第十九席【副部長】
九月に入ると試験期間を経て、再び同好会の活動は始まる。そして十月末の二日間には、一大イベントとなる文化祭が待っている。
いちむさ祭と呼ばれる文化祭では、体育館のステージで僕らの発表が行われるのだけど、時間の都合上、枠は三十分という制限付き。
去年までの部員は十人を超えていたので、どうやっても演者を絞らなければならなかったわけだが今年は違う、五人だ。
ということで部長は、ある提案を起こした。それは――全員参加。
「――というのは、どうかしら」
「良いじゃん! やろーみんなでさぁ!」
もちろん、こういう面白そうな話に玉縄先輩が食いつかないわけがなく、部室で机を囲む僕らの中で真っ先に両手をあげて賛成し、金沢先輩も続く。
「なるほどね。じゃあ五分程度で新たに物語を拵えるか、既存の創作台本を直して拵えるかって感じかぁ……ふむ、良いんじゃない? 初の試みじゃん、冴えてるねぇユミル」
となれば、残るは僕ら一年生。
「私も賛成です」
僕が口を開く前に、さらっと先に田浦さんが。これに全員の目は、申し合わせるでもなく一斉に向いた。
「え……なんですか?」
「ミーちゃんどうしたの頭打った!? てゆか本当にミーちゃん?」
「失礼ですね、わたし別にそんな変なこと言ってないです」
そこで部長は、みんなの思いを代弁してくれた。
「あの……ごめんなさい、私もてっきり田浦さんは嫌がるかと思ったの。だから、妥協案をいくらか用意はしておいたのだけれど。
だって、講談演目にある既存の伝統ある物語にすこぶる拘る人だと思ってたから」
「はい。だから、講談演目をやります」
「「「……?」」」
「でも、台本を私なりに短くできるものを選定して、そこから特定の魅力あるシーンだけを切り出す形でやるつもりです。
一連の物語も、どこをクローズアップするかで雰囲気は変わる。でもそれは改悪ではなく、落語家さんや講談師さんもやっていることですから、その実践です。
合同会のとき、言葉や全体の筋書きにとらわれすぎていました。だから今度はリベンジしたいんです。本当の、読み聞かせを」
「五分が目安になるけど平気? なかなか整えるのは難しいはずだけれど」
「はい、やってみます。なので、また教えてください」
「そう、分かったわ。じゃあ、あとは中原君ね」
「ごくり……はい、ぼ、僕も参加します」
「おー! ズッキーいいねぇ、部外初の発表だぁ!」
はしゃぐ玉縄先輩に続く金沢先輩。
「中原くーん、いいねぇ。その不器用ながらも着実に一歩一歩、成長をしようと前に進み出す感じ。今までそういうキャラいなかったからなぁ」
「っふふ、確かにそうよね。今までにないタイプだわ。そんなキャラクター性によって、みんなひょっとすれば変わったのかもしれないわねぇ」
変わったとはなんぞや。
とまぁその疑問はさておき、そういうことで僕も文化祭に向けて短い台本を拵える必要が生まれた。不安はあるが、いつまでも怖気付いてもいられない。玉縄先輩を誘う決意と覚悟をも、ここで表明したような気の持ちようだった。
⭐︎
この日、部長と玉縄先輩は会議で。金沢先輩は創作のために不参加で、僕と田浦さんが部室にいた。
そこで僕は、張り扇の使い方をおさらいすることに。
「ここを持って、角度はこう。で、打つ」
――パンッ!
「わ、すごい……」
そして僕がやると――
――ペン。
音がショボい。
「ダメだ……」
「なんでかしらね……」
「部屋で打ったときは、良い音鳴ったのに」
「うんん、机が違うからってのもあるのかもね。でも、私が使って鳴らせるから、中原君もここでできるはずよ。
手首をこんな感じであんまり力入れずに、こうして……」
張り扇を持つ僕の手を支え、動きを合わせると――
――パン!
「あっ……鳴った!」
「今の感じを、繰り返しやることね。じゃあもう一回」
そんな折、入ってきたのはなぜか金沢先輩だった。
「おつかれさーん。
あら……二人ってもうそんな音鳴らす大人な関係になっちゃってたの?」
「えっ!?」
「は? 違います。やめてくださいセクハラですよ」
「あはは、怖ーい。別にそんな妙なことは言ってないじゃない。意識したのはあくまで君たち。
いやね、部室に忘れ物しちゃってさ。今日はそれ取りに来ただけだからお構いなく」
そう言って戸棚を漁ると「じゃ、ごゆっくりぃ」なんて出て行ってしまったわけだが、正直それから変に意識してしまって、音がまた上手く鳴らなくなってしまうのだった。
数分後に部長たちが来たが、なぜか玉縄先輩はびしょ濡れ。聞けば、園芸部の使っていたホースがちぎれて、通りすがりの玉縄先輩にかかってしまったのだとか。
相変わらず、不運な人である。僕がいたら、迷うことなく身代わりになれたのに――
⭐︎
ところで、『どうして副部長が三年の金沢先輩でなく、二年の玉縄先輩なのか?』――という、前から気になっていた件は、とうとう十月に入り答えが出た。
ことの始まりは、文化祭に錦戸薫(玉縄先輩がクンさんと呼称していた人)という人が来るという一報が部長に入ったこと。そこから、前の部長である錦戸先輩についての昔話が始まったのである。
それによれば金沢先輩は、前の部長である錦戸先輩に名指しでお前はダメだと言われたらしい。なので部長会(部長副部長と三年生からなる会)の際、当初一年生だった玉縄先輩が副部長として任命されたようだ。
これだけ聞けば、あのキャラだし……金沢先輩がきっと何か、不興を買うようなまねをやらかしたと思わなくもないところだ。しかし、そういうわけではなかった。というか中身を知れば、むしろ妥当な判断だった。
実は、当時の一年生は三人いたが二人は秋頃にやめてしまっていて、冬には玉縄先輩ひとりしかいなかった。
通常、部長と副部長は新三年生となる二年生の中から選出され、前部長らから業務の引き継ぎを受けて、新年度からは三年生として実務に就くわけだ。
しかし前述の通り、うちの同好会は事情が違う。二年生が玉縄先輩一人しかいないため、将来的に部長をやるのは確定しているし、副部長は一年生(現状僕らの中)から任命されることになる。つまり今の状態が予期されていた。
そうなると副部長は、普通なら二年近く部活をやって慣れたころ役職に就くところ、一年ほどで役職につくことを余儀なくされてしまう。そうなれば一年生は負担が大きい。それをフォローする部長もまた、部長業務は初なわけでサポートするのは大変。
そこで、あらかじめ玉縄先輩を副部長に任命すれば、部長業務を前もって実務的に学ぶことができるうえ、副部長業務も実務経験が生まれる。そうすれば、各々の負担が減るはずだ……と、こういう狙いが錦戸先輩にはあったらしい。
要するに、未来に起こるであろう体制に向けてのロープレが、今年行われていたということだ。
これに、金沢先輩は反論せずむしろ喜んだそうだ。面倒ごとが嫌いだから、らしい。
「あークンさん来るのかぁ、楽しみだなー」
田浦さんがそこで問う。
「先見の明を持ってる人だったんですね。どんな感じだったんですか?」
「「怖い人」」
部長と玉縄先輩の声が揃う。
「……はい?」
部長は苦笑してこう続けた。
「いえ、まぁ変な意味じゃなくて。怖がらせたいわけじゃないのよ。優しい人でもあるし頭のいい人でもあるから、別に悪い人じゃないわ」
「クンさんは荒っぽいからねぇーお言葉が。ウチがね、大工さんやってて職人気質な人が多いから、なんか自然とそうなっちゃったらしい」
しかし、その情報を部長は知らなかったらしい。
「なに、そうなの?」
「へ? ゆっさん知らなかった?」
「だってあの人あまりプライベートなこと口にしなかったし。まぁ私も聞かなかったというのもあるけれど」
「じゃあこれ知ってるー? クンさん、イカは平気なのにタコが怖いんだよ。だからたこ焼きとか無理だし、イラストだけでもダメなんだって」
「あんた本当に、そういういらない情報掴むの上手いわよね」
「他にもあるよ! 発情期の猫の鳴き真似が上手いとか、舌が長くて顎の下までつくとか、あーそうそう! ストロー使えないんだよクンさん。面白いよねー」
「言われてみると、確かにストローついてる飲み物もわざわざフタ剥がして直接飲んでたわよね。あれなんなのかしら、気にはなっていたんだけれど。使えないってどういうことなの?」
「なんかストローのね、『ちゅん』っていうのがヤなんだって」
「えどいうこと。なによ、ちゅん。て……?」
「飲んだあとにほら、ちゅんってなるでしょ? それが鳥肌立つから嫌いなんだって」
「ああ……いや、なんか分かるような分からないような……絶妙な感じねソレ。飲み方の問題な気もするけれど」
僕が聞いていて良いのだろうかという内容を含め、結局この日、面識もない錦戸先輩の個人情報が、図らずも玉縄先輩によってダダ漏れしたのだった――




