第二十席【文化祭に向けて】
この日、僕は文化祭向けの物語を、星丸先輩たちオカルト研究部員数名を前に読み上げた。言わば、特別教習である。もちろん、部長の計らいで。
僕は部内では、そこそこ普通にできる。しかし、やはり面識のない人がいるとなのか、数が多くなるとなのか……どもり癖は、悔しいが再発するのだった。言葉がつっかえ、うまく出てこないのだ。
「す、みません……せっかくてつっ、手伝ってもらってるのに」
グダグダだったわけだが、バカにしてくる人はいない。特に星丸先輩は、そんな僕を見てこう言ってくれた。
「なに、気に病む事はない。我々オカケンは、君の事情を知っているのだしな。これもまたカルマの浄化、試練なのやもしれないと思えばこそ、それは恥ずべきことではむしろないと言えるのだ。
乗り越えて成長しようとする果敢な者を、我々は否定しない」
部長はしかし、そこで悩ましくメガネを取る。
「はぁ……とは言えよねぇ困ったわ。当初よりは、という程度。ここまで戻ってしまうなんて正直予想以上……あっごめんなさい。別に責めてるわけじゃないのよ。むしろ、そうなる原因を突き止めたいというか。まぁ、個性の一つであって、そこはなかなか変えられないのかもしれないけれど。それでも、あなたは変わろうとして頑張っている。だから、私もなるべく力になりたいのよ」
「はい……」
「今日は、まだ三回目なのだ。まだまだ、練習には付き合う予定がある。
これは、他人事として聞き誤ってほしくはないのだが、気長に待てばいいのだ。急いては事をし損じる、そう江戸時代から言うそうではないか。
事実、文化祭はまだ一ヶ月以上先だ」
「もう約ひと月しかないですけどね」
田浦さんが恐らくは悪意なくさらっと。しかし全くその通りで、僕自身あと一ヶ月で本当にできるのかという不安がすごい。
さて……この日以降、十月に入るまでたびたび練習に付き合ってもらったのだったが、やはり言葉をつっかえたり、いつものような抑揚が出なかったりと散々な結果に終わってしまう。
この日も結局そうなったわけだったが、しかしそこで玉縄先輩はこんなことを。
「あのさズッキー、だったら一つ提案があるのだが」
「な、なんですか?」
「逆にさ、それキャラ設定の演出にしちゃえば?」
「どういう、ことですか?」
「主人公の回想シーンを増やすんだよ。で、ト書きを簡潔にして少なめに。ストーリーテラーの立場はもちろん崩さずに、主人公の感情を深掘りするって感じで。ト書きとか他のキャラのセリフ部分を極力抜いて、その余白を回想シーンで埋めるっていうか?
まぁつまりは……えーっとーそうそう、なかば独白みたいなフインキにしちゃえば良いんでない?」
「雰囲気ね」と部長が冷静に指摘。星丸先輩は大きく頷いた。
「キャラ設定に、この癖を落とし込んでしまえばいいというわけか。うむ、なるほど面白い。
そうすればキャラの造形も増すだろう。なにより、リアリティそのものと言って過言ではないのだ。
ちょっと台本をいじれば大きくは変えないで済むし、負担も最小限なのではないか?」
そんな手が……それは、果たして僕の想像した『やりたかった一席』とは異なるだろうが、想像できなかった『やってみたい』一席と言うこともできる。
「中原君。もしイヤだったら、無理はしないでいいわ。でも私もそれは面白いアイデアだと思う。
あえて、登場人物を絞って独白形式の内容にすれば、いまの中原君の様子自体をフルで活かすことができるわ。物語を読むのではなくて、物語に読ませるといったところかしら。
もちろんそれでも、一定の練習はまだ必要だけど。今よりかは全然、聞く方に違和感を与えないはずよ」
「……僕、やってみます。あの……ありがとうございますっ、玉縄先輩」
「ふっふっふー。ちょっと先輩らしかったね、あたし。もっと褒めても良いぞー?」
こうして僕は、五人ほどが登場して高校最後の花火シーンを描く物語から、主人公が振り返る形式で二人っきりの花火シーンをクローズアップした物語へ、台本を修正する。
しかし忘れてはならない。課題はもう一つ。それは――
「玉縄先輩っ……!」
放課後、僕は意を決して誘おうと試みた。文化祭巡りに。
「ほい、どした?」
「あの……っ、えと……」
「ん?」
勇気を出して口を開くも、そこから先は地獄だ。喉元にコンクリートでも流し込まれたようだった。
言うのが怖い。もし、気持ち悪いと思われたら。もし、このせいで先輩が嫌な気持ちになったら。もし、もう約束があったら。この先の関係が悪くなってしまったらと考えると……
「っ、えと。その……もし、もしあの――」
しかし、僕は口を噤む。ふと気づいてしまうのだ、それは今更に。玉縄先輩に彼氏が既にいるかもしれないじゃないか、ということを。
今まで、どうして考えてこなかったのか不思議だ。
好きな人とか気になる人は、当然いておかしくないとは思った。だけど、もう付き合っている人がいるとしたら、全く話は別であろう。
金沢先輩は、知らないだけかもしれない。だから、彼氏の有無から先に知っておくべきなのだろうが、そこを知るには直接本人に聞くしか現状方法は無い。しかし、聞けばそれは告白と同義とも言えよう。できるわけなんて、やっぱりなかった。
「あの、すみません……やっぱりなんでもないです」
「ええっ!? ナニソレめちゃ気になるじゃんッ! 顔なんかついてるとか?」
「あいや、そーじゃなく」
「えーじゃあなんか変なこと言った?」
「いえ違うんです! だ、大丈夫です」
そんなことで、こっちはなかなか進展せず。
⭐︎
台本の修正をして練習を繰り返し、大幅に筋書きを変えるというものではないので、十月中旬にはオカケン部員たちの前で前ほどの違和感は無く読めるようになっていった。が、実はこの物語り……僕の体験談がベースになっている。あらすじはこうだ。
同級生の天真爛漫な女子チカに片思いをする男子ハルキが、高校最後に友人たちと夏の花火を過ごすのだが、そこで告白をするはずだったのに、何も言えずに終わるというもの。
しかし、臆病だから告白できなかったのではなく、軒並み強いある想いがあったからこそ、しなかったのだ。
たった一言、『好き』――これを言った瞬間に、ガタガタと全てが瓦解してしまう。今までの想い出もろとも、ビルを解体する如く壊してしまう気がしたのだ。
そんなリスクを背負うなら、これまで恋をさせてくれたことに感謝をして、綺麗な思い出をもって、この恋にピリオドではなくカンマを打ちたかった。恋から得られるものは、彼にとってそれほど大きかったという話。
さて現実に戻ると、これは合宿でやった玉縄先輩との花火……ここに僕は今回の着想を得ているというのがオチ。
だから現実では、こんなふうになって欲しくないので、ある種の戒めでもあったのかもしれない。こうなる前に早く動け、みたいな。
しかし、玉縄先輩に近づこうと思うと、それはまるで砂糖でできた階段を登ろうとしているような、一歩踏み出そうとするとすぐに崩れて怪我をする……そんなふうに思えてしまう。こんなに、一歩が怖いことがこの世に他にあるだろうか。
いま付き合っている人達は、いったいどうやってこの階段を上ったのだろう。いや、そもそも相手が降りてくる場合もあるのか。もっとも僕に、そんなことは訪れないわけで。
「はぁ。どうしよ……」
⭐︎
十月を、アイヌ語ではコムニランチュプと呼ぶが、これは柏の木が落ちる月、を意味する。
柏は、柏餅なんかでも知られる。ブナ科コナラ属の落葉高木で、ドングリが実る。夏には、その大きな葉を利用してセミが脱皮する光景がよく見られるようだ。
そんなマメ情報をいつものように、自慢げに出してくる玉縄先輩へ、田浦さんはこう返した。
「どこで調べてくるんですか、そういう要らない知識」
「要らなくないもん。いつか役に立つかもしれないよ?」
「立ちません。それより、ポスターの色仕上げ早く進めてください」
「そうやってさー、柏の木を馬鹿にする人は柏の木に泣くぜ」
「別に馬鹿にしてないです。情報が不要極まりないという指摘をしただけですから」
「ぶー! ミーちゃん真面目が過ぎる」
「玉縄先輩が、こういう作業に不真面目すぎるだけです」
「はいはーい、わかりやしたよー」
この日、文化祭に向けての掲示板などに張り出すポスター作りを、僕らは行なっていた。
僕らと言っても、実行委員会とのやり取りがある部長は忙しくて部室に来る時間は減っており、今日もまだいない。金沢先輩も受験勉強があるので、だいぶ来る機会は減っている。
だからメインは、玉縄先輩と僕ら一年生だ。
一応、三年生の引退はこの文化祭となる。今から少し寂しい気分だ。中学では部活をやってなかったから、そんな気持ちを持つことはなかったが、こんな気持ちで先輩を見送っていたのか。
「ちょっと中原君、手が止まってる」
「あ……ごめん」
田浦さんはお母さんのようだ。玉縄先輩をしっかり支える副部長として、おそらくこの先、全会一致で任命されることだろう。
そしてこの先、後輩ができるかもしれない。というかできないと存続が出来なくなるから、そこは何としてでも避けたいが。そのための、ポスター作りでもあるのだ。この高校を受験予定の中学生も来るので、魅力を伝えるために。
そう……部活勧誘の戦いは、実のところ入学前から既に始まっている。
「ちょっ、玉縄先輩そこ色違いますっ!」
「えウソっ!」
「何やってるんですかもう……」
「わぁーお。マジかっごめんごめん。じゃー修正テープで……」
「は? ダメです、何言ってるんですか。作り直します。そういうの一つで、見栄え変わるんです」
「ええ……こんなよ、こんな小さいとこよ? そんな変わらないのに、またイチからやんの?」
「玉縄先輩は、少しだけシミのついたシャツを着た人とまっさらな白のシャツを着た人、どっちに好感を持ちますか?
こういうのは、大小じゃなくて有無なんです。ゼロかイチか。
それに、部長にしっかり作ろうって言われましたよね。去年はありふれ過ぎたから力入れようって、決めたじゃないですか」
「んなぁ……ぐうの音も出ません!」
「はぁ。色塗りは中原君やってくれる?」
「え、あぁはい」
「先輩はソレもう良いので、装飾シールのカットお願いします」
「ほーい」
なんか最近の田浦さんは、そこはかとなく部長に気配が似てきた気がする――




