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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
21/29

第十七席【合同会】

 コンサートなどが行われるこの会場は、一階と二階で約五百席。埋まり具合からすると、だいたい百人ほど来場していそうだ。家族連れ、子供の姿も見えるが、出演する高校生の家族だろうか。若い人から年配の人まで、わりと幅広い層。

 部長は、午後の部に出演する田浦さんについているので、僕と金沢先輩は二人で客席に向かった。


⭐︎


 玉縄先輩が壇上に上がると、パラパラ起こる拍手。

 釈台を張り扇で二回パンパンと打って響く耳に良い音。実はこれ、かなり難しい。僕は未だに、ここまで上手くは出せていない。

「――本日はっ! ご来場を誠にありがとうございます。

 いやぁ朝も早いですね、それでもみなさんしっかり起きてこんなにもたくさんお運びいただいて、どれくらいいるんですかね。ええと、十と二十と……あーまぁ数えられるくらいの数ですかぁ?

 あたしだったら、こんな朝早くにこんな静かな場所にいたら眠っちゃいそうですが。みなさんはきっと眠れない。だってあたし、うるさいと評判ですから、これから始まる物語もきっとうるさいです。いやでも女子高生なんて、大概うるさい生き物なんですけどねっ」

――パパンッ!

「さていまから申し上げますのは、創作講談と言いまして。講談ってのはですね、物語の読み聞かせなんです。でもって、朗読とは違ってこれを使います」

 張り扇をみんなに見せるようにしてから――

――パン!

「これはですねぇ張り扇と言いまして、講談師さんは調子を取るために使ったりするんですね。これをこうしまして――」

――パパン! パンパンッ!

「とまぁこっちの左手の扇子とあわせまして、こんなふうに何度もパンパンやります。ですからあたしの声と、この張り扇があればそりゃあうるさいわけですな!

 先ほど創作、なんて言いました。あたしが実は物語を考えてるんですよ? だから、伝統ある講談師さんのやるような演目ではないですが、ここにしっかりと伝統の話芸は、落とし込んだつもりでございます。今の人達に、なるべく分かりやすく気持ちよく! この素敵な話芸が浸透しますようにと思って、これ努めておりましてぇ。

 なので小難しい江戸時代の言葉なんて、出てきませんので安心してくださいね。よそ見をしているソコのお子さんでも楽しめちゃうお話ですっ!

 ちなみに、午後の部に出ます田浦は講談の演目をやります。これは江戸時代のお話です。興味が出ましたらどうぞ、本当の講談演目ってどんな物語なのか雰囲気なのか、試しに聞いてやってみてください」

――パンッ!

「時は現代、東京は世田谷にございまして、ここに一人の男子高校生がいます。あっ、あたしのことじゃないですよ、もう物語始まってますからねッ?」

 ここでようやく、会場から自然な笑いが生まれた。

「男子高校生は、名前をマサトと言いまして、目つきが悪いけど心根が優しい男の子です。実は彼、クラスメイトで幼馴染のユキにとーっても片思いをしておりまして。実は、ユキも密かに恋心を持ち合わせております。ところがこの二人、そういう話題は一切出さないし、お互い好意に気づいてません。表には出てないものの、両思いなんですね。

 でもこれがまた――」

 なんて始まった玉縄ワールドは、終始笑いを誘う名調子だった。

 会話の掛け合いはテンポよく、声で誰のセリフか分かるくらいにオクターブを移動する。一方で冷静に読み上げるト書きは、改まった面白さを上乗せし、どんどん世界へ引き込んでゆく。

 はじめに二人の両思いがすれ違っているという明快な設定のもと、二人の歯がゆくもユーモラスなやり取りを聞いていくので、子供でも分かりやすくウケていたようだった。

 これを仮に、台本じゃなく本にして朗読したとするならば、きっとこの面白さは生まれない。アドリブで、観客に投げかけるような言葉を出して、あくまで一人で語るのでなく、今に合わせて読んでいく。そこに張り扇などでテンポと迫力を与える。こうして、ナマモノの物語が生まれるのだ。講談は、鮮度が命なのだろう。


⭐︎


 一席終えた玉縄先輩の額の汗は、やり切った様子を示していた。廊下で待っていた僕と金沢先輩に、満面の笑みで言う。

「やぁ……やり終えてきたぜーいっ!」

「カッコよかったですっ……! みんなウケてましたよ。凄い……会場を沸かすって、凄いですね」

「さすがタマちゃん。初っぱなは結構プレッシャーになるのに、よくやり切ったね。去年より出来も、だいぶ良くなってんじゃないか」

「ふふーっ、ありがと金さん。ゆっさんとミーちゃんは、やっぱり打ち合わせ?」

「うん。今日はほら、思ったより若い人多めだから、言い回しを変えた方が良いってことで、田浦ちゃんと結構話しててさ。田浦ちゃんはあんまり表現をいじくりたくないみたいで、そこんとこでいろいろあるみたいよ。まー細かいのは、ユミルに任せとこ」

「そっかぁ……大丈夫かなミーちゃん」

「楽しんでくれりゃ、俺なんかはそれでもイイけどね」

「そだね……ミーちゃんが悔い残んなければ、それで良いけど」

 田浦さんと部長は二人にしておこうということで、僕らは他の部を観たあとは、三人で近隣のファミレスに入って昼食を食べることとなった。

 ミートドリア、ハンバーグセット、トマトクリームパスタ。フライドポテトにドリンクバー。

「ミーちゃんの大名花屋、動画で見た定期会は良かったけど、ここじゃその半分の尺だもんねぇ。なーんかもったいないなぁ」

「田浦ちゃん頑固だからねぇ。あの声なら、他に相性の良いものいっぱいあるだろうに。

 一年前の誰かを見ているよーで、凄い既視感」

「え? そんな人いたー?」

「おいおいタマちゃんや、他でもないお前さんだよ」

「あはは、あたしか! でも、ミーちゃん結局どこ削るんだろう」

「削るのは、火事場のとこ、過去の部分で細かな部分。補足を入れなくても良いように改変して、ト書きも少なめにするみたいだな」

「なかなか難しそ。それに表現変える感じでしょ?」

「ユミルの助言でね。今日の客層が若めな人がどっちかっていうと多いから。でも田浦ちゃんは、言葉の持つ重みを大事にしたいようで、まぁ変えたくないのがあるみたいなんだわ。でもそうすると、たぶんト書きで補足入れた方が良い。でもそしたら時間が足りないわけ」

 そこで僕はふと思う。

「あの……でも、審査員席の人たちが投票して、決めるんですよね? お客さんは投票しないって。なら……」

 そこまで観客を意識する必要は無いのでは?

「そうだよ。基本はだから、審査員の評価が重要。そこではもちろん、技術的要素と芸術的要素が求められるんだと思う。

 でもそれだけじゃ、どうやら無いらしい。そこに会場の様子も加味されるらしいのさ。審査員席にモニター置かれてると思うんだけど、あれは観客席の様子をライブしてるらしいね。

 だから、しっかり審査員以外の人たちに向けて柔軟に対応できてるかも、加点要素として見ているなんて聞く。

 とは言え、タマちゃんの場合は、はなっからお客さんを楽しませるのが目的化しちゃってるわけで、審査員の目を気にしての振る舞いじゃないんだろうけど」

「あたしは楽しければ、それで良いと思ってるからねっ」

 そこで金沢先輩はため息混じりに言う。

「それより、田浦ちゃん初めてのホールになるし。平気かねぇ」

「それねぇ……初ホール、みんな言うよね。先輩たちもそーだったし」

「そんなに、初めてのここは何かあるんですか? 田浦さん、すごい定期会でも上手かったですし、大丈夫そうですけど」

「いやいや中原君。そりゃ俺たちも分かってるんだけどね。そういう問題じゃなく……あそこには、悪魔がいるのさ」

「あく、ま……?」

「そう。初めて立つ人に牙を向く悪魔がね。

 俺らって基本、お披露目は定期会とか文化祭でしょ? だいたい身内、いわばホームでやるわけだよ。

 でもここはアウェイだ。それにこんなデカいとこで、しかも大勢の前でやるのはこの合同会くらいしかない。

 今までの先輩たちも、二年の時に初めて出てその空気感に飲まれちゃって本領が発揮出来なかったり、普通は考えられないミスを何故かしちゃったりってのが多かったんだよ」

「だから、悪魔……」

「ミーちゃんが悪魔さんにやられないように、真剣にお祈りしよう……」

 そんなことを、ポテトにケチャップつけながらいう先輩は、こういうふうだからこそ、悪魔の影響を受けなかったのだろうか。

 しかし田浦さんは度胸のある人だ。練習もものすごく頑張っている。いつかちらっと見えた台本でわかる通り、誠心誠意打ち込んでいる。人前でも堂々とするタイプの人だし、そんな人がミスをするなんて想像は、やはり僕には出来なかった。

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