第二十六席【クリスマス】
新江ノ島水族館――神奈川県は湘南江ノ島に位置し、世界初となるシラスの常設展示がされているほか、皇室の海洋生物研究なども展示されている。
特にクラゲ展示には力を入れており、クラゲファンタジーホールという名前の通り、幻想と神秘を感じられる半ドーム型の空間は圧巻。なかでも、中央に位置する球体水槽は必見だ。
また、カマイルカの『クロス』と『セブン』は国内最高齢のイルカである。
案内ボードそっちのけで、玉縄先輩は全て説明してくれた。
暗闇のなか、壁に浮かぶ無数の水槽。向こうの光は、いかなる世界のお披露目か。僕らは二人で、異世界通ずる路をゆく。
「あの、玉縄先輩は……よく来るんですか、ここ」
「ううん全然」
「え?」
「入館料バカにならないしねぇ。そんなしょっちゅうは来れないって」
「あ、まぁ確かに……でも、結構ここのこと知っていますよね」
「ふふっ、動画配信とかSNSチェックしてるからね。生き物の紹介とかミニ知識みたいなのアップされてて、けっこー学べるの」
「ああ……そういうことですか」
「おっ! ねーズッキーきてきて! チンアナゴーッ」
「チンアナゴ、これが……」
ヒョロ長い。聞いたことはあったけど実物は初めてだった。さてもまったく、なぜアナゴなのだろう。
「あーっかわいー、いいなぁー」
「この名前、どういう意味なんですかね」
「む、よくぞ聞いてくれたっ! はいじゃー質問でーす。チンアナゴのチンの由来は次のうちどーれだ?
薄い。白い。犬。細い」
犬だけなんかジャンル違う。
「ええと……じゃあ、犬?」
「えっ……なんで?」
「え。分かりませんけど」
「えーもーズッキーつまらーん。あたりー」
「す、すみません。なんとなく、それだけジャンル違ったから意味があるのかなって……」
「あはは、たしかに。あーあ、ほかも動物にしとけば良かったかー。
チンっていう犬がいるんだってさぁ。色とかが似てるからそれが由来らしいよー? チンなんて犬いるのか本当にって思って調べたら、ほんとにいるし、すごい似てんの! 見てほらこれぇ」
白黒の模様はまぁ確かにチンアナゴのような色使い。懐っこそうな顔の犬は、狆という犬種らしい。
「初めて見たかもしれません、この犬」
「日本原産の物静かな犬らしいよ。ズッキーみたいだよねー。あ、ズッキーは犬派?」
「ええと……嫌いじゃないですけど、噛まれたことがあって苦手ではあります」
「なるほどねトラウマってやつか。あたしは中学生のときシカに噛まれたから、若干シカのトラウマだ! シカトラウマ、動物揃った!」
「それは、修学旅行ですか?」
「そーう! 奈良の公園でさぁ、鹿せんべいと一緒にあたしも食べられそうになって、もーわんさかくるから怖いし、あとヨダレで臭いし! 誰も助けてくんないんだよ? あんとき本当にに怖ったのにさぁ、みんな笑ってんの! 酷いよね今でも覚えてるわぁ……」
「それは災難でしたね。
あの……玉縄先輩、どうして海の生き物が好きなんですか?」
「んー。好きーっていうか、どちらかというと水族館の雰囲気が好きってのがあるかも。別世界にいる気持ちになるから、動物園とかより没頭できるみたいな?
でもクラゲとかチンアナゴとか、あと深海魚とか好きなの多いけどね。
ズッキーは、さっきまで見たやつなら何が一番好き?」
「えっ、と。僕は……」
一番と言われ、見てきた生き物たちを脳内で比較し始める僕は、酷い顔になっていたようだ。
「あらら、ズッキー? 考えすぎてお顔死んでるぞー?」
「あ……すみ、ません」
「ははっ、そんな真面目じゃなくっても、ポンって浮かんだのでいーよ、どんなの浮かぶー?」
「それなら……チンアナゴ、ですかね」
「えほんと? どーして? チンアナゴかーわいーよねぇッ!」
「砂の中にカラダ半分うずめて、探り探りな感じに……勝手に親近感がわいたといいますか」
「あはは、ズッキーそんなふうに考えてたんだ、おもしろ。あたしはあのフォルムが好きかなぁ。他にないスマートな感じ、目もチャーミングで可愛いし!」
「ほんとに、チンアナゴ好きなんですね」
「好きー! さてじゃー、お次もまだまだ楽しめるとこあるしね。今日は目一杯楽しんでこーっ!」
相模湾ゾーンを抜けてクラゲファンタジーホール、太平洋ゾーンやペンギンを見てからウミガメに出会い、イルカショーへと参加。
終わってみれば、ちょうど十四時を回っていたので僕らはオーシャンカフェへ向かう。遅めの昼ごはんだ。
食事が出来るお店はいくつかある。あわたんカフェ、オーシャンカフェ、スタジアムカフェ、オーシャンバーだ。僕らは、オーシャンカフェを選んだ。
しかし、これは苦渋の選択。席についた玉縄先輩は、本当に悔しそうにしていた。
「あーん、あわたんカフェも行きたかったあぁ……っくう」
あわたんというのはマスコットキャラ。あわたんカフェは、そのキャラで装飾された店内が可愛らしく、メニューもあわたんコラボが豊富にあって、丼モノや麺類などまともな昼食が食べられる。
一方でオーシャンカフェは、いわば軽食レストランだ。ホットドックとかナゲット、パンなどがある感じ。それでも、海の生き物をモチーフにした可愛いものが、メニューにたくさんラインナップしている。
ちなみに、あわたんカフェだとドリンクを入れる場合、最低でも2000円を超える。オーシャンカフェの場合、そのほぼ半額……つまり、財布事情でこちらになった。
僕と玉縄先輩は二人で、シラスドックを。飲み物は、玉縄先輩はキーホルダー付きブルーカルピスを注文していたので、僕も雰囲気につられてそれを頼んだのだった。
キーホルダーはランダム。僕はクラゲ、玉縄先輩はカワウソだった。
「クラゲーっ! いーなー」
「……要りますか?」
「えなんで、いーの?」
「僕はこだわりないですし」
「やったー、じゃー交換っこね。はいこれ」
「良いんですか?」
「タダより怖いものは無いよズッキー。いいから交換! ズッキーも持っておいてねカワウソ」
「あ、はい……」
「実はねぇ、私もうこれで三回目なの。三度目のカワウソ。不思議よねぇー、クラゲ当たれーってなるといつもカワウソで、またお前かって。なんこれ、物欲センサーかあ?
でも良かったよ。誰かと一緒に来れば、交換も出来るんだもんね。もっと早くそうしておけば良かったなぁ」
僕の手に渡されるカワウソは、仲良く二匹が身を寄せ合っているデザイン。
玉縄先輩は今まで、誰かと来たことが無いのか。だとすれば、僕が初……!?
「ズッキー?」
「え、あっはい?」
「シラスめちゃこぼれてる」
「あっうわ……すみません、ありがとうございます」
テーブルを拭こうとする玉縄先輩の手と僕の手が触れる。
「っ……!」
「よしこれでオッケー。良かったね、ほとんど手にこぼれただけでぇ」
「はい……えとあの、玉縄先輩は目当てのグッズがあるんでしたっけ」
「うん! カメロンパンぬいぐるみくじっ!
このあとオッターショップってとこに行くんだけど、そういうくじが引けるとこあるんだ」
カメロンパンとは、カメの形をしたメロンパンで名物らしい。ここでも販売されている。その、ぬいぐるみか。
「へえ……いくらなんですか?」
「一回1100円」
思ったより高い。安易に引けないレベルだ。
「それ、ぬいぐるみが当たるんですよね?」
「そー、ぬいぐるみだけのくじ! 大きさが違うんだよ。一等がおっきーやつで、こんなんなの! 見たら驚くぜズッキー。ハズレなしだから、三等でもこんくらいのはもらえるみたい。良いよねぇハズレなし!」
ここで僕は思った。ハズレなしということは、引いた分だけぬいぐるみの数が増える。それも同じものが。玉縄先輩……何回引くんだろうか。大丈夫だろうか。ちゃんと分かってるのかな……と、人知れず心配した。
それから売り場に向かった僕は、その大きさに驚くことに。なんと一等の大きさは、僕の身長の約半分。どうやって持って帰るんだろうと思わなくもない。
玉縄先輩は三回挑戦した。しかし、結果は振るわずいずれも三等。23センチの小ぶりなカメだ。
一等が欲しかったわけだし、さぞ残念がるのだろうと思っていた。ところが、そうしてやり終えた玉縄先輩は、僕にこんなことを言ってくる。
「ごめんねーズッキー、はい」
カメを一つ、手渡された。
「え……?」
「一等当てようと思って、占いのラッキーアイテムも持ってきたのになぁ、白いハンカチ。お母さんから借りたやつ」
「僕に……どうしてそんな。なんで、当てようとしてくれたんですか」
亀が好きというわけでもないのに。
「おっきーやつあげたかったんだよ、元気出るかなぁって思って。
定期会ですごい落ち込んでたじゃん。そのあとも、すごい悩んでそうだったからさぁ。
あたし、ゆっさんたちみたいに教え方上手くないし、気付いて先回りのフォローすることも、あんまできないタイプだから。せめてこんくらいはってね、へへっ」
「僕を励ますために連れてきてくれた……ていうことですか」
「気分転換になればと思ってさー。あたし、知らないところ行くと気持ちが整理されるんだぁ。創作する時は、だからよく知らないとこに遊びに行くわけ。
ズッキーって部屋にこもってそうだし、連れ出してあげればいくらかリフレッシュになるかもって思って」
「玉縄先輩……」
「カメロンパン可愛いし、可愛いものみると心落ち着くでしょそれに。だから先輩らしく、おっきーの当ててプレゼントしてあげよーって思ってたんだけど、あはは。ちっちゃいのしか当たらなかったねぇ」
そんなことされたら……。
「ありがとう、ございます……大切にします。それに、綺麗な海も見れて、僕すごいリフレッシュできたと思います。今日のこと、僕一生忘れません」
「大げさが過ぎるっ! でもそっか、それなら良かったよ」
弾ける笑みを受けて、僕は心で誓った。きっと、いつか立派な一席を披露してみせると。こんなに世話を焼いてくれる玉縄先輩へ恩返しをするためにも、ここからまた頑張ろう――
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――次回、第二幕に続く。




