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だんたりおん  作者: 左猫右雛
第一幕
20/28

第十六席【線香花火】

 晩御飯の後に来たるは、恒例の花火。宿泊所の近く、砂利の空き地を借りてやることに。

 はじめはみんなで固まってやっていたが、途中で僕と玉縄先輩がバケツの水を変えに行く。そして戻ってくると、金沢先輩らはネズミ花火で部長たちと向こうで遊んでおり、戻ってきた僕らの前には線香花火がこれ見よがしに置かれていたのだが……それは玉縄先輩が線香花火に目がないことを見越して、金沢先輩がおそらく仕掛けたもののようで、遠くからアイコンタクトされた。

「わぁーっ、あるじゃーん線香花火! あたしこれダイッスキなんだぁ、しかもこれ見たことないやつじゃん。ふふーどんなんだろ。

 知ってたぁ? 線香花火も江戸時代に生まれたものなんだよ?」

「そんな古くからあったんですか……なんか、見方が変わりますね」

「向こうは勝手にネズミ始めてるし、こっちはこれやろうぜぇ」

 静かに花咲く夏の風情。しかし僕の心は、打ち上げ花火の如く高鳴る。女子とこうやって隣り合って花火をやるなんて今までないし、相手は片思いの先輩なのだから、当然とも言えよう。

「あ、あの……玉縄先輩は、どうして線香花火好きなんですか?」

「んー、生き物みたいだから」

「え……生き物、ですか?」

「他の花火は終わりが見えるじゃん? ずばーってなってしゅんってさ。でも、線香花火ってジリジリパチパチして、ジーーってなって、まだできる、まだいけるぞーっていう。最後まで諦めない、みたいな根性が感じれて、あたしは好き」

 やっぱり素敵な人だった。ちょっと抜けててあけっぴろげで、でもこんな繊細な価値観も持ち合わせていて、何より憧れるほどに明るく何事にも楽しげな姿は、僕の理想が詰まりすぎているのだ。

 もう一生、こんな人とは出会えないかもしれない。そんなことを思った僕は、何を血迷ったか口を滑らす。

「やっぱり、好きです……」

「え?」

「あっ! え!? その、かかっ考え方というか。さっきの価値観が、すす、好きですとゆー意味でッ……」

「あたしも好きだよ?」

 なんて平静な口調で。

「……へっ!?」

「中原君の価値観」

「あぁ……はい」

「前にさ、ゆっさんの講談聞いて、面白いと思って入ったって言ったじゃない?」

「そう、言ってましたね」

「本当はあたしさ、滑稽(こっけい)ものじゃなくってゆっさんみたいな深みのあるものをやりたかったんだよ。

 だけど相性、悪かったんだよね。声とか雰囲気がどうしてもコメディ感出ちゃうっていうのかさぁ、しっとり聞かせるような物語に向いてなかったの。

 でもそれに気づけない当時のあたしは、前の部長のクンさんから、滑稽もの向いてるからやれって言われても、やだの一点張り。どうしても人情ものやるって聞かなかったんだ。

 それでもクンさんが、騙されたと思ってやってみろって何度も言うから、根負けしてやってみたわけ。そしたら、定期会でバカウケなんだもん。自分でも、パズルのピースがピタってハマるようなしっくりくる感覚があってさぁ……ようやっとそこで、出来ることとやりたいことの線引きを知らされた。

 それからは先輩達にも認められて、一年なのに合同会も出させてもらって。二位まで取っちゃって、金さんと。

 クンさんはさぁ、これならきっと一位いけるって言ってたのに、二位で終わっちゃったんだよなぁ……」

「それでも、すごいことなんじゃないですか? 初めての二位だったんですよね」

「うん。でももし、はじめっからクンさんの言うこと聞いてたら、一位取れてたのかな……なんて、だから思うんだよ。結構、急ぎ足で合同会に向けた物語整えたからさ。なんか申し訳ないことしちゃったんさ……譲ってくれたのになぁ」

「玉縄先輩……」

「中原君はさ、素直に聞くじゃん。文句言わずにまず聞いて、そこから考えていくでしょ。ちゃんと、相手の言葉を咀嚼(そしゃく)しようとするのが、そうやって他人の言葉を大事にする価値観が、凄いなぁって思うの。

 あたしも意固地にならずに、もっと素直に聞いてれば良かった。クンさんと過ごした夏までの数ヶ月が、なんか無性にもったいなく感じちゃうんだ。すっごく損して、損させちゃった気分になる……」

 言い切って、ポツンと落ちた線香花火。

「あのっ、玉縄先輩はいつも明るくて元気で……話も面白くて。だから僕も元気をもらいます。そういうとこも素敵ですし、その……あのとき創作講談を聞いて感動して、こんな楽しく話せる姿が自分にもできればなんて思って……理想の姿として、僕はいつも玉縄先輩が頭の中にあります。

 ここへ招き入れてくれたのも先輩です。きっと、そうしてくれてなければ僕は今でも、自分に甘いままで変えようと言う気になってなかったです。だから玉縄先輩は、その……」

「ふふ、ありがと中原君」

「……はい」

「さっ、ほらもう一本やろう!」

 再び夜に咲く牡丹に散りゆく菊の花。

「……合同会、頑張るよ。中原君に、また感動してもらえるように」

「玉縄先輩なら、大丈夫だと思います」

「高く見積もるね、ふふっ。ならやってやろうじゃん」

 そんな会話をして終えた夏合宿。そこから合同会までは、あっという間だった。


⭐︎


 合同会当日。牟佐(むさ)市民ホールの開会式には五種類の制服が一堂に会した。その後は、各自道具なんかを持ち運ぶ。振り分けられた控室では緊張感が漂っていて、アウェイ感が強い。

 ちなみに会場では、担当の人に出囃子のデータを渡すし、ドアの開閉もあるわけじゃない。座布団や釈台(しゃくだい)などの備品も、あらかじめ提出している情報に基づいて、運営スタッフが配置してくれるそうだ。そのため、一年は特に何もやることはない。強いて言うなら出場者の付き添いと、合間に他の部を見て学ぶといった感じ。

 一段落つけた僕らが入った控室では、部長に話しかけてくる人物が。その後ろには、眉をハの字にしておどおどした小柄な女子もいる。

「あらまぁお久しぶりですね、衣笠さん。聞けば今は部長、なんですってね」

 高飛車(たかびしゃ)な雰囲気で、長めの黒髪をきちっと結い上げた女子生徒はどうやら橘花(たちばな)高校のよう。

 目録では、たしか一昨年の二位であるこの高校、例年雅楽(ががく)部しか出場していないらしい。つまり、雅楽部の人だろう。

 ちなみに橘花高校の偏差値は、市立五校の中で群を抜いて高く、また人気もある高校だ。僕のときは、倍率12倍。

淡海(おうみ)さん、久しぶりね。部長同士、頑張りましょ」

「ごめんなさいね、頑張らないといけないほど、(わたくし)たちは切羽詰まっていないの。

 昨年は、審査員が若手の代理になってしまったなどの、不運が重なってしまいましたけれど、今年はごめんなさい。あなた方は入賞できなくなってしまうかもしれませんから」

 珍しく部長の顔は硬く見える。

「あらそ。ずいぶん余裕じゃない」

「余裕があってこそ、真の美とは生まれるものです。余裕の無い人はなにより、(みやび)では無い。私たち雅楽部は、雅やかでなくてはなりませんから。

 あなた方のされている伝統芸能の真似事とは、その質からして異なるのが私達ですわ」

「へぇ……そりゃ結構なことね。わざわざここに来ていること自体が、そんな風流を感じさせるものではないと、私は思うけれど」

「ふん。講談を勘違いさせてしまわないか、私は今大会も心配でなりませんわ。エセを食わされたお客様が可哀想で。

 それでも応援だけは、してあげますから。せいぜい励んでください」

 玉縄先輩の制止を振り切って、ずずっと前に出たのは田浦さん。

「ちょっと待ってください、なんなんですかあなた!」

「あら、なにかしら」

「私たちのやってることを侮蔑(ぶべつ)しないでくれますか。真似事なんかじゃなくて、伝統話芸の実践です」

「いいえ、所詮(所詮)はあなた方の考える創作でしょ。そんなものは伝統に含まれませんわ」

「少なくとも私がやる演目は、実際の講談の演目そのもの。これは、伝統のある一席です!」

「あらそう、それは立派な心がけね。でも、あなた方は本当の講談師さんから直接の教えを受けてらっしゃらないのではないですか?」

「それは……」

「そんなものを。真似、と言わずして何と言うのでしょう? 師匠から受け継いでいかれている方々と比べれば、笑ってしまうほどそれはお遊びであり、おふざけもいいところですわ。

 私達はしっかりと、中身も形も本家の方からご教授頂いておりますので」

 実は、これにはよんどころない事情がある。

 ずっと前に同好会では、講談師を招いて特別指導をつけてもらうという案も出たらしいのだ。

 しかし、それは実現し得なかった。

 なぜなら、落語研究部が以前、外部講師として落語家を呼んだそうなのだが、そこでトラブルがあって怒らせてしまったらしいのだ。

 その人は、業界でも古参の人物。協会にも影響力を持っていた。もし指導を依頼するならば、協会にまずは話を通さないといけないわけだが、そこでそもそも通らなくなってしまったらしい。

 きっと暗黙のうちに、(はなし)家は牟佐(むさ)高校に行ってはいけないという令が敷かれているに違いないと、もっぱらの噂になっているのだ。

「それでも……それでも、私たちの本気を馬鹿にされる筋合いはないですからっ!」

「馬鹿にはしていませんわ。ただ感心しているのです。普通ならば、とてもじゃないですけれど、こんな場に出ては来られないでしょうし。恐れ多いことですもの」

「っく……何なのよ、何も知らないくせに!!」

 そこで部長が割って入った。

「ごめんなさいね。悪いけど、そろそろ集中したいから行くわ」

「えっ……ちょっ衣笠部長! どうして――」

「やめさない。くだらないことに時間を使ってどうするの。ほら、向こうで確認をしましょ」

 二人は、向こうへ。僕と玉縄先輩を睨んだ雅楽部部長は、そのまま踵を返すのだった。後ろであわあわしながら黙っていた女子は、僕たちに一礼して後に続く。

「なんか……すごい、人ですね」

「あたし、あの人苦手なんだよねぇ……ゆっさんすごいわぁ」

 金沢先輩いつの間にか消えてるし。

「あの……玉縄先輩は、もう練習とかは平気なんですか?」

「うん。敢えてあたしは、当日何も考えないようにしてるから。真っさらで臨みたいの。間際で迷うと芸に出る」

 そんな一流めいた物言いをした玉縄先輩は、本当に何もしなかった。出番まで、お菓子を食べてジュースを飲んで、他愛無い雑談を僕や金沢先輩としていたのだ。緊張なんてまるでしていない、そんなふうだった。

 そんな折、控え室に響く声。

『それでは、午前の部へ出演者する人はプログラム表の出演順で三組ずつ指定された別室へ移動をお願いします』

 午前の部は、九時半から十三時まで。昼休憩を挟み、午後の部は十四時から十六時まで。しかし、今回は出場枠マックスというわけではないので、休憩が一時間半とやや長めにとられているようで、閉会式も前倒しとアナウンスされている。

「うおーし、じゃ行ってくるかぁ。じゃ、あとはゆったりとお席で見ていてちょうだいな、あたしの勇姿をっ!」

「いってらぁータマちゃん」

「玉縄さん、楽しんできなさいね」

「玉縄先輩、あのっ……楽しみにしてます」

「ふふ、あいよ。じゃーまたねぇみんなー!」

 溌剌とした先輩は、とことんいつも通り。

 田浦さんはすっかり自分の世界に入っているようで、見送りの言葉はかけてこなかった。

 午前の部、いっとう最初は玉縄先輩。演目は創作講談『嘘つきマー君』である――

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