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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
23/29

仲入り(番外編)【道葉道中】

 合同会が終わり、夏休みがもうすぐ終わるという頃、田浦道葉(みちは)は自室に閉じこもって、合同会をひとり自問自答で振り返っていた。

「はぁ……何がいけなかったのよ。あんだけ準備してきた。前半はしっかり的確に読めてた。声の調子だって悪く無かったはず……なのにどうしてあんな反応になるの」

 前の三味線部との、盛り上がりの温度差。その極端な落差は、会場に異様な空気を生んでいた。その空気感に飲まれた自覚を田浦は持っている。しかしそれ以前に、決定的な何かが足りないから、あそこまで酷い結果となった……そう考えていたのだった。

「玉縄先輩のときは、すごいウケてたって聞いた。そりゃ分かりやすい話だし、創作だし当たり前だけど。でもきっと……それだけじゃない。

 玉縄先輩にあって、私には無いものって――」

 表情? 声の音域? 張り扇の扱いかた? テンポの作り方?

 どれも違う気がした。自室のベッドにストンッと倒れ込む田浦は、答えを出せぬもどかしさから、拳を枕に叩きつける。

「もうッ、なんでよ……」

 そんなとき目に映るは、壁にかかる額入りポスター。ポスターと言ってもアイドルやなんかのではなく、年季の入るだいぶ昔の渋いものだ。

 宝船の柄を背景に、着物と扇子の白髪の男。見出しは『置山(おきやま)大樂(だいらく) ひとり会』。田浦の祖父だ。

 置山大樂こと邑田(むらた)英三(えいぞう)は落語家真打(しんうち)ではあるが、どの協会にも属さず一匹狼のような立ち位置だったため、出演の許される寄席(よせ)にはかなり限りがあった。

 名だたる一門と違って独立していた点、やはりメジャーとは言えない人物だったと言えよう。それでも、皮肉めいた言い回しや独特なリズムの話芸をもってして、一定のファンからは根強い人気と支持を晩年まで集めていた。

 一方で、家族関係はあまり良好とは言えず。英三の義理の娘であり、道葉の母となる一香(いちか)とは、なかなかソリが合わなかった。

 一香にとっての英三は、とにかくだらしがない人間。酒が好きでお金に無頓着。口調も荒いし、生活音が大きい……と、何もかもが合わなかったのだ。

 極め付きは、一香の母が亡くなったときであろう。病院にかけつけもしなかった。しかし、これには事情があったのだが、当人にそんな言い訳がましい事を言えるわけもなく。

 そういったことから、一香は英三に強い不信感と嫌悪感を抱いていた。

 進学と同時に家を出た一香は、やがて大学にて経営学などを学び、卒業後は就職するもすぐに退社。

 その後、数人の仲間と共に会社を立ち上げ、今は従業員三百人を抱える大企業となっている。夫は経営コンサルタントであり資産家として知られる田浦道和(みちかず)

 つまり一香は、もちろんみんながみんなではないと分かってはいるが、落語家なんてろくすっぽお金にならず、低俗なものであるという印象をどうしても持ってしまっていた。だからこそ、それを反面教師として自らを奮い立たせて、ビジネスを成功させたという経緯がある。

 道葉が生まれると英三は、孫は子より可愛いと言わんばかりに猫可愛がりをした。一香はというと、本当はそこまで関わらせたくなかったものの、道葉がなぜかすこぶる懐いてしまったために追い返すわけにもいかず、仕方なく家にあがることを許していた。

 そこで英三は道葉に落語をよく聞かせていたのだが、道葉が落語に興味を示すきっかけになったのは、まさにそのみぎり。

 祖父との楽しかった日常を道葉は今でもよく覚えており、今日もまたそんな『ある日』を思い出す――


 約十年前。小学生、夏休みのころだ。和室に並ぶ大小の影。

『おじいちゃんスゴーイっ! なんで? どうして、そんな面白いお話できるの?』

『すごいのー? そうかねぇ、あははは! 道葉は本当に落語が好きねぇ。じーちゃんみたいのはね、ハナシカって言うの』

『はなしか?』

『おはなし、の(はなし)におウチの家って書くのよ。

 でもって、そうやってお話する噺家はね、みんなお話好きなのよ。好きなもんだから、べらべらと勝手に考えもせず口から出てっちまうもんなの。楽しいからついつい喋っちゃう。だから、できるんじゃなくってそうなっちゃうだけ』

『へぇ……私もなれる? どーやったらなるの?』

『簡単よー? 楽しく話してりゃあ、そりゃもうだって落語だもんあんた』

『ほんと?』

『道葉はほら、じーちゃんにいっつも、学校の出来事を話してくれるでしょ? それはもうあんた楽しそうに話すじゃないの。そんな楽しそうに喋ってたらね、聞いてる方も楽しいもん。だからみんなも、やっぱり楽しいんだよね。

 落語は楽しませるものだからさ。なら、道葉のそれだって楽しくお話ししてんだから、もう立派な落語じゃないのよ、ね?』

『ちがうーだっておじいちゃん、別人みたいな声するもん』

『そおっかそうだね、そりゃあそうだった。

 じゃ道葉もほれ、誰かのことを誰かっぽく話してみれば良いじゃない。そしたら、じーちゃんみたくなるでしょうよ』

『それに、昔のお話じゃないよ』

『昔のお話は多いよね、確かにそうだ。

 けど、今だっていつかは昔になっちゃうんだから、んな細かいことなんてね、気にしないでイイの。道葉が楽しければ、それだけでいいのよ。

 噺家は話すのを楽しめてないといけないからね? 聞いてる方も楽しく話してなけりゃ、つまんないじゃない。だから、道葉はいつもみたいに楽しく話す! これは単純なこと。だけど、噺家にとってすごーく大事なことなのよ、ね?』

『楽しく……うん、分かった――!』

『あらっ。御利口さんだねぇ、ははは。道葉のお話を、高座で聞いてみたくなっちゃうじゃないの――』


 そんな過去を思い返せば、ハッと起き上がる道葉。デスクに向かい、合同会で読んだ台本を手に取った。

 中をペラペラと……読み間違えた箇所を、やがてなぞる。

「そっか……わたし楽しくなかったんだ。定期会みたいに楽しめてなかった。おじいちゃんの言う通り……楽しんでなければ、それは噺じゃないんだ。ただの独り言で」

 合同会での一席、本当はこんなカットしてツギハギになった物語じゃなく、衣笠に聞かされたような本来の物語を読みたかった……そんな思いが彼女にはあった。

 予想以上にカットしなければならず、おまけに言葉もイジって分かりやすい表現に変えたりと、それもまた本望ではない。

 土台、あの短い中で全てを盛り込むのは無理な話。その中で、物語をどれだけ正確に伝えられるかが勝負だったにも関わらず、自分は伝えようとする前に、伝わるわけがないと思ってしまっていた。本当に伝えたいのはこうじゃない、と。

「それは違う……伝えないといけなかった。相手に読み聞かせることが目的なのに、私は……」

 読みあげること自体が、いつしか目的化していた。それは、自己満足以外のナニモノでもない。限られた中で、素晴らしさを説くべきだったのだという気づきを田浦はここで得る。

「文字や声じゃない。中身を読み聞かせることが大切。短いながらも、楽しさを見出して正確に伝えなければいけなかった。

 玉縄先輩にあって、私に無いものがあるなら……私にあって玉縄先輩に無いものだってあるはず――」

 負けん気根性のある田浦は、机上に置かれた扇子形のヘアピン(祖父が持っていたピンズをもらい、それをリメイクしたもの)を手に取り、決意を固める。


⭐︎


 夏休み明け。部室へ向かう渡り廊下で、田浦の前を行くのは中原だ。ちょっと小走りした田浦は声をかけながら横に並ぶ。

「お疲れ様、中原君」

「あ、田浦さん。お疲れ様」

「合同会のとき、ありがとね。中原君がいなかったら、たぶんモヤモヤが消化しきれなかったと思うから」

「ええ……と、それなら良かったよ。ろくに何も言えなかったけど。なんで言えばいいかが、その……分かんなくって」

「でも言ってくれたでしょ。いろいろ」

「そう……だっけ?」

「もっと楽に構えてれば良かったのにね、わたし。いろいろアレから考えたのよ。で、自分が間違ってたなって思った。

 でもね、今度は絶対成功させるから」

「応援してるよ」

 中原は、多浦の凛と前に進む姿に。田浦は、後ろをゆきながらも着実に頑張る中原の姿に。形は違えども二人は互いに励みを、実は貰っていたのだ。

「今度、文化祭じゃない。中原君は、どうするの?」

「うん……一応出るつもりだよ。田浦さんみたいに、僕も……その、はやく成長したいと思って。どんどん、挑戦していかないとって」

 ここで田浦が問いたかったのはしかし、文化祭を誰かと回る予定があのかという事だっだわけだが、恨むらくは真意は伝わらず。

「……ふーん。まぁいいけど」

「ん……?」

「そうだ。今度、練習付き合うから、いつでも言って」

「あ、ありがと……心強いね」

「張り扇の使い方も、コツがあるみたいなの。教えてあげる」

「あり、がと」

 やけに優しくなった気がした中原は、田浦の顔をキョトンと見つめる。

「え、なに?」

「あぁ、ううんなんでも……」

 そして今日もまた、部室の扉は開かれる。

「「お疲れ様です――」」

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