものを、最後まで演じきれ。

 あくまでメインディッシュは、お前が真似た櫻山によるテラーとしての『読み』だ。それが、お前の芯になってくれるだろうさ。

 どうだ、イメージできるか?」

 僕の中で、あれやこれや難しく考えていたものは不思議なことに、スーッと洗い落とされ……そこに最後に残ったものは理想たるイメージ、ただ一つのみだった。

「はい、やってみます……!」

「おし、高座でしっかりなりきってこい。そこにいんのはお前じゃねえ、ニセモンの神田櫻山だ」


 ⭐︎


 暗幕に覆われた体育館は大入りだ。

 午前は軽音、箏曲、落研の漫才などが行われる。午後はブラスバンド、ダンス、書道など。

 僕らだんたりおんの出番は、田浦さん、金沢先輩、玉縄先輩、僕、部長の順。それぞれ五分間の読みだ。僕のこの位置には訳がある。初めてということもあり、観客をなるべく温める必要性があると判断されたのだ。だから、僕に配慮した番組である。

 田浦さんは講談演目なので、引きの役目に。そのあとはカジュアルな物語で親近感を出して惹きつけていく。アイスブレイクじゃないが、僕の物語で落ち着かせつつ、最後に部長の恋愛物語へ続いていく……こんな流れだ。

 しかし僕は、ここで最後の部長に繋ぐ大役と捉えている。さっき言われた通り、寄席で見た神田櫻山になりきる。そんな心構え――

 舞台袖、終えた玉縄先輩が降りてきて、僕に声をかけてきた。

「ズッキー、ほらぁ顔が緊張してるぞー!」

 ほっぺたをぐにゅっとつまんでくる。

「もっと楽でいいよ、リラックス! はい、深呼吸してみ?」

「っは、はい……ふうう」

「おし、そうそう力抜くの。じゃーいってら! それでも緊張したら、あれやってみてね」

「はい……ありがとうございます。行ってきます――」

 緊張したり、とんだりしたらとりあえず張り扇で音を出せ――そう、玉縄先輩は言った。そうすると不思議と間が持つし、思い出すことがあるんだと。

 僕は意を決して壇上へ、初の高座へと挑む。さあ、短くて長い五分間の始まりだ――

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